23:彼の家
地下駐車場から地上に戻り、大きなタワービルを横目に中央道路から立体駐車場へ入っていく。
ぐるぐるぐるぐると上階へ進み、10階で車を停めた。
助手席を開けてくれるイーサンにお礼を言って車から降りる。
「ここがイーサンの家の駐車場なの?」
「そう。ここはほとんどオフィスの契約車両しかいないから、個人契約は僕くらいかも」
「へぇ…」
なんだかよく分からないまま、イーサンに着いて歩く。
広い駐車場で2人の足音だけがよく響いた。
そのまま隣接するビルに移動するためのスカイブリッジを進む。
扉前の機器にセキュリティカードをかざし、レンズの前で顔を照らすと扉が開いた。
「わ、すごいね」
「一応セキュリティは万全だ。こっちだよ」
エレベーターに乗り込むと自動的に35階まであっという間に進む。
エレベーターから降りて通路を進み、ひとつの扉の前で再びセキュリティカードをかざすと、小さく鍵が開く音がした。
「ここが僕の家です」
「え、ここ?」
まるでオフィスの入口のような鉄の扉の前で立ち止まった。
「元々母親のオフィスだったところを借りてるんだ」
「へぇ…」
なんだかすごいところに来てしまった、と今更ながらに思った。
イーサンがドアハンドルを握ってじっとこちらを伺ってる。
「幻滅しないでくれよ」
「大丈夫、たぶん」
「たぶんかぁ…」
はぁ…とため息を零しながら扉を開けた。
センサーで廊下の電気がつく。
「わぁ」
入口に入ってすぐ横にクローク、奥に手洗い場、リフレッシュルームのピクトグラムの表記がある。
ここは確かにオフィスであったことが伺える。
「ずいぶん広いね…」
「オフィスだったからね。そこで手を洗って、ゆっくり歩いてきて」
「うん、わかった」
ものすごい速さで通路をダッシュしたイーサンを見つめて、言われた通りにゆっくり歩くと奥からガシャン!ガサガサ!バサバサ!と様々な音が聞こえてきた。
先程まで静かだった室内の中で奥から聞こえる騒音を聴きながら手を洗い、廊下で立ち止まる。
「……。」
しばらくすると、息を切らしたイーサンが顔を出した。
「おまたせ…どうぞ」
「ふふふ、おじゃまします」
通された部屋の壁面は大きな窓で覆われていた。
「わぁすごい景色!」
高層階から見下ろすと賑わった駅で行き交う人々の姿は、目を凝らさなければ確認できないほど小さく、まるで模型を眺めているようだった。
近辺のどのビルよりもうんと高層のため黄昏時の美しい空が一望できる。
窓からの景色に圧倒されたあと、室内に目を向けると、広々とした白のデスクとシンプルなオフィスチェア。
反対側にはローテーブルとL字の大きなソファと巨大なモニター。
壁側に幅の広い長椅子と、キャビネットと観葉植物。
そしてオフィスの内装に似つかわしくない大きなゴミ袋が3つ…
「ふふふ、お家じゃないみたいだね」
「だから言ったじゃないか、整ってないって…」
「整ってるよ。急いで片付けてくれてありがとう」
「面目無い…」
手を洗い終わったイーサンがローテーブルに購入した数々の料理たちを並べる。
手持ち無沙汰の状態で居るとソファに座るように案内される。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「なんだか緊張しちゃうな」
「どうして?」
「この部屋、面接会場みたいだから」
「そっちか。僕は別の意味で緊張してるんだけどな」
へら、とイーサンが笑って料理の蓋を順々に開けて中身を確認する。
先程選んだ料理たちが行儀よく収まっていた。
口の中が早く食べたいと待っている。
二人で手を合わせて見つめあった。
「さぁ食べよう!」
「うん!」
「「いただきます」」
付属のカトラリーを持ってそれぞれで選んだ料理に手をつける。
「おいしい!」
「うん、なんだか変わった味だな」
「ね、プロの味。マネできないよね」
「アンジュだったらなんでも作れそうだ」
「私は簡単な料理しか作れないから」
「でもいつもすごく美味しい」
「ふふふ、ありがとう」
二人で料理をつつき合いながら食べ進める。
普段お目にかかれないような食材が入った炒め物、甘みや旨みが複雑に絡んだサラダ、スパイシーな魚介料理、旨みが凝縮されたスープなどなど。
互いに器を交換しながらあれやこれやと摘んでいく。
「そうそう、明日のシフト休めたよ」
「ん!そうか、オーナーさん、大丈夫だって?」
「うん、休日は学生が入りたがるからって」
「それはよかった」
ふぅ、と息を吐いて食事を止め姿勢を正すイーサンに、手に持っていたカトラリーを置いて向き直る。
「じゃあ、明日、僕とデートしましょう」
彼がゆっくりとそう言った。
律儀だなぁと思いながら笑顔で「うん」とアンジュが答えると、イーサンはにっこりと微笑んで「初デートだ」と小さく呟いた。
「でも、今日もデートだったよ?待ち合わせして、一緒に出かけたら充分デートだと思うけど」
「まさか、いつの間にかデート中だった…」
なぜかガッカリした様子の彼の姿を、面白いなぁと見つめた。
食べ終わった器を片付け始めるとイーサンに阻止される。
いつも自分の家では洗い物まで手伝ってくれるのに、と伝えると、大きなゴミ袋を指さされて思わず笑ってしまう。
あまりいじらない方が良さそうだった。
「そろそろ家まで送ろう」
「いつもありがとう」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」
長い廊下を抜けて鉄製の扉についたハンドルに手をかけ外に出る。
「イーサンのお母様はどんなお仕事をしていたの?」
「弁護士なんだ。もうほとんど引退してるけど、思い出が詰まっててどうしても手放せないらしい。だからそのまま僕が寝泊まりしてる」
「立派な人なんだね。一等地にオフィスを構えるなんてかっこいい」
この部屋を仕切っていた女性がどんな人か想像だけふくらませた。
先程来た道をもどってイーサンの駐車場まで歩く。
行きとは違い、出る時はスムーズだ。
車に乗りこみエンジンを掛け、出発する。
「明日、昼前に迎えに行っても平気?」
「うん、いつでも大丈夫」
20時を回った駅周辺ではまだまだ人々で賑わっていた。
駅から抜けてアンジュの家の方面へ車を走らせる。
「じゃあ11時に迎えに行く」
「わかった、待ってるね。あと忘れ物を持って行けばいい?」
「あー…いや、時計だけ持ってきてください」
「ふふふ、カフスとハンカチは置いてきぼり?」
「いや、お留守番」
「お留守番?」
「君が家に一人でいる時も僕のこと思い出して欲しいから」
「え…?」
ハッとイーサンの方を向くと、イーサンも目だけこちらに向けていた。
自宅のロータリーにタイミング良く到着し、イーサンはこちらを伺っている。
彼の素直な口説き文句に次の言葉が出せずにいたが、彼の熱い視線と真っ赤になっている耳元に気が付きどうしようもないほど愛おしくなってしまった。
「はぁ〜…」
アンジュが両手で顔を覆い、大きなため息が溢れ出た。
それを見たイーサンが狼狽える。
「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」
両手を顔からパッと外してアンジュからの謝罪を聞いてややホッとする。
「あなたの事、当たり前になるのが、どうしても怖くって」
「え?怖い?」
「だって居心地がいいんだもん」
そう言い残して助手席の扉を開ける。
「今日も楽しかった。送ってくれてありがとう。また明日。おやすみなさい」
1つづつ簡潔に伝えパタンと扉を閉めて、くるりと後ろを振り返り、手を振ったアンジュに出遅れてつつ小さく手を振り返した。
それっきり振り返ることなくロビーに消えていくアンジュの姿をじっと目で追う。
「居心地がいいのに怖いってなんだ」
車内で1人ポツリと呟いた。
ロータリーをぐるりと回って来た道を戻って行くと、今日のアンジュの様子が走馬灯のように脳内に繰り広げられる。
渋滞して停止している車内で、アンジュがくっついてきたことを思い出し、誰に見られてる訳でもないのに両手を顔に被ってため息を漏らした。
彼女が居た右腕にふわふわと柔らかな感触がリアルに戻ってくる。
「…あんなの反則だ」
全身を脈打つ鼓動がやけに存在を主張してきて大きなため息が零れた。




