21:金曜日
金曜日、朝5時30分。
今日もカフェに出勤する。
「おはようございます」
「おはよ〜」
「アンジュおはよ〜」
すでに仕込みに入っているパートスタッフたちに声をかけ、控え室に荷物を起き、エプロンをつけキッチンに移動する。
昨日の夜の友人たちとの食事が楽しすぎたせいか、ふとした瞬間に思い出しては顔が緩んでしょうがない。
おしゃべりに夢中になりすぎて買い出しに行けず、イーサン用のお弁当を作れなかったことが心残りだった。
キッチンのストックルームからオーナーがひょっこり顔を出した。
「アンジュちゃん、おはよ!」
顔だけこちらに向けて、大量のじゃがいもをケースごとずるずると引きづりながらストックルームから出てきた。
「カルさん、おはようございます。昨日カリさんには伝えたんですけど、土曜日のシフトすみません」
「いいの、よっ!辞めないでいてくれるだけ嬉しいわ!自由に!来て!」
ぜーぜーと荒い息を整えながら運び終えた芋を置き、両手を叩いて一息つく。
「お芋、たくさんですね」
「そーなの。ほかの食材は注文を調整したけど、保管が効く食材はちょっと余っちゃって」
「なるほど…?(調整?)」
カルは芋を洗浄機に放り込み、出てきたものから順にスライサーにかけていく。
「今日の日替わりは、じゃがいもガレット!目玉焼きと生ハム、バジルとかルッコラを添えたら美味しいかしら。アンジュちゃんランチに持っていく〜?」
「はい!今からランチが楽しみです」
「じゃ、決まりね〜」
アンジュはオーナーとの会話の後、バックヤードで育てているバジルとルッコラを積み、サッと洗って水気を切り、クッキングトレーに積んで下処理を済ませる。
スライスされた千切りの芋たちをぎゅっと絞って大きなボウルに重ねていく。
カルの創作メニューはいつも間違いがない。
彼が調理しやすいよう、使用する材料を並べていく。
「そろそろオープン準備行ってきますね」
「ありがとう、お願いね〜」
こちらが支持しなくても手際よく進めてくれるアンジュの背中をそっと見守り、どことなく作業台を見ると紫玉ねぎがスライスされているのが目に入った。
アンジュが在庫状況と彩りを鑑みて付け合せに準備されたと思われるそれに、やれやれとため息漏らしながら手に取る。
「なんでも出来ちゃうのも考えものよね…」
隙がなく、卒がない彼女のことを思いながら、紫玉ねぎに塩を振って揉み込む。
ぼんやりと、どっかの国のどっかの王子レベルじゃないと彼女に釣り合わないのではとお節介な妄想を膨らませる。
「それかどっかの大企業のトップとか…ふふ、まさかね」
彼女が言うスポンサーの事が頭によぎり、いやいやと首を振って思い浮かんだ内容を振り解いた。
出しゃばって余計な世話を焼いて嫌われるのだけは真っ平御免だ。
年齢を重ねて図々しさに磨きがかかっていることを自覚し直し、一息入れて仕込みを続けたのだった。
◇◇◇◇
6時。
看板に日替わりメニューを書き込んで、店先に立てかけ、テラス席の準備をする。
「こんな時間から仕事してるんだ?」
振り返ると何度かお店に来ていたと思われる大柄な男性に声をかけられた。
以前来店した際は夜の時間帯だっただろうか?あまり明確な記憶がない。
「最近キミを見かけないから心配だったんだよ。そっか、朝に居るんだね」
ペラペラと喋る男性に適当な相槌を打ちながらお店のガラス扉を開く。
「店内に入られますか?」
「ああ」
誘導すると男性は迷いなく大股で入店した。
店内に入って早々に至近距離でジロジロと見られる。
「キミ、学生?この辺に住んでるの?」
着席もせず間髪入れずに飛んでくる質問に表情を崩さず曖昧に対応していると、パートスタッフが飛んできた。
「お客様、スタッフに個人情報を引き出すのは御遠慮ください。ご注文は?」
パートスタッフはアンジュと男性の間に体を滑り込ませてフォローに入る。
明らさまにイライラと目線をぶつけ合う両者から離れようとした際に手を掴まれた。
「どこ行くの?キミに注文聞いてもらいたいんだけど」
男性から掴まれた手から体温が引いていくのがよく分かる。
さて、どうしたものかと考えているとお店のガラス扉が勢い良く開く音がした。
「おはようございます。奇遇ですね」
扉が開いてすぐに聞き覚えのある声が、男性の背後から聞こえた。
男性の肩がぽんぽんと叩かれ、男性が首だけ振り返る。
その瞬間にアンジュの手をパッと話した。
「や!本当に奇遇ですねぇ!こんなところでお会いするなんて」
さっきまでの表情とはうって変わってヘラヘラと笑い始める男性にパートスタッフは睨みをきかせた。
アンジュは男性から離れて身体を傾けて声の主を確認する。
「いらっしゃいませ」
「やぁ、おはよう」
男性の肩を叩いていた手をアンジュの方に向けて振り、イーサンがにこやかに挨拶をした。
アンジュはやっぱり彼だった事にほっと胸を撫で下ろした。
「2人掛けの席に案内して欲しい」
イーサンがパートスタッフに伝え、2人はテーブル席に移動しコーヒーを注文した。
パートスタッフからアンジュは彼らの接客を控えるように指示され、他の来店客の対応に出向いた。
時折大声でオーバーにリアクションをする男性と穏やかに過ごしているイーサンをチラリと見たが、イーサンだけに声をかけて会話するのは難しそうだった。
しばらくして2人は席を離れて会計を済ませ、店から出ていった。
「久しぶりに厄介な客が来たわねぇ。大丈夫だった?」
ふぅ、と息を吐きながらパートスタッフに声をかけられる。
「大丈夫です!助けていただいてありがとうございました」
「いやいや結局お客さんに助けられちゃったけど、無事に帰られてよかったよかった」
会話もそこそこに続々と店内が賑わい始め慌ただしくなる。
朝は客の回転が早くテイクアウトの客もいる為、キッチンの人手が増え、ホールが手薄になる。
テキパキと使用済みの卓の食器類を片付けていると、イーサンが再度来店しまっすぐアンジュに近づいてきた。
「どうしたの?」
「聞きそびれた。今日は学校何時に終わる?」
「18時くらいかな」
「わかった。迎えに行く」
それだけ伝えられると、アンジュからの返事も聞かず10秒程の滞在時間で風のように去っていった彼に呆気にとられる。
てっきりなにか忘れたのかと思ったが、帰宅時間の確認だった。
なんだか可笑しくて、彼にもう一度会えたことが嬉しくて顔が綻んで仕方がなかった。




