16:告白
イーサンの車に荷物を積み、車を走らせてすぐ、アンジュが住む集合住宅に到着した。
ロータリーを通り過ぎ、来訪客用の駐車スペースに停める。
先ほど購入した食材を持ち、アンジュについて行く。
エレベーターで三階まで上がり、角の扉の前で立ち止まる。
アンジュがキーケースを取り出して鍵を差し込むが、イーサンがわざとらしく咳払いをした。
冷静になって考えてみればこの間会ったばかりの女の子の家に入ろうとしているわけだ。
こちらとしては願ったり叶ったりなわけだが、さすがに警戒する。
これはハニートラップなのだからと解釈しているがそういう話では無い。
「アンジュ、あの、本当に僕が家に入っても大丈夫なのか?」
「え?」
「いや、だから、その、僕は男で、君は女の子のひとり暮らしだから…」
「イーサンはスポンサーだから大丈夫でしょ?」
ケロッとした顔でそう答えるアンジュに、そうだったそうだったと思い返した。
僕は見返りを一切要求しない。
契約日の記載がない契約書を思い出して、まだ契約前だなんだと細かいことは置いておいた。
自分を信用してくれるアンジュに従い、扉の中に入っていった。
一人暮らしにしては随分広々とした室内だった。
モデルルームのように整った部屋。
本当に暮らしているのか疑わしい程、物が少なく生活感が無い。
まっすぐダイニングキッチンに案内され、互いに手を洗い、買ってきた食材、まな板と包丁が引き出しから取り出され、綺麗に磨かれたフライパンをコンロに置く。
「今日は簡単アクアパッツァを作ります」
アンジュから司令がかかり、料理が開始された。
冷蔵庫からテキパキと必要な材料を取り出し並べていく。
アンジュはフライパンにオイルを垂らし、香草を入れる。
2色のパプリカをサッと洗って、アンジュが手本で切ってくれた黄色のパプリカと同じようにイーサンも赤色のパプリカを見よう見真似で切る。
アンジュは先ほど購入した下処理済みの魚をサッと洗い水気を吹いて、油が温まってきたフライパンに入れた。
パプリカを切り終わると続けて指示され、貝類をザブザブと洗いザルに上げる。
冷蔵庫から出てきたミニトマトも半文にカットする。
アンジュが頃合を見て魚をひっくり返し、カットした野菜と貝類を魚の周りに彩るように並べ、蓋をした。
「次は簡単リゾットを作ります」
玉ねぎをみじん切りするアンジュの隣で、ベーコンを角切りに切るよう命じられあくせくカットする。
小ぶりなフライパンに油を垂らし、玉ねぎ、米を炒め、ベーコンを投入し、水と調味料を入れる。
その間に魚介の良い香りに包まれはじめ、食欲をそそられる。
アンジュは蓋をしていたアクアパッツァをそっと開けて、フォークで魚をつつく。
「味見してみる?」
あーん、と言いながらフォークに乗せた少量の魚をイーサンの顔まで持ってくる。
ご褒美がいっぱいで嬉しい。
小さくいただきます、と言って食べさせてもらった。
「うま…」
パリッと皮が焼けた白身魚の身がふっくらと旨味をまとっていた。
「昨日も同じ顔してたね」
そう言ってアンジュはくすくすと笑った。
今日はよく笑われてる気がするが心地よかった。
味見のお礼を言いつつ野菜くずたちを片付け、洗い物に専念する。
リゾットも水分が飛び始め、チーズとバターをアンジュが加え、混ぜるように指示され、言われるがまま混ぜる。
2人がけのテーブルに真っ白なお皿とカトラリー、コップがそれぞれ2つずつ並べられ、大皿に魚と色とりどりの野菜たちが移され、リゾットも2人分に分けられた。
あっという間だった。
ものの数十分程度、あまりの素早さに呆気にとられていた。
座って座ってと促され、着席する。
手を合わせてじっと見つめ合う。
「「いただきます」」
声を合わせて号令を掛け、それぞれ料理に手をつけた。
「うまい!」
「うん、おいしい!」
出来合いでは絶対に味わうことができない出来たての料理。
アンジュと一緒に作って、食べることが楽しく、美味しく、身も心もお腹がいっぱいだった。
「久しぶりに包丁を持ったよ、アンジュの手際がいいから緊張した」
「料理、しないの?」
「全然、包丁なんて子供の時以来だ。朝から晩まで仕事してるから家には寝に帰るだけだし」
「え?」
「…あー…」
そういえば、アンジュと出会ってから定時で帰るようにしたんだっけ。
「正直に言うと、君と出会ってから定時刻で帰るようになったんだ。夜、君に会えると思って」
アンジュの目が一瞬潜む。
その顔には見覚えがあったが、今日は様子が違った。
「イーサンって、他の女の子にも、そういう事するの?」
「そういう事?」
「その、契約とか…」
「しない。アンジュだけだ」
「じゃあ、なんで私にやさしいの?どうして会いに来てくれるの?」
アンジュが不安定な声色で言う。
確信に迫るアンジュの目は不安しか見えない。
ここで全て言ってしまえば自分は楽になるが、彼女の返答次第ではもう会えなくなる。
色々な道筋が頭に過ぎったが、溢れる気持ちを今ここで吐き出してしまいたかった。
「出会ったあの夜、君に一目惚れしたんだ。恥ずかしい話だが、初恋で、そういう経験がなかった。どうしても君との出会いを繋ぎ止めたくて、契約の話をした。
上司に仕事のスケジュールを調整してもらって、同僚に国立公園を勧められたんだ」
「……。」
「君の、生活を助ける名目で、下心を隠した。スポンサーだからと言って、君にとって無害な男を装ってるが、本当は違う」
イーサンは困ったように笑った。
アンジュはなぜか、泣き出してしまいそうな表情だった。
「嫌だったら、もう絶対に会わないと誓う。スポンサー契約についてはそのままで大丈夫だから、援助だけでもさせてほしい」
言いたいことをすべてさらけ出してしまった。
アンジュは目を伏せて少し間が空いたあと、話し始めた。
「嫌じゃないの、全然」
「!」
アンジュは伏せていた目を見上げてじっとイーサンの目を見つめた。
「私ね、学校に入学する18の時、幼なじみの彼と一緒にここに住む予定だったの。でも彼が同じ年に入学できなくて。もう一年以上連絡とってないんだけど、今年は来てくれるかな?って待ってるの」
「……。」
「会いに行けばいいんだけど、終わりになるのが怖くてずっと先延ばしにしてた。諦めるきっかけ、探してたんだ。この部屋を出られれば、維持するお金も要らないから」
だから、大丈夫。と続けて、アンジュはにっこり笑った。
「夏の連休に帰省するから、その時、彼に会いに行ってみるね」
そう言って少し冷めたリゾットを口に含んだ。
「不誠実で、ごめんね」
「全然、何も聞かずに口説いてごめん」
「ふふふ、イーサンなら引く手あまたでしょ」
「引く手は君の以外要らない」
早口できっぱりと断るイーサンに、アンジュはくすくすと笑った。
先程の泣き出しそうな寂しそうな目はどこかへ消えていた。
「はぁ〜言ってスッキリした!」
「僕もだ。もう話すのを我慢しないから」
「えぇ?我慢してたの?」
「今も我慢してる。ずっと可愛い。料理も最高。大好きだ」
「なにそれ」
アンジュが楽しそうに笑う。
楽しい時間がずっとずっと続けばいいのに。
夏なんて、来なければいいのに。




