11:消沈
昨日に続いて、今日もイーサンが一番乗りで出社していた。
マネージャーは挨拶がてら声をかけようとしたところ、彼は見たこともない無表情でデスクに向かっていた。
近くによっても視線が動かない。
昨日に引き続き、別の意味で様子がおかしい。
昨日のランチミーティングで浮かれていたチームメンバーたちも続々と出社し始めたが、マネージャーのジェスチャーと必死の形相だけでイーサンの状況が伝えられた。
チームメンバーは顔を見合せ、静かに業務を開始した。
◇◇◇◇
はっ、とすると昼を回っていた。
業務に没頭しすぎて周りが見えていなかった。
フロアにほとんど人が残っておらず、残っているメンバーは電話をかけたり資料を読み漁っていたり忙しそうだった。
ランチを誘うのは辞めよう。
誰にも声をかけることなく、イーサンは昼を調達しにオフィスを出た。
近くの売店で適当な弁当を選び、オフィスフロアに戻る途中、
昨日ランチミーティングで会話したチームメンバーの男女2人に遭遇した。
「お疲れ様です、昨日はありがとうございました」
イーサンは軽く会釈し、昨日のお礼を伝えた。
チームメンバーの一人が、口を開いた。
「お疲れ。元気なさげだけど、大丈夫か?」
あー…と言葉を詰まらせるイーサンに、メンバーたちの視線が痛い。
「少しだけ、時間ありますか?」
イーサンは彼らをミーティングスペースへ誘った。
◇◇◇◇
あっという間に定時の17時。
まばらに退社する社員の中に、イーサンの姿があった。
マネージャーとの約束通り、定時で帰宅するようだ。
「お疲れ様です」
各デスクから、お疲れという声が聞こえる。
イーサンがフロアから退出するのを見届けて、マネージャーの背後にオフィスチェアごとゴロゴロとメンバーが集まる。
「マネージャー、報告です」
先ほど昼時にイーサンと接触したであろうメンバーの事を、皆で待ってましたと言わんばかりに振り替えり、耳を傾けた。
チームメンバーはミーティングルームでイーサンと会話した内容を細かく伝える。
――昼の弁当を持ったイーサンに呼び止められ、3人でミーティングスペースへ移動した。
イーサンと向かい合うように座り、テーブルに弁当を置いた彼は明らかに元気が無い。
食べながらで構わないと弁当をすすめると、イーサンは小さく頂きますと告げて、細々と話し始めた。
「昨日紹介してくださった国立公園、とても素敵でした」
ありがとうございました、とイーサンは続け、同席した女性がほっとした表情を見せた。
「彼女もとても喜んでました。でも、僕が調子に乗ってしまって、強引に彼女の手を引いてしまったんです。彼女、戸惑っていて」
案外赤裸々に話してくれるイーサンに驚きつつ、ただ頷くだけの相槌を送る。
「契約書に、サインをもらって、僕は浮かれてたんです」
はぁ、と深い溜息を吐きテーブルに頭をつけてがっくりと項垂れるイーサンに、同席していた男性が矢継ぎ早に言葉を発した。
「口を挟んで申し訳ない。…ところで、契約先は?契約内容は?彼女との関係は?」
ああ、と顔だけ傾けて目線だけ送ったイーサンはこう言った。
「彼女の、援助金の契約書で」
ひと呼吸おいてから「僕の、一目惚れなんです」と続けた。
◇◇◇◇
「……は?」
報告を受けたマネージャーは固まった。
そこに居た全員が混乱の表情を浮かべて黙ったまま動かなかった。
開いた口が塞がらないとはこの事だった。
スポンサー契約と言っていた彼の言葉を完全に履き違えていた。
てっきりメディア向けの企業担当者、イベントなどの契約かと思っていた。
ただの個人契約だったということか?
一目惚れでさっさとサインを迫ったと?
綺麗な花畑がある公園で?
あのイーサンが、援助契約?
「今で言う、パパ活ってやつですかね…」
報告していた彼から発せられた言葉を耳に入れたマネージャーは、眉間に皺を寄せた。
あんなに頭がキレる彼が、
あの容姿とステータスを持っている彼が、なんでそのカードを切ったのか。
援助金に契約書まで付けて一般人を囲ったのか。
彼女のために仕事を調整してまで会いに行き、全力で説得したのか、彼女は怖かっただろうな。
仕事人間が拗らせるとろくな事にならない。
イーサンのことを出来るやつだ、良い奴なんだと思っていた昨日までの自分に分からせてやりたい。
「まじでなにやってんだあいつ」
今日は金曜日、この肴を当てに酒を煽ろう。
フロアに残った残りのチームメンバーで団結して飲みに行くことにした。




