35話 度胸がある若者は、時に寡黙な大人を巻き込む
「よし。引き受けよう」
何の迷いも無く、即決で返答した、ローギル。
「待て!今のは冗談だ…忘れてくれ…」
生じた迷いに、目を閉じて首を横に振る、トール。
「駄目だ!引き受けた依頼を、反故にしたとなれば、牙鮫団の名に関わる」
「王族ならば、自身の発言に責任を持て!」
「…たかが、口約束だ」
「たかが口約束にするつもりは無い…聞いているんだろ?入れ!」
扉の向こう側で慌てふためく、無数の足音。
「し、失礼します」
扉に耳を当てて、盗み聞きをしていた団員たちが、列を成して入室する。
「”証人が居る”と言いたいわけか・・・」
「…部屋の会話、聞いていたな?」
怒られるのか、褒められるのか、分からない状況に、団員たちは、身の危険を感じて、ローギルから目線を逸らす。
「…誰か!応えられる者は居ないのか?」
団員を睨む、目の圧を強める。
団員たちが発言に脅える中、一人の若手団員が手を挙げた。
「はい!聞いていました」
立ち上がったトールは、剣柄に手を掛け、若手団員に詰め寄り、殺気を放つ。
「噓は…吐くなよ…」
「そうだよ。王族への無礼は、死罪だからね?」
自分の置かれた状況に気づき、身を震わせて硬直する、若手団員。
「・・・ろ、廊下で、お二人の過去を、皆さんが笑ていました!」
沈黙を貫いていた老団員たちは、一斉に跳びかかり、若手団員の口を塞ぐ。
「…どうやら牙鮫の団員は、躾が成っていないようだ」
口角を少し上げた不気味な笑みを、縺れ倒れる団員たちに向ける。
「団員の無礼も含め、今日の話は、無かった事にしてほしい…」
腰を上げたローギルは、自ら、部屋の扉を開けて、二人に退出を促す。
「話は以上…どうぞお帰り下さい」
しばらく、下を向いて沈黙していたトールは、ヘルの顔を見て、口を開いた。
「明日だ…」
「はあ?」
「明日、ミノタウロスの討伐に出る。その条件が飲めるのなら、天啓の開示を約束する」
「無茶を言うな。こちらにも、色々と準備が・・・」
「…出来ないと?」
言い訳を陳べるローギルに、侮蔑した目を向けて、せせら笑う。
「な・・・うん?」
分かりやすい挑発に、一瞬、動揺を見せたローギルだったが、一度、心を落ち着かせて、トールに睨み目を返した。
「…出来ないのか?」
一瞬の動揺を見逃さなかったトールは、畳み掛けるように煽る。
冷静な心を取り戻したローギルは、表情を一切かえない。
「・・・おい。毒の在庫は、どれぐらいある?」
思いもよらない質問に、反応が遅れる、倉庫管理係の団員。
「・・・え!いや~巣の規模が分からないと、なんとも…」
「見張り番のミノタウロスに使う分があればいい…」
「それぐらいでしたら…多分…」
曖昧な記憶を頼りに、在庫数を導き出して、頷いて見せる。
「トール…交渉成立だ!」
互いに、不安を募らせた表情のまま、二人は、力強い握手を交わした。




