29話 暑い体に、震える様な寒さを
「トール兄様・・・」
集まった兵士の隙間を縫い出たヘルは、連行されて行くトールと目が合う。
「ヘル・・・すまない・・・」
兵士に引っ張られ、徐々に小さくなるトールの背中。
まさか…こんな事件になるとは…
あの時はまだ、知る由もない・・・
始まりは、ヘルの気まぐれな願いからだった~
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「・・・暑い~」
本を散乱させた机に、頬を付けてとろける、ヘル。
「暑いですね~もう少し、氷を追加しましょうか?」
窓辺に置かれた盥に、魔法で創り出した氷を置く、ティーア。
魔法が使えるこの世界には、科学という概念が存在しない。
この世界の科学は、魔法の下位互換的な扱いだ
現代科学では説明できない事象を、魔法では創り出す事ができてしまう
当然、誰も、科学の研究発展など考えなかったのだろう
科学の発展が無ければ、電子機器の類は誕生しない。
代わりに、魔具と呼ばれる魔力を注ぐだけで、
中に書き籠められた術式の魔法が発動する道具があるのだが…
エアコンを作ることは出来なかった…
魔具を作ることは、非常に難しいことで、短くても50年はかかるらしい
そしてなぜか、同じ術式を書いたとしても、同じ魔法にはならない
つまり、量産化できないのだ!
この辺は、現代科学の方が勝っているとしか言いようがない
「あ~アイスが食べたい~」
「アイス?何ですか、それは?」
この世界には、家畜も存在しない。
遥か昔、魔獣の発生に伴い、人間以外のひ弱な生物は皆、絶滅した
と、歴史書に書かれていた
自分達が、生き残ることに必死で、家畜の命など気にも留めなかったのだろう
しかし、ミルクは絶滅していない!
昔、体に良いからと、母にミノタウロスのミルクを飲まされたことがある
つまり、アイスクリームは無くても、作る材料は存在している!
「魔具が作れないのなら…アイスクリームを作ろう!」
「ヘル様…また、危ない事をお考えになっているでは?」
ヘルの背後に、大きく手を広げ、静かに接近する、ティーア。
「今日は…逃がしません!」
「サイレントウォーク」
完璧にマスターした影魔法を使い、ティーアの抱擁から逃げる、ヘル。
「ヘル様!どこへ逃げおおせたとしても、このティーアが見つけてみせます!」
隠れたヘルを探しに、血眼になったティーアは、部屋を出て行く。
「まだ、ここに居るんだけど…」
ティーアが部屋を出たことを確認して、影の中から姿を現す。
「魔獣のことは…トール兄様の所へ聞きに行こう!」
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宿舎にあるトールの部屋前までやって来た、ヘル。
「トール兄様・・・留守かな?」
「クリス・グリオン!」
トールの怒鳴り声が、兵舎に響き渡る。




