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ベーカー戦開幕。ドジ女店員が見せた、完璧すぎるフォームの裏

第3話、引き続きお読みいただきありがとうございます!

花火大会の有料席を賭けた勝負に、巻き込まれた響は

正体を隠しつつ、ベーカー戦で投げるはめに......

【第3章:ビール1ケースの代打ち】


 「ところで佐藤さん、明日の試合は何時からなんですか?」


 「ん? 明日の午前十時から、ここで行うよ。よろしく頼むな!」


 佐藤さんは嬉しそうに何度も頷くと、足取り軽くフロントを去っていった。響はその背中を見送ったあと、フロントを出ると、まだ一人で片付けをしていた一花のボックスへと歩み寄る。


 「一花ちゃん、明日はよろしくね!

あんまり役に立てないかもしれないけど、がんばるから」


 響が軽い調子で声をかけると、一花は持っていたマイボールをバッグに仕舞いながら、小さく息を吐いた。


 「私の足を引っ張らない程度には頑張ってよね。私は明日の夜、最高の席で花火を見るんだから」


 「あはは、善処します」


 「……それに、私はこれから、前から頼んでた特注の浴衣を取りに行くんだから。ちょっと、そこどいて」


 一花が少し背伸びをするようにして響をのけると、ちょうどフロアの自動ドアが開き、優しそうなスーツ姿の男性が入ってきた。一花の父親だ。


 「一花、お待たせ。迎えに来たよ」


 「パパ!」


 さっきまでの生意気な態度が嘘のように、一花が笑顔で父親のもとへ駆け寄る。

その姿は、どこからどう見ても普通の小学四年生の女の子だった。


 一花は父親の手をギュッと握ると、帰り支度をしながら上目遣いでワガママを言い始めた。


 「ねえパパ、帰りにあそこにも寄って!」


 「え? 今からかい? 浴衣を受け取る時間もあるし……」


 「ダメ! 絶対寄って!」


 「はは、分かった分かった。じゃあ急いで行こうか」


 娘の必死なワガママに根負けした父親は、困り眉のまま優しく微笑み、一花の頭を撫でた。


 一花は満足そうに胸を張ると、最後にちらりと響の方を振り返り、ふふんと勝ち誇ったような顔をしてから、父親と一緒に『Strike Palace』を後にした。


 「あはは......」


 響は二人の後ろ姿を見送りながら、一花の自分勝手な態度に敷かれる、父親の姿に、そっと同情の息を漏らした。




 仕事が終わり、マンションに帰宅した響は、玄関で靴を揃えると、そのまま浴室へ直行した。

一日中、ボウリング場の空気に晒されていた肌が、どこか重く感じられた。


 服を一枚ずつ脱ぎ捨て、素肌を夜気に晒す。

浴室のドアを閉め、湯を出しながら鏡に映った自分をちらりと見た。


 湯気に湿った黒髪が、鎖骨のあたりまで落ち、白い肌に影を落としている。

シャワーを顔に向け、熱めの湯を浴びる。


 「……ん」


 小さく息が漏れた。

一日の疲れが、湯とともに流れ落ちていく感触。


 髪を濡らし、指を通しながら丁寧に洗う。

シャンプーの泡が鎖骨を伝って胸の谷間へ滑り、さらにその下へと落ちていく。


 響は目を閉じたまま、首筋から肩、腕へと泡立てた手を這わせた。

胸に手を添えると柔らかな感触が掌に沈む。


 「……はぁ」


 吐息が湯気に溶ける。手はさらに下へ。

薄く引き締まった腹を撫で下ろし、腰骨のラインをなぞる。


 太ももを内側からゆっくりと洗い上げると、指先が自然と柔らかな部分に触れた。

一瞬だけ動きが止まる。

そのまま、湯に任せたように指を滑らせた。

熱い雫が脚を伝う音だけが、静かな浴室に響く。


 湯を止め、髪から雫を切りながら、鏡に向き直る。

湯気でくもった鏡に、濡れた黒髪と、湯上がりで淡く赤みを帯びた肌が映っていた。


 響はタオルを体に巻いて、まだ少し熱の残る身体で、脱衣所を出ていく。


 すっきりと乾かした黒髪を軽くまとめ、クローゼットの奥から取り出したのは、丁寧に手入れされた紺色の浴衣だった。

鏡の前で、まだ帯も締めずに浴衣の合わせを胸元で整えてみる。


 落ち着いた深い紺色に白い桔梗の花が散らされた浴衣は、響の白い肌に静かに馴染み、どこか艶っぽく見えた。


 鏡に映る自分の姿を見つめながら、ふと昼間に聞いた言葉を思い出す。


 ――周辺の再開発が決まって、今年で最後。


 「最後の花火、か……」


 ぽつりと呟いた声が、静かな部屋に寂しく響いた。

夜空を鮮やかに彩り、すぐに跡形もなく消えていくもの。

その儚さが、どこか自分に重なるような気がした。


 「ビール1ケースの代打ちね……ふふっ」


 響は窓の夜景を見つめながら、自嘲気味な微笑みを浮かべた。





【第4章:ベーカー戦】


 翌朝、午前九時四十分。いつもより少し早い時間帯の『Strike Palace』には、すでに心地よいピンの弾ける音が響いていた。


 フロントを通ってレーンへ向かうと、そこにはすでに佐藤さんと一花、そして対戦相手の常連さんたちの姿があった。


 「あ、玉城ちゃん! 来たね!」


 佐藤さんが嬉しそうに手を振る。


 その隣では、昨日とは違うマイボールを抱えた一花が、小さな体に合わせたユニフォーム姿で、無表情のまま響をじっと見ていた。



 相手チームのボックスでは、アベレージ上位の実力派・高橋さんが、お気に入りのボールを丁寧にタオルで拭いている。


 「おはよう、玉城ちゃん。今日は佐藤さんの数合わせに引っ張り出されたんだって? お手柔らかにね」


 高橋さんが渋い笑みを浮かべる。

すると、ボウリング教室に通っている、よし子さんが派手なピンクのマイシューズをトントンと踏み鳴らしながら割って入ってきた。


 「ちょっと高橋さんたら、玉城ちゃんを怖がらせないの! 玉城ちゃん、もし佐藤さんが頼りなかったら、いつでもこっちにおいで」


 「おいおい、よし子さん、そりゃないだろ!」


 佐藤さんが慌てて抗議するなか、対戦相手の伊藤さんはすでにアプローチの手前で軽いシャドースイングを繰り返していた。

真剣な目がレーンに向いている。


 「佐藤さん、油断はしないよ。今年最後の花火の特等席だ、こっちだって本気だからね」



 賑やかに対抗心を燃やす大人たちをよそに、一花はマイボールの入ったバッグのチャックを閉めると、響のそばへツカツカと歩み寄ってきた。


 ちいさく見上げるようにして、冷ややかな声を向けた。


 「……練習、ちゃんとやったの?」


 相変わらずの口調に、響はたじろぎながら


 「あはは、まぁそれなりに……?」


 と頼りなさそうな表情を浮かべて頭を掻いた。


 「まぁ、私が頑張って勝たせるから、期待してないけどね!」


 一花はぷいっと顔を背けると、小さな肩を怒らせるようにして、自分の定位置へと戻っていった。



 「よし、それじゃあ両チーム揃ったところで、そろそろ始めようか!」


 そして、今年最後の花火大会の特等席チケットを賭けた、ベーカー戦の火蓋が切って落とされようとしていた。



 「順番はどうする?」


 佐藤さんの問いかけに、一花は待ってましたとばかりに手を挙げた。


 「当然、私が一番手よ。絶対に勝って、有料席で見るんだから。

人混みの中なんて、あり得ない」



 響はそれを聞きながら、心の中の冷ややかな視線を隠すように、貼り付けたような愛想笑いを浮かべた。


 (……何でも思い通りになると思っているお嬢さんには、少しばかり現実というお灸が必要そうね)



 一花が当然のように胸を張ると、佐藤さんは「いやあ、頼もしいねぇ」と目尻を下げた。


 「じゃあ、私が二番手でしっかり繋ぐから、玉城ちゃんは気楽に三番手で待っておくれ」


 「はーい、よろしくお願いします」

響はペコリと丁寧に頭を下げて頷いた。



 対する相手チームは、高橋さんが一番手、よし子さんが二番手、伊藤さんが三番手を務める布陣だ。




――ベーカー方式。

複数人で1つのゲームをリレー形式で投げるチーム戦だ。

本来は5対5を想定した対戦方式だが、今回は3人チームなので投球順は以下の通り。

第1・4・7・10フレーム:1番手

第2・5・8フレーム:2番手

第3・6・9フレーム:3番手

【一番手】の投球回数が最も多く、勝敗の鍵を握る――




 響はさておき、小学四年生でありながら、すでにベテランの佐藤さんを僅かに上回る実力を持つ一花が一番手を務めるのは、ある意味で当然の布陣だった。


 「一番大事な10フレームは、私がきっちり締めてあげるから」


 そう言って勝ち誇ったように笑う小さなエースの背中を、響はじっと見つめていた。



 佐藤さんの合図とともに、納涼花火大会有料席チケットを賭けたベーカー戦が幕を開けた。




 一番手の一花が、愛用のボールを抱えてアプローチへ上がる。

小さな身体をいっぱいに使ったしなやかな助走から放たれたボールは、綺麗なフックを描き、ポケットへと吸い込まれた。


 パァンッ!


 10本のピンが弾ける。


 「よし!!」


 一花は小さくガッツポーズを決めると、ドヤ顔でボックスに戻ってきた。


 「いやあ、お見事! 幸先が良いねぇ!」


 佐藤さんが満面の笑みでハイタッチを交わす。

響も「すごいね、一花ちゃん」と感心したように柔らかな拍手を送った。


 相手チームのよし子さんが

「ちょっと一花ちゃん、今日も容赦ないじゃない!」と賑やかに声を上げると、一花は「本気だもん!」と小さく呟いた。



 続いて、相手チームの一番手、高橋さんがアプローチに立った。


 「大人の意地、見せなきゃね」


 洗練されたフォームから放った一投は、完璧に見えた――が、わずかに角度が浅く、右端の10番ピンだけがしぶとく一本残った。


 「あちゃー、タップか」


 苦笑いする高橋さんに、「日頃の行いがねぇ……」と佐藤さんがニヤニヤしながら呟く。


 「いや、佐藤さんだけには言われたくないなぁ。玉城ちゃんをビールケースで釣ったりしてさ」


 「そうですよ!!」


 身内であるはずの響が即座に強く頷くと、佐藤さんは目を丸くして狼狽した。


 「ちょっと玉城ちゃん、どっちの味方なの!?」


 そんなやり取りを横目に、高橋さんは正確なラインでスペアを拾った。



 続く第2フレーム。


 「うわ、ちょっと内ミスしたか……!」


 佐藤さんは一花のストライクに続こうとしたが、ボールは1番ピンを覆うように正面から捉えてしまった。

鈍い音を残して4番と7番の2本を残してしまったものの、慌てずに落ち着いてカバーを決めた。


 「ナイススペアです。流石ですね」

響が笑顔でハイタッチを交わした。


 一方、相手の2番手、よし子さんは、1投目はややピンが散らばり4本残した。

仲間内から「力みすぎ、力みすぎ!」

楽しげなガヤが飛ぶ。


 しかしよし子さんは動じず、2投目を執念でねじ込み、きっちりスペアを揃えた。

両チームともオープンフレームなし。

互いに一歩も譲らない、互角の立ち上がりだった。



 そしてゲームは、3番手である響の待つ第3フレームへと回ってきた。


 「よし、玉城ちゃん頼むよ!」


 佐藤さんが笑顔で送り出す。


 響は「はーい、行ってきまーす」と、自分のマイボールを両手で大事そうに抱えてアプローチへ上がった。




 響にとって正直、勝負の勝敗はどうでもよかった。

まして報酬のビール1ケースは、すでに確定している。

本当に避けたいのは、自分の実力や裏の生業が露見することだ。




 響は軽く息を整え、滑らかに助走を始めた。


 体幹のブレないステップから、無駄のないバックスイング。

そのフォームは、素人目にも「おおっ……?」と思わせるほど綺麗だった。


 放たれたマイボールは、安定した回転を保ったままレーンの右側を力強く滑っていく。

奥で鋭くフックし、ポケットへ吸い込まれそうになる――まさにその直前。


 ガタッ。


 フックしきる寸前でわずかに軌道が外れた。

ボールは虚しくガターに落ちていく。



 「ええっ!?」


 佐藤さんが頭を抱える。

あまりに惜しい軌道だっただけに、落胆も大きかった。


 「ちょっと! 何やってんのよ!」


 ボックスから一花の鋭い怒声が飛んでくる。

鬼のように睨みつける一花の視線を受けながら、響は「ご、ごめんね一花ちゃん……」と小さく縮こまった。



 2投目のピンがセットされる。残っているのは10本丸々。

響は先程と同じく、綺麗なフォームから再びボールを投じた。


 しかしその軌道は、今度は曲がり出しが早く、ポケットよりやや中央にズレた位置を叩いた。


 ガシャン!


 音を立てて右側の6番と10番の2本を残した。

アプローチから戻ってきた響を迎えたのは、両手を腰に当てて激怒している一花だった。


 「スペアの後、ガターとかありえないんだけど! 有料席が遠のいたらどうすんのよ!」


 「本当にごめんね……」


 「っ……! いいわよ、私がその分を取り返せばいいんでしょ!」


 ぷいっと顔を背け、マイボールを掴みに行く一花。

小学四年生らしい、容赦のない怒りだった。


 響は困ったような苦笑いを浮かべながら――その裏で、この勝負の行方を、静かに見つめていた。




 その後も、試合は互いに一歩も譲らないシーソーゲームが続いた。


 第4フレーム、怒りに燃える一花が再びストライクを奪い返せば、高橋さんも負けじとストライクで応戦する。


 続く第5フレーム。プレッシャーの中で佐藤さんが手堅くスペアを決めた一方、相手のよし子さんがスプリットを出してしまい、この試合初のオープンフレームとなった。ここでわずかに点数差が縮まる。


 しかし第6フレーム、相手の伊藤さんがストライクを叩き出し、再び流れを引き戻す。

対する響は、またしても惜しい軌道からスペアに終わり、差を埋めきれなかった。


 やはり序盤に響が出したガターの影響は大きく、スコア画面に映し出された差はなかなか動かない。

第6フレームを終えた時点で、佐藤さんチームは約20ピンのビハインド。ボックスの空気が、わずかに重くなる。



 そして、一番手である一花の番が回ってきた。

一花はマイボールを強く握りしめ、レーンを鋭く睨みつけた。


 「……絶対、ストライク出すんだから」


 劣勢を跳ね返そうと、一花はアプローチへと上がった。


 しかし、あまりの切迫感が、自覚できないほどの微かな硬さを生んでしまう。

いつも通りのフォームで振り抜いたはずの一投だったが、力みが生み出したわずかな狂いは、残酷な結果となってレーンの奥に現れた。


 放たれたボールは本来の美しいフックを描かず、1番ピンの真正面へとまっすぐ飛び込んだ。

鈍い音とともにピンが四方に弾け飛び、残されたのは、4番、7番、6番、10番――。


挿絵(By みてみん)


 左右に大きく分かれた最高難度のスプリット、『ビッグフォー』だった。



 「嘘……」



 一花の手から力が抜ける。2投目で奇跡が起きるはずもなく、無情にもピンが残ったまま第7フレームが終了した。


 続く相手チームの高橋さんは、動じることなく完璧なストライクを叩き出した。

連続のストライク――ダブル。


 差は一気に30ピン以上に広がり、佐藤さんチームの勝利への道は完全に暗転した。


今回のベーカー戦のメンバーのアベレージですが、高橋さん約205、よし子さん約160、伊藤さん約170

対する、佐藤さんのチームは、佐藤さん約185、一花は小学生4年生で約190と全国レベルです。

響のアベレージは誰も知りませんが、スタッフでフォームも綺麗なので160ぐらいはあるだろうと思われ、両チームの戦力がバランス良さそうなので、ハンデなしの勝負になっています。


続編は、明日9月28日 18時10分更新予定です。

次回は納涼花火編完結になります。

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