ツンデレ天才少女と、裏社会の女勝負師の「意外な代打ち」
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『闇夜に響く 〜真夜中の代打ち・玉城響〜』第3話
【納涼花火大会編】のスタートです。
天才少女との出会いから、響が引き受けることになった
一風変わった「代打ち」とは......?
【第1章:天才少女】
放課後の『Strike Palace』。
十五時を少し回ったころ、中央のレーンあたりから、乾いた心地よい破裂音が連続して響いていた。
――パァンッ!
次いで、弾け飛んだピン同士が激しくぶつかり合い、崩れ落ちる高音の木鳴りがフロアを満たす。
そして、息をつく暇もなく、再びレーンの奥から鋭い衝撃音が空間を震わせた。
――コォンッ!!!
制服のまま遊びに来ていた中学生三人組が、ハウスボールを持った手を止め、呆然と目を丸くする。
「……今の、全部ストライクじゃね?」
「しかもフォーム、きれいすぎるだろ……」
彼らの視線の先、レーンに立っていたのは、まだ小学四年生くらいの女の子だった。
艶やかな栗色のロングヘアをきれいにまとめ、小さな体には少し大きめのボウリングシャツの袖をきっちりと揃えている。
体格はかなり小さい。
なのに、その指先から放たれるボールだけは、大人顔負けの鋭い軌道を描いていた。
助走、スイング、リリース――。
全てが無駄のない動きで、ボールがポケットへ吸い込まれていく。
「あの子、誰だろ?」
「知らね。でも、めちゃくちゃ上手いな……。それに、よく見ると、かわいくね?」
隣のボックスで、客の後片付けをしていた響は、それを聞いて怯えた目を、その少年に向けた。
「……ロリコン!? ひぃ〜!!」
「ち、違うって! そういうんじゃねえし!」
「でもお前、今ハッキリ『かわいい』って言ったじゃん」
「ガン見してたもんな」
「確定でしょ、それ」
「だから違うって! 俺はどちらかと言えば、玉城ちゃんみたいな年上がタイプだし!」
身内からの容赦ない追求に、少年が苦し紛れの弁明を叫ぶ。
すると残りの二人が、いっせいに目を輝かせた。
「おおっ?」
「きたな、本音」
「まさかの玉城ちゃんに公開告白か?」
「ちょっ……お前ら!?」
囃し立てる声がフロアに広がったところで、作業の手を止めた響が、ゆるい笑顔を浮かべながら三人の前に近づいていった。
「……ちょっと待って」
いつものおっとりした声のトーンが、わずかに低くなる。
「私のことも、普段からそんな目で見てるわけ? もしかして、こないだ私が派手に転んだ時も、頭の中で変なこと考えてた!? ……わりと、リアルに引くわ」
「えええ!? 違う違う違う!」
「玉城ちゃんは玉城ちゃんで、その、恋愛対象とかそういうのじゃなくて! あくまで憧れっていうか!」
「はいはい。他のお客さんの迷惑にならないようにねー」
必死に手を振って弁解する少年を、響は適当な相槌であしらうと、改めて中央のレーンへと視線を戻した。
そのとき、レーンにいた女の子がボールリターンに球を置き、こちらへ向かってまっすぐに歩いてきた。
小さな体つきに反して、床を鳴らす足音にはどこか気の強さが滲んでいる。
少女は、中学生三人組と響の前でピタリと立ち止まると、少し顎を上げて睨むように言い放った。
「何見てるの!!」
中学生たちが同時にビクッと肩を跳ねさせる。
「えっ」
「いや、その……上手いなと思って……」
「フォームが、すごくきれいだなって……」
少女は彼らの気圧された顔を順に見つめ、特に、一番最初に「かわいい」と呟いた少年をじっと凝視した。
すかさず、その少年の隣にいた一人が、ニヤニヤしながら軽い調子で口を開く。
「ああ、こいつがさ。『かわいい子だな』って見惚れてたんだよ」
少女の整った眉が、ぴくりと不快そうに跳ね上がった。
「……は? なにそれ、キモっ。ロリコン!?」
「違うってば!?」
少年が慌てて両手をブンブンと振る。
「違う、違うから! 純粋にボウリングが上手いなって思っただけだって!」
「はいはい、口ではなんとでも言えるわなー」
「お前の目、ストライクじゃなくて完全にこの子に釘付けだったもんな」
「待て待て待て、お前ら裏切るな!」
「ふ〜〜ん。ま、別にいいけど」
心底どうでもよさそうに少女が毒づく。
「練習の邪魔だから、静かにしてよね」
冷たく言い捨てた少女は、最後にフロントスタッフの制服を着た響に視線を向けると、品定めするような目を向けた。
「あなたもボウリングするの?」
響は困ったような愛想笑いを浮かべ声を返した。
「従業員だから、少しはね。……下手だけど」
その言葉に、待ってましたとばかりに中学生たちが即座に反応する。
「少しは、じゃねえよ!」
「玉城ちゃん、ホントに絶望的に下手なんだからな」
「こないだなんて、両手投げマネしようとして、自分で自分の足引っかけて派手にダイブしてたろ」
少女はそれを聞いて、短く吐き捨てるように言った。
「スタッフなのに転んでるの? ちゃんと練習したらぁ?」
「うっ……」
響はバツの悪そうな顔で、視線を泳がせ、一瞬言葉に詰まった。
少女は「ふんっ」と小さく息を吐くと、ツカツカと自分のレーンへと戻っていった。
その後ろ姿が少し遠ざかったところで、中学生たちが揃って顔を見合わせ、ヒソヒソと囁き合う。
「……なんだ、あの子」
「めちゃくちゃ生意気じゃね?」
「そもそも誰なの?」
響はいつものように、のんびりとした佇まいのままさらっと答えた。
「彼女は、如月一花ちゃん。都大会、小学生の部の優勝者だよ」
「はあ!?」
「優勝者!?」
「マジかよ……」
中学生たちが驚嘆するなか、響が一花のレーンに視線を戻すと、一花はすでにマイボールを手に取り、黙々と練習を再開していた。
一切の無駄を削ぎ落としたアプローチ。
放たれたボールは、乾いた激しい破裂音とともに、寸分の狂いもなくポケットを捉える。
パァンッ――!
その圧倒的な実力を目の当たりにして、中学生の一人が、ぽつりと小さく呟いた。
「……上手え……」
「でもやっぱ、近くで見ると、かわいくね?」
その言葉が発せられた瞬間。
響と、残りの男子二人の冷ややかな視線が、ゆっくりとその少年に向く。
誰も言葉はない......
ただ、静まり返ったフロアの中で、哀れなロリコン疑惑の少年を黙って見つめ続けていた。
【第2章:花火大会】
響はフロアの端から端までを一通り確認し、落ちているタオルを回収して、ラックに不揃いに置かれたハウスボールを直して回る。
十五時を過ぎた『Strike Palace』は、まだ客足が落ち着く時間帯だった。
カウンターに戻ると、レジ横でシフト表を見ていた先輩従業員が顔を上げる。
「あ、玉城さん。清掃ありがとう」
「いえいえ」
響は回収したタオルを所定の場所に置きながら、軽く頭を下げた。
先輩は壁に貼られた、鮮やかな大輪の火花が描かれた『納涼花火大会』のポスターを見つめながら、さらりと聞いてくる。
「そういえば、明日の花火大会、玉城さんも行くの?」
「あー……どうしようか考えてるんですよ」
「人混み、ちょっと苦手なんで」
響は頬に手を当てて、首を傾げながら答えた。
「分かるー。あそこ、毎年すごいからね。……まあ、今年で最後らしいけど」
「え、最後なんですか?」
作業の手を止め、響は思わず目を丸くした。
「うん。周辺の再開発が決まったらしくて。それに花火職人さんも減ってるから、もう今年以降は開催できないって」
「……そうなんですね」
どこか寂しげな先輩の言葉に、響はもう一度ポスターに視線を戻した。
夜空を儚く彩る花火の情景が、なぜか胸にチクリと刺さる。
「きれいなのは分かってるんだけど、友達を誘うにも急過ぎだしねぇ……」
「そうなんですよね。一人で行くのも微妙だし……」
「一緒に行く人くらい、いるでしょ?」
「もう、私だってそれくらい……」
「玉城ちゃん!明日の花火大会だけど!」
突然、カウンターに常連の佐藤さんが凄い血相で響に話かけてきた。
「えっ!?玉城ちゃんの相手って佐藤さんなの!それって......不倫」
「違いますって!!」
響が全力で首と両手を振って否定する。
その横で、佐藤さんは先輩の勘違いに気づきもせず、息を荒くしたままカウンターに身を乗り出してきた。
「玉城ちゃん! 頼む、明日の花火大会の有料席を賭けたボウリングに、うちのチームメイトとして参加してくれないか!?」
「……えっ?」
あまりに斜め上から飛んできた懇願に、響はパチパチと瞬きをして困惑する。
「有料席、ですか?」
「そうなんだよ! 実はな、仲間内で明日の花火大会のチケットを取ったんだが、これがどうにも激戦で、どうしても4席しか確保できなかったんだ」
佐藤さんは悔しそうに顔を歪めながら、ハンカチで額の汗を拭った。
「今年で最後だろ? みんなどうしても特等席で見たくてさ。それで、席が足りないならいっそのこと、ボウリング対決で白黒つけようって話になったんだよ」
「ボウリングで……ですか。いかにもこの店の常連さんらしい決め方ですね」
「ああ。3対3のチーム戦のスコアで競うことになったんだ。ところが、急に決まった話だから、どうしてもあと一人メンバーが足りなくてな……」
佐藤さんは手を合わせて、拝むように響を見つめる。
そこで、明日、たしかシフトが休みだった玉城ちゃんを思い出して、藁にもすがる思いで走ってきたんだ! 頼む! おじさんの最後の花火を、特等席で見させてくれ!」
その熱苦しいほどの熱量に気圧されながらも、響はふと疑問に思って首を傾げた。
「あの、佐藤さん。3対3のチーム戦ですよね? 私が入ったとして、あともう一人はどなたなんですか?」
「おお、あと一人か! あと一人は、さっきまでそこで投げてた一花ちゃんだよ。声をかけたら、二つ返事でオッケーしてくれたんだ!」
「えっ!? 一花ちゃんがですか!?」
響は思わず声を裏返らせて、驚きに目を丸くした。
あのプライドが高くてクールな都大会優勝者が、常連のおじさんの誘いにそんなに簡単に乗るなんて、全く予想外だったからだ。
しかし、そこで響はさらに重要な矛盾に気がつき、指を折りながら計算を始める。
「……待ってください。チケットは4席分しかないんですよね? もし私たちが勝ったら、席はどうなるんですか? 一花ちゃんがメンバーなら、あとの席は……」
「いや、一花ちゃんはまだ小学生だからさ。お父さんと二人で花火を見たいんだって。だから2席は如月さん親子だね」
「なるほど、それは微笑ましいですね。じゃあ、残りの2席は……私と佐藤さんで分けるってことですか?」
響がそう尋ねると、佐藤さんは急にバツが悪そうに視線を泳がせ、頭を掻きむしりながら言いにくそうに口を開いた。
「いや、それがさ……。残りの2席は、うちの妻と二人で使おうと思ってて……」
「…………はい?」
響の動きがピタリと止まる。
柔らかかった笑顔がみるみるうちに消えていき、ジト目が佐藤さんを真っ直ぐに射抜いた。
「……ちょっと、言ってる意味がよく分からないんですけど。つまり私は、佐藤さんご夫婦と一花ちゃん親子が特等席で花火を見るために、ただの『数合わせ』として駆り出されるってことですか……?」
両頬をぷくーっと膨らませながら、完全に不機嫌モードになり始める響。
ただただ理不尽な扱いに拗ねる姿がそこにいた。
「玉城ちゃんお願い! ビールおごるから! 頼む!」
必死に手を合わせる佐藤さんを、響は完全に据わった目のまま見つめ、すっと息を吸い込んだ。
「あ〜、もしもし奥さん? 私、愛人の玉城と申しますが、実は今ご主人と――」
「わあああ! 待って、ストップ! 電話するフリはやめて!!」
佐藤さんが頭を抱えて悲鳴を上げる。響はスマホを耳に当てたまま、佐藤さんを睨みつけると。
「ご飯も奢る! 美味いもん食わせるから!」
「……おたくのご主人、私のパンツの色をしつこく聞いてきて――」
「わかった! ビールをケースで買う!! ケースでひえひえのやつを届けるから!!」
「分かりました、その勝負受けましょう!」
ビールケースの響きに、響は一瞬でスマホをポケットにしまい、何事もなかったかのように満面の笑みを浮かべた。現金な態度に、横で見ていた先輩従業員が呆れたようにドン引きしている。
「ただ、さっき中学生たちも言っていた通り、私は絶望的に下手ですからね? 本当にただの数合わせにしかなりませんよ」
「いいんだ、大丈夫! 今回の勝負は、チームの3人が1フレームずつ交代で投げる『ベーカー戦』だからな。僕と一花ちゃんでガッツリ引っ張るから、玉城ちゃんは気楽に投げてくれればいい!」
佐藤さんはホッとしたように胸をなで下ろすと、あははと笑いながら頭を掻いた。
「実はさ、本当は妻がメンバーとして投げる予定だったんだけど、急に仕事が抜けられなくなっちゃってね。悪いけど、明日は『妻の代打ち』をよろしく頼むよ!」
「……代打ち」
その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、響の脳裏に、夜の暗闇の中で一億数千万の金を背負ってボールを握る、もう一つの自分の姿が過った。
まさか昼間のボウリング場で、ビール1ケースと引き換えに「代打ち」を頼まれることになるとは。
「ふふっ。奥様の代打ち、ですね。がんばります」
響はくすくすと含み笑いを漏らすのだった。
第1回お読みいただきありがとうございました!
響の今回の報酬ですが、ビールケースと聞いて引き受けてましたが、厳密には
併設されたレストラン『Lumen Pins』での、生ビールとご飯おごり+ビールケースです。
続編は、明日9月27日 18時10分更新予定です。
よければ、またお付き合いください。




