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闇夜に響く 〜真夜中の代打ち・玉城響〜  作者: みぃ
両手投げ(ツーハンデッド)の刺客編
6/10

極限のプレッシャー対決、ついに完全決着!敗者を待つ冷徹な現実と、いつもの長閑な喧騒

響と堂島の裏ボウリング対決、決着回です。

響の投球をどうぞ最後まで見届けていただけますと幸いです。


【第8章:勝負の世界】


 アプローチから退いた堂島は、血走った眼で響の姿を凝視していた。


 (今度こそ、絶対に真似できるわけがねえ……!)


 レーンの最内側――ディープインサイド。

 そこは、驚異的なパワーと超高回転を誇る者にしか許されない、文字通りの聖域だ。


 (おまけに、俺はストライクを外している。)

  (お手本となる『正解の軌道』すら存在しない。)



 ――だが、響は迷うことなく、そのディープインサイドへと立ち位置を変えた。


 表情一つ変えず深紅のボールを構え、彼女は助走を始める。


 その刹那、堂島は息を呑んだ。


 滑らかなステップから、響の右腕が、頭の上よりも遥かに高い位置まで吸い込まれるようにバックスイングを引き上げたのだ。

美しい黒髪がふわりと宙を舞う。


 最高点から振り下ろされた右腕。

 白く繊細な指先から紡ぎ出されたのは、自在にして堂島を彷彿とさせる凄まじい超高速回転だった。


 手首のスナップとともに放たれた深紅のボールは、大量のオイルが残る中央エリアを、堂島のラインをなぞりつつも、滑りすぎることもなく適度なグリップで走り抜ける。


 (――あ、あの球……!?)


 堂島の脳裏に、パチパチと最悪のパズルが音を立てて組み上がっていく。


 (極薄のドライレーンであるはずのこの会場で、あいつは第1フレームから一貫してオイリー用のボールを使い続けていた。俺はそれを非力な悪あがきだと思った。だが、それは違う)


 (手前の薄いオイルを意図的に削り、俺のラインを壊し、この最内側へ引きずり込む。

そして、自分は最もオイルが残されたこのディープインサイドに合うボールで投球する……)


 (すべてが、この一投のための作為的な必然。)


 ボールはバックエンドで溜めた摩擦を解放し、完璧な弧を描いてポケットへ吸い込まれた。


 ――パァァァァンッ!!


 地下会場に響き渡る、あまりにも綺麗な破裂音。

 10本のピンが、今度は一本も残ることなく、完全に弾き飛ばされた。


 (……俺の投球をエサに、アジャストしやがった……!?)


 堂島は底知れぬ戦慄に襲われていた。



 9フレーム目。

響は再びディープインサイドに立つ。


 レーン左端から放たれた深紅のボールが、中央の厚いオイルを噛み、大きくレーンを横断すると――死神の鎌を思わせる軌道でポケットを切り裂いた。


 激しい破裂音とともに、ピンが散り、スコアボードに新たな「X」が並ぶ。

その一投が、堂島の戦意を静かに刈り取っていくようだった。



 (……いや、違う。馬鹿か俺は……! 俺もさっきの一投でレーンは掴めてる。勝負はここからだ……!!)


 堂島の中に眠る天才の意地が、激しく火を噴いた。


 奥歯を噛みしめたまま、堂島は9フレーム目のアプローチに上がった。

手のひらに息を吹きかけ、鮮黄のボールを強く握る。


 さっきまでの迷いを、力ずくでねじ伏せるような助走。

腰を落とし、両手でボールを抱え込み、すべてを指先へ叩き込んだ。


 放たれたボールは、ディープインサイドからレーンを大きく横断する。


 猛烈な回転。 バックエンドで鋭く曲がったボールが、ポケットを殴りつけた。


 パカァンッ!!


 ピンが爆発するように全て消えた。


 「……まだだ」


 喉の奥で唸り、堂島は10フレーム目へ進む。

 もう計算も、余裕もない……。


 だが、アプローチに立った堂島には一切の迷いが消えていた。

 張り詰めた静寂のなか、驚異的な集中力で1投目を解き放つ。


 強靭な体幹をバネのようにねじり戻し、抱え込んだパワーを爆発させるようにして放たれた超高回転の一撃が、ポケットへ突き刺さりピンを粉砕した。


 「シャァァァァ!!」


 雄叫びとともに、2投目。

 同じラインを信じ抜き、ピンを豪快に吹き飛ばす。


 そして最終投。

 すべての力を込めた一撃は、凄まじい重低音を残して最後の10本を完膚なきまでに消し飛ばした。


 ――4連続ストライク。


 スコアボードに表示される数字は、セミパーフェクトの【279】。


 「見たかよ……!」


 ミス一つ許されないプレッシャーを響にかける堂島の顔に、勝ち誇った色はなかった。


 ただ、祈るように隣のレーンに立つ響を睨みつける。


 (次の1球だ……! あの女がストライクさえ出さなければ……8本以下なら俺の勝ちだ……!)



 ガラスの向こうのVIP席からも、その驚異的な粘りに、今夜一番の熱狂とどよめきが起こっていた。



 しかし――


 そんな堂島の咆哮をよそに、響は最終10フレームのアプローチへ上がった。


 汗ばんだ漆黒のシャツが、体のシルエットを艶やかに浮かび上がらせる。

 袖口から伸びる磁器のように白い腕が、深紅のボールを静かに掴む。

 失投が許されない重圧のなか、響はそっと呼吸を整え、凍てつく瞳でレーンを見据えた。


 静かに始まる助走。


 引き締まった腰をしなやかに沈ませ、滑るように体を運ぶ。


 翼を開くように引き上げられた右腕が、一滴の無駄な力もなく振り下ろされると、白く長い指先が絡みつくようにして、深紅のボールを静かに送り出した。


 ――シュッ。


 音もなく接地したボールは、静けさとは裏腹に強烈な回転を纏ったまま、狙ったラインを疾走する。


 堂島が見据える先には、バックエンドで急激に軌道を変えたボールによって、一本残らず倒されたピンがあった。


 10連続ストライク。

 この瞬間、響のスコアは280点を超え、堂島の敗北が完全に確定した。


 (終わった……俺の負けだ……)


 呆然と立ち尽くす堂島に視線すら向けず、響は冷徹な執行人として残る投球を投じていく。


 パーフェクトゲーム――【300】


 すべてのピンが倒れる音が、堂島を逝かせる葬送曲(レクイエム)のように会場に響いていた。




 その瞬間、音を遮断する漆黒のマジックミラーの向こう側――VIP席では、一斉に身勝手な声が湧き上がっていた。


 「ふぅ、興醒めだよ御堂くん! 彼女はこの後、我々のパーティーに出席する手筈だったはずじゃないのか?」


 不満を漏らす男の横で、別の老紳士が愉しげにグラスを揺らす。


 「まぁ、私はあの女の勝ちに張っていたから、大儲けさせてもらったけどねぇ……!」


 「ハハハ! 私は堂島に賭けて大損だ。なぁ御堂くん、いくら積めばあの女をオークションに流してくれるんだ?」


 金と権力に飽いた富豪たちが、グラスを片手に口々に不満と欲望をぶつけ合う。


  しかし、そんな富豪たちの中心で、御堂貴之は手にしていたグラスを静かにテーブルへと置いた。


 「どうかご安心を」


 御堂は深く、どこまでも耳に心地よい声で囁く。


 「……皆様には、極上の愉悦を味わっていただくため、別のデザートを準備しております。また、少し変わった趣向もご用意があるので退屈はさせませんよ」


 「ほう……別の趣向、だと?」


 「ええ。さあ、敗戦処理などは部下に任せて、我々も場所を移動いたしましょう。次の会場で、さらに美味しいお酒を揃えております」


 御堂の巧妙な誘導に、VIPたちは「さすがは御堂くん、期待しているよ」と満足げに頷き、次々と部屋を後にしていった。




 御堂はゆっくりと歩き出し、レーンへと続く重厚な扉を開けた。

地下会場の冷たい空気が肌を刺す。


 アプローチの前で、抜け殻のようになった堂島の横を、御堂は障害物を避けるように通り過ぎた。



 視線の先には、肌に張りついた漆黒のシャツのまま、ボールをバッグへ収めている響の姿がある。


 「見事なパーフェクトゲームでしたね、響さん」


 御堂の拍手が、静まり返った会場に白々しく落ちる。


 「今回は私の負けです。約束通り、金額は組織へ振り込ませていただきます」


 軽く頭を下げ、すぐに顔を上げる。

 その笑みは、すでに次を見据えていた。

 「貴方のおかげで、今夜は実に楽しい催しになりました。次は私の主催するパーティーにも、ぜひお越しください。歓迎しますよ」


 「それでは、この後の予定がありますので」


 御堂貴之は、冷ややかで残酷な笑みを深く刻んだまま、踵を返して去っていった。



 御堂が去った静寂のなか、響は崩れ落ちたままの堂島の元へと歩み寄った。


  カタ、と静かにノートパソコンを開くと、その画面を細い指先で冷酷に指し示す。


 「では約束通り、撮影した動画は全編カットさせてもらうわね」


 その場で、今夜の対決の動画データが完全に消去された。


 「たまたま運が無かっただけだ……っ!!」


 すべてを失った堂島は、去っていく響の背中に向けて必死に吠えた。


 「次にやる時は、こうはいかねぇからな!!」


 響はすっと足を止め、一度だけ、静かに堂島の方を振り返った。


 「この世界は、失敗すれば次は無いの――先の勝負のようにね」


 「―― サ ヨ ナ ラ」


挿絵(By みてみん)


 響の紡いだ最期の言葉が、鋭い刃として堂島の胸の奥でこだましていた。





【第9章:エピローグ】


 ――数時間後。

 からりと晴れた、新しい一日の朝。


 『Strike Palace』のロッカールームで、響は昨日購入したばかりのパステルピンクのロングワンピースを大切そうにロッカーへと仕舞っていた。


  いつものネイビーのスカートを穿き、バイト制服へと着替える。




 「おーい、玉城ちゃん! おはよう!」


 自動ドアが開くと同時に、佐藤さんたち常連グループが、マイボールのバッグを抱えてにこにこと入ってきた。


 「佐藤さん、おはようございます! 今日は朝から練習ですか?」


 「おう! 昨日さ、中学生のガキどもに玉城ちゃんのパンツの色、必死に聞き出そうとしたんだけどさぁ。『普通の大人っぽいのだよ!』としか教えてくれなくてさー!」


  「ちょっ……佐藤さんっ!! まだ言ってるんですかぁぁぁ!!」


 顔を茹でダコのように真っ赤にして慌てる響に、受付カウンターの向こうでジュースを飲んでいた中学生たちが「あはは! 玉城ちゃんまだ怒ってる!」とベロを出して大笑いする。



 「ねえ玉城ちゃん、知ってる!? 両手投げの動画サイト、いきなり閉鎖しちゃったんだよ!」


 「そうそう! HARUTOのやつ、今日から両手投げの解説動画出すって言ってたのにさー。マジ残念。俺たち両手投げ練習しようとしてたのにさ」


 スマホの画面を見せ合って騒ぐ少年たちを、響は心底どうでもよさそうに眺めた。


 サイトの閉鎖に少なからず自分が関わっているとは、口が裂けても言えない。


 「……そう。残念だったね」



 「だからさ! 玉城ちゃん、代わりに俺たちに両手投げ教えてよ!」


 キラキラした目を向けられ、響はあからさまに嫌そうな顔を隠そうともしなかった。


 「……嫌よ。私、ただのバイトだし。こないだ失敗したの見たでしょ!!」


 「えー、ケチ! じゃあ練習して教えてよ」


 「そうそう、練習練習! ――あ、でも、今度はもっとエッチなパンツ履いて来て!」


 ニヤニヤと笑うクソガキたちの言葉に、響の額に青筋が浮かぶ。


 「セクハラで出禁にするわよ、このド変態マセガキども……!」



 受付カウンターから身を乗り出して怒鳴る響に、背後から先輩従業員の鋭い怒声が飛んできた。


 「ちょっと、玉城さん!! フロントで大声出さないでちょうだい!!」


 「あーあ、玉城ちゃんまた怒られてやんのー!」


 「クビになるぞっー!」


 逃げ回る中学生を前に、またしても響はギリぃ……と奥歯を噛み締めることしかできなかった。




 フロントに響く、呆れるほどのどかな喧騒。


 こんなたわいもない瞬間が、響の渇いた心を僅かに潤していく。


 その温かい笑い声の中で、新しい一日が、またいつものように始まろうとしていた。





(第2話・完)


第二話を最後までお読みいただき本当にありがとうございました!


本編中では詳細には触れませんでしたが、VIPたちは常に【仮面】を着用して素性を隠しています。

御堂の主催するパーティーはご想像の通りで、バレたら社会的立場が危ういやつです。


また続編が書けましたら投稿しますので、どうぞよろしくお願いします。

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