休日のチョロインから冷徹な代打ちへ。決戦の特設レーンでクズな御曹司と再会する
前回に続き、お読みいただきありがとうございます。
今回は、響の休日と、決戦前夜のお話です。
完璧に擬態した?表の姿と、勝負師としての裏の素顔を、ぜひご覧ください。
【第4章:休日】
――翌日。
からりと晴れた麗らかな休日。
響は近所のセレクトショップ『Glow & Chic』へと向かっていた。
ここ最近はマセガキといい昨夜の件といい、本当に、ムカつくことばかりだわ……。
こんな時は気晴らししなくちゃね。
ショップのドアをくぐり、気になった服をいくつか抱え、響は試着室へ入り、カーテンを閉めた。
静まり返った密室で、身に纏っていた私服をゆっくりと脱ぎ捨てる。
鏡の中に映し出されたのは、指先まで透き通るように白い肌と均整の取れた、しとやかな肢体。
店員に勧められたパステルピンクのワンピースをまとうと、胸元の薄いレースが豊かな膨らみをほんのりと覗かせ、布地が腰のくびれに沿って滑らかに落ちていった。
カーテンを開けて大きな鏡の前に立つと、店員が手を叩いて目を輝かせた。
「わあ……! お肌が白いから淡いピンクがすごく映えて、透明感が爆上がりしてます! モデルさんみたい!」
「え、ええ? そうですかぁ……?」
「絶対にお似合いです! こっちの大人っぽいシフォンスカートも合わせていかがですか?」
「照れちゃうなぁ……えへへ、じゃあ両方いただきます! あ、これ、着て帰ってもいいですか?」
「もちろんです! 元の服は袋にお入れしますね」
モデルみたい、透明感爆上がり。 そんな甘い褒め言葉のシャワーに、さっきまでのストレスは一瞬で脳内から消去されていた。
響は嬉しそうに頷くと、元の私服を紙袋に入れてもらい、パステルピンクのワンピース姿のままレジへ向かった。
ホクホクした顔で財布を取り出す響を見て、店員は心の中で小さくガッツポーズを決める。
(よし、二点お買い上げ! チョロ♪ またおすすめ仕入れておこっ)
お会計を終え、綺麗にラッピングされた紙袋を手に、響はお店の外へと一歩を踏み出す。
店員は、そんな響の後ろ姿を尻目に、ぺろりと小さく舌を出して満足げに微笑んだ。
淡いピンクのワンピースに身を包んだ響がお洒落なショップから現れると、通りすがりの男性たちが思わず振り返った。
響は風に髪を揺らしながら、涼しげな切れ目でその様子を一瞥すると、ヒールを鳴らして駐車場の車へと向かって歩き出した。
愛車のアクセルを踏み込み、響は夕暮れ時の街を滑るように走らせていた。
助手席には、脱いだばかりの私服が収まった淡いピンクの紙袋。
身に纏った新しいワンピースの柔らかな感触とは対照的に、響の横顔はすでに昼間の「チョロいお姉さん」のそれではなく、冷徹な代打ちの表情へと戻っている。
向かう先は、組織が抱える地下の特設会場。 明日の夜24時に開かれる、一億二千万円を賭けた因縁のリングだ。
どれほど完璧に準備された檻であっても、空間の歪みや空気のわずかな流れまで自分の目で把握しておかなければ気が済まない。
それが裏社会で無敵を誇る、勝負師・玉城響の絶対的な鉄則だった。
重厚な鉄の扉を押し開け、薄暗い会場へと足を踏み入れる。
そこは、通常のボウリング場とは完全にかけ離れた、異様な空間だった。
二本だけ設置されたレーンの周囲は、厚い防音壁で完全に四方を遮断されている。
そしてレーンの真横――そこには、天井まで届く巨大な全面ガラス張りのVIP観客席が鎮座していた。
ガラスで空間を完全に隔離することで、客席側からの物理的なイカサマや妨害も一切通さない、完璧な観賞用の檻。
「――お早い到着ですね、響さん」
アプローチの傍らで配信機材をテストしていた、仲介屋が雇ったプロ技師が、響の姿に気づいてペコリとお辞儀をした。
「壁の密閉具合、電波の遮断チェックは?」
「完璧です。ガラスも防弾仕様の特殊マジックミラーですから、外からのハッキングや盗撮の電波は1ミリも通しません。あちらがどれほど手練れのハッカーを連れてこようと、この部屋の中の映像は、私たちのカメラ以外には絶対に捉えられません」
「……そう。身体検査は?」
「持ち込み物は全て金属探知とエックス線で徹底します。不審なものはAIが即座に弾きます」
響は何も言わず、静かな足取りでレーンのアプローチへと歩み寄った。
しゃがみ込み、レーンに指先で触れる。
オイルの感触を確かめた後、奥のメンテナンスマシンのパネルにも視線を走らせた。
防音壁に囲まれた室内の空気は完全に澄んでおり、アプローチからピンの奥まで空調設備にも異常はなかった。
(……問題なさそうね)
響はゆっくりと立ち上がると、視線の先にある10本のピンを、冷たい切れ目でじっと見据えた。
この遮断された檻の中であれば、イカサマも、最新のデジタル技術を使ったハッキングも使えない。
「これでお膳立ては揃ったわね」
決戦の夜まで、あと、二十四時間――。
【第5章:対面】
――そして迎えた、決戦の当日。
響は『Strike Palace』のシフトに入り、普段通りに勤務をこなしていた。
やがて22時が過ぎ、営業が終了して完全に静まり返ったフロア。
今夜の決戦のために用意した複数のマイボールを取り出し、それぞれの感触を確かめるように1番レーンへと進み出た。
乾いた音が静寂を切り裂く。
ボールの表面加工、指穴のフィット感、そしてレーンを転がる微細な感覚。
今日用意したすべてのボールの特性を脳内へ叩き込むように、何度も、何度も静かに牙を研ぐように調整を続けた。
パチン、と最後のピンが綺麗に弾け飛ぶ音を背中で聞きながら、響はすべてのボールをバッグへと収めた。
誰もいない従業員控室のロッカールーム。
薄暗い照明の下、響は黒の仕事着に腕を通す。
柔らかな生地が、豊かな膨らみを静かに包み込んでいく。
薄い色の唇がわずかに開き、吐息が漏れた。
照明を落とした鏡には、昼間の優しさなど微塵もない。
冷たく艶めいた笑みだけが、闇の中に浮かんでいた。
響はバッグを手に取り、控室を出る。
夜の駐車場に停めた愛車に滑り込み、エンジンをかけると、今日の勝負の特設会場へと車をとばした。
深夜23時45分。
深夜の工業地帯にひっそりと佇む、巨大な地下倉庫前に響の車が静かに到着した。
ヘッドライトの白い光が、その最奥にある錆びついた分厚い鉄扉を怪しく浮かび上がらせる。
ほぼ同時に、対向の暗がりから漆黒の大型高級ワンボックス車が数台、音もなく現れた。
すべての車両の窓ガラスには、車内の様子も、逆に車内から外の景色も一切視認できない特殊な遮光加工が施されている。
今回の極秘試合の場所を、招待されたVIPたちにも、対戦相手にも絶対に特定させないための、組織による徹底した隠蔽工作だった。
パチ、と重々しい電子ロックが解除され、スライドドアが開く。
中から降りてきたのは、仕立ての良いスーツを傲慢に着こなした御堂貴之だった。
そして、その背後から気怠そうに姿を現したのが、堂島陽斗――HARUTOだった。
「おや、ひさしぶりですね、響さん。綺麗な顔だけは変わらない。ですが、こんな薄汚い倉庫の奥でピンを弾く日々とは……随分と落ちぶれましたね」
御堂が歪んだ笑みを浮かべて響をねめつける。
御堂の不快な視線を完全に無視して、響はまっすぐに堂島を見つめ、静かに声を落とした。
「……あなたがHARUTOね」
「へえ、実物は思ってた以上に色っぽいねえ。いいね、動画のサムネ(表紙画像)に設定したら、アクセス数が結構稼げそう」
「残念ね。全編お蔵入りになるわ。それと、あの男とはこれ以上関わらないことね」
響は振り返ることなく、ゲートへと歩き出した。
「ハッ、口だけは達者じゃん。その大人の余裕が俺の投球を見ても続くのか見物だな」
堂島は不敵に鼻で笑うと、厳重な持ち物検査のゲートをくぐりながら響の後に続いた。
密室の特設会場へと足を踏み入れた堂島は、さっそく組織の技師を捕まえ、カメラ機材の位置や画角について熱心に打ち合わせを始めている。
配信者としてのこだわりを見せる中、響はバッグからマットな深紅のボールを取り出し、アプローチの滑り具合を確かめていた。
――その頃。
レーンの真横に鎮座する、天井まで届く巨大な全面ガラス張りのVIP観客席。
外からの盗撮や電波を1ミリも通さない防弾仕様のマジックミラーの向こう側では、今夜の勝負に大金を賭けた特権階級のVIPたちが、最高級のシャンパンを片手にソファーへ深く腰掛けていた。
「いやはや御堂くん、実に見事なお膳立てだ。あの『評判の女代打ち』の死合が、こんな特等席で見られるとはね」
「クク……、お褒めに預かり光栄です」
御堂貴之は、グラスを傾けながら、洗練された完璧なセクレタリー(元締め)の微笑みをVIPたちに向けていた。
「ご安心を。堂島(HARUTO)の実力は本物です。あの女のプライドが粉々に砕け散った後は……皆様お待ちかねの、特別なパーティーが待っています。極上の舞台を用意してありますので、今夜はどうぞ心ゆくまでお楽しみください」
御堂の言葉に、VIPたちは品性の欠片もない濁った笑い声を上げる。
ガラスの向こうで見下ろす響の肢体を、まるでオークションの品物でも眺めるかのような下卑た視線で品評し合う。
自分たちが絶対的な安全圏から全てを支配していると、露ほども疑わずに。
そして、深夜24時。
そんな醜悪な観客たちの視線が注がれるなか、檻の中のゲームが幕を開けた。
Glow & Chicは、Strike Palaceのわりと近所にあるお店です。
ですから響は、ここでも擬態を忘れません。
けっしてチョロいお姉さんなわけじゃないんです。
……たぶん。
次回更新は、明日9月2日 20時10分頃を予定しています。




