引っ越し
一
(死んだ、のか?・・・何も見えないし。何も聞こえない。ここには何もない)
(ふん。あれほど吸血鬼との死闘を繰り広げておいて、何故たかが熊如きにやられているんだ?)
暗闇の中、糸音は唐突に言葉を投げかけられる。
(だれだ?)
(今は知らなくていい。どうせすぐ忘れる。しかしあれだな、お前、弱体化しているのか。普通の日常を過ごしているからだな。お前には穏やかすぎる。よもや毒だ)
(そうか。私は普通を過ごしていたんだな。どうりで調子悪いと思った)
(っは!とんだ言い訳だな。まぁ、程ほどにな)
(・・・・・)
それ以降、声は聞こえず。静寂の中、糸音は深い暗闇から目覚める。
二
糸音を担いだ紅羽は夜中にようやく洋館へとたどり着くと早々に糸音を自室のベッドへと運んだ。そして椿はというと、帰って来るや否や、泣きながらベットで横たわる糸音に呼びかけていた。また自分のせいで、と言いながら、目を閉じて未だ目覚めぬ糸音へと謝っていた。見かねたミナモが椿を落ち着かせる為、部屋へと連れていき寝かしつけた。紅羽とルクスリアはそれを見届けると部屋を後にしてリビングへと降り椅子へと腰を落ち着ける。
「はぁ、一体何なんだ」
「なぁ、糸音はあれから殺しをしていたのか?」
「ん?唐突になんだ。まぁ、椿とずっと遊んでるからそれは無いと思うぜ」
「そうか」
「おいおい、どうしたんだよ。何かあるのか?」
「いや。ほら、前に言っただろ。糸音の中には何かあるって」
「あー、言ってたな」
「それが何かはわからんが。もし今日の事がそれと関係しているとしたら」
「おい、まさかあのクレーターは糸音の仕業で、糸音は人間じゃねぇってことか?吸血鬼とかそういうのと・・」
「いいや、吸血鬼ではないよ。最初に糸音に出会った時は気づかなかったが、吸血鬼になって人間じゃ無くなって、人と吸血鬼の違いがわかるようになった。しかし、あの子は人ではない何かか、あるいは・・」
「そうかよ。でも俺は糸音は人間だと信じるぜ。それとも何か、もし糸音が人間じゃないなら見放し、殺すのか?」
「たわけ、何故そうなる。糸音の中に眠る何かを出さなければいいって話だ。要は死を賭けた戦いを含む殺しを避けるんだよ」
「そうすれば糸音は大丈夫なんだな?」
「あぁ、確証はないがな。少なくとも日常では出てこないだろう」
「わかった。糸音にはもう戦わせねぇよ」
「すまないな」
「わかってるよ。お前はお前で忙しいだろ。だから、糸音は責任を持って俺が見るよ」
三
次の日の早朝、糸音は自室のベッドで目を覚ました。
「!?」
飛び起きるが糸音はすぐに我に帰る。頭痛がひどい頭を抱えながらゆっくりと昨晩のことを思い返す。
「どうなったんだ・・・たしか、熊に殺されそうになって、それから・・・」
糸音は自分の体を見る。服は着替えさせられていて折れたであろう腕は完全に回復していた、それどころか傷が一つも無かった。
「どうなっている?夢?」
コン!コン!
ノックが鳴り、部屋へと入ってきたのはミナモだった。
「ミナモさん、私は」
「おはようございます。糸音様は紅羽様が運んできました。ボロボロになった服は捨ててしまいました。着替えなどは私が行いましたのでどうかご安心を」
「そうか。ありがとう」
糸音はゆっくりとベッドから立ち上がり、扉へと向かって歩いた。少しふらつきながら廊下へ出るとそこには椿がいた。
「糸音!ごめんね・・・」
椿は糸音へと飛びつくとそのまま泣き出した。糸音は咄嗟のことで動揺したが、優しく椿の頭を撫でる。
「本当にごめんなさい・・・ごめん・・ごめん」
「気にするな。それにお前のせいじゃないよ。ほら、とりあえず立てるか?」
糸音は泣きじゃくる椿を宥めるとそっと立ち上がらせて落とした杖を握らせる。
「あとは私が」
「すまない、ミナモさん」
椿をミナモに任せて糸音は階段を降りてリビングへと向かう。
そこにはソファで寝転がる紅羽がいた。
「糸音!もう起きて大丈夫なのか?」
紅羽は糸音の姿を確認すると飛び起きて糸音の元へとやってくる。
「おいおい、大げさだな、ってまぁなんだ。心配かけたな」
「全く、何もなさそうで良かったぜ。それにしても一体何があった?」
「おいおい、まずは椅子に座って落ち着いて話そうじゃないか」
ルクスリアが少し呆れた表情で茶を持ってキッチンからやってくる。
「ルクスリア、ごめん」
「あぁ、気にするな。それより無事で何よりだ」
三人は椅子へと座るとルクスリアがヘイオーから持ってきた特産の茶を入れて二人へと配る。
「さぁ飲め、温まるぞ」
「ありがとう」
一息ついて、三人はお互いに顔を見合わせる。
「糸音、昨日何があったのか覚えているか?」
「あぁ」
糸音は昨日あった事を自身の意識がなくなるところまでを話し始めた。
「なるほどな。殺し屋か。糸音が夕凪家だという情報は漏れていたみたいだな。というより顔バレか。だとするとここにいるのはまずいかもしれねぇな」
「なぁ、二人に提案なんだが、ヘイオーに来ないか?」
「そうだな。でもよー、椿が」
「私は大丈夫だよ」
いつの間にかミナモと椿が二階から降りて来ていた。
「椿、いつから、それに大丈夫ってお前」
「心配しすぎ兄さん。私は皆んなで平和に暮らせるならどこだって大丈夫だよ」
「私も特には。紅呂家に御使いする身、ならばどこへでもついて行きます」
「二人はどうだ?」
「私はいいよ」
「はぁ、よし!じゃあ皆んなでヘイオーへお引越しだな!」
「おー!ってその前に兄さん!ルクスリアさんの歓迎会、今からしようよ!」
「今からか!?」
「いいじゃん、私のせいで昨日はおじゃんになっちゃったし」
「まぁ大丈夫だろう。私は構わない」
「そうだな。じゃあ今からやるか!」
「では、準備いたします」
かくしてルクスリアの歓迎会は朝に開かれる事となった。ひとしきり騒いだ後、夜には荷物をまとめ始めた一行。そして翌日の朝、早々に船でヘイオーへと向かった。




