帰郷
「もうちょいだぜ!俺の実家、愛する妹が待っている家はこの山の中腹にある」
あれから船に乗って二日、ようやく神薙の京の港へと着いた。それから歩いて、街の外れ、少し離れたところにあった山のふもとへと辿りついた。
「高いな。高度はどれくらいあるんだ?というか結構深い森だけど、遭難とかしないだろうな」
「さぁ。まぁ、さすがに少し帰らなかったくらいで実家の場所を忘れるなんてねぇよ。まぁ多分・・」
「はぁ。やめてくれよ。ここにきて遭難で死ぬなんてのは」
「大丈夫だ!まぁ、あの戦場を駆け回ったんだ、さすがに遭難で死なねーよ」
「どうだか。日が落ちてきたが、まさか今から登るのか?」
「そうだな、っと言いたいところだが、さすがに明日の朝にしよう。近くに、小さい小屋がある。そこで今日は一泊しよう。幸い食料もあるし、なんとかなる」
「そうか。それは良かった。まさか、登るなんて言い出すんじゃないかと思ったからな。まぁ私は寝れるならどこでもいいんけど」
「まぁ北より環境は全然マシだしな」
「違いない」
しばらく山道を進むと、辺りを木々に囲まれた小さな小屋が現れた。
「ここか。なんかアジトを思い出すな」
「そうだな。たしかに似てるな。ルクスリア元気かな?」
「ふん。そんなまだ経ってないだろ。それにルクスリアは吸血鬼だ。元気に決まってる」
「はっは。ちげぇねー」
二人は小屋へと入る。小屋の中は、北にあったアジトと割と同じ作りだった。キッチンとトイレ、洗面所、風呂場とワンルーム。
「思っていたよりも広いな。これならゆっくりできそうだ」
「だろ。まぁゆっくりくつろいでくれ」
「ふと思ったんだけど。ここって結構使ったりするのか?」
「いや。全然、なんで?」
「いや。全然使ってないわりに綺麗だし」
「あー、それはきっと家で雇ってるメイドさんのおかげだな。たまに掃除をしてくれてるんだ、ここ」
「メイド?あんたってそんな金持ちなのか?」
「いや。そんな金持ちってほどじゃねーよ。まぁ、そのメイドさんが色々やってくれてんだよな・・・」
「そうか」
紅羽に事情がありそうなことを察した糸音は、それ以上聞くのは野暮に思い、言葉を飲み込んだ。
「まぁ、俺は床で寝るから、糸音はソファを使えよ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうことにするよ」
二人は軽い夕飯を食べ終えると風呂へと入り、そのまま何事も無く眠った。
翌日、先に起きたのは糸音だった。糸音はゆっくりと起き上がると時計を確認する。
まだ朝の七時だった。
(今日は珍しく早起きしてしまったな。まぁ、今までがこうしてぐっすり寝れなかったしな。久しぶりに心地よかった)
「さて」
糸音は立ち上がり、キッチンへ向かうと朝食の準備を行う。それからしばらく経って、紅羽がゆっくりと起きてきた。
「なんだ糸音、ずいぶんと早起きだな」
「おはよう。昨日は良く寝れたから今朝はスッキリしてるよ。だからこうして、朝食を作っている」
「へえ。糸音って料理もできるんだな。意外だ」
「人並にはね」
糸音は冷蔵庫にあった卵とウインナーでスクランブルエッグを作っていた。
「なら、俺はコーヒー入れて、パンでも焼くか」
「ありがとう」
二人は軽めの朝食を取り、早々に小屋を出る。
「さて、行くか」
「それで、あとどのくらいで着くんだ?」
「そうだな、この時間だと昼頃には着くかな」
「そうか。それじゃ行こう」
二人は山道へと入って行く。山道は思ったよりも整備されていて登りやすかった。
どうやら地元民が登山にやってくることもあるそうだ。
「へぇー。しかし、この山って獣とか住んでるのか?さっきから見当たらないけど」
「んあ。一応いるぜ。鹿とか、時たま、この時期は熊なんかもでるな」
「熊ねぇ」
「ただの野生の熊だから、俺たちが心配することじゃねぇがな」
「そうだな」
それから山道がしばらく続き進んで行くと、森の中、大きな洋館が現れた。
「ずいぶん大きい建物だが、あれがそうか?」
「あぁ。ここは亡き父が残してくれた洋館なんだ。今は妹とメイドと暮らしている」
そうして洋館に近づいて行くと、扉の前で掃き掃除しているメイドが一人いた。
「久しぶり!ただいま、ミナモさん」
そのミナモと呼ばれた人物は、どこかフワフワとした感じの雰囲気を纏ったメイドだった。
「あらあら、おかえりなさい紅羽さん。今回はえらく長旅でしたね。ところで、そちらの方は?」
「あぁ、向こうで知り合った仕事仲間だよ」
「夕凪糸音です。よろしくお願いします」
「これはこれはご丁寧にどうも。私はミナモと申します。長旅で疲れたでしょう、どうぞ中へ」
「ところでミナモさん、椿のやつは?」
「お嬢様ならまだ二階で寝ております」
「そうか、ありがとう。さぁ糸音、我が家へようこそ、歓迎するぜ」
「世話になる」
糸音は、紅羽とミナモに案内され、洋館の中へと入った。入り口の広間には装飾品などが飾られていて、汚れが一切なく掃除もかなり綺麗に行き届いているという感じだった。
「一階の右手がリビングで、左が浴場とお手洗いだ。二階に空き部屋が一つあるからそこを使ってくれ」
「ありがとう。とりあえず部屋を見させてもらうよ」
糸音が階段に足をかけると、階段上から駆け降りてくる足音が聞こえる。そして糸音の横を女の子が横切って紅羽の胸へと抱きつく。
「兄さん!帰ったんだね!」
「ただいま椿。元気だったか?」
「うん!元気が有り余ってるくらいだよ!」
その少女、椿は糸音がいることに気づくと、サッと紅羽の後ろへと隠れた。
「おいおい椿、相変わらず人見知りだな。こいつは糸音。これから一緒に住むんだ。仲良くな」
「初めまして、夕凪糸音といいます。よろしく、椿」
紅羽の後ろからゆっくりと出てくると、ぺこりと軽くお辞儀をしてまた隠れた。
「はっは。許してやってくれ、椿は極度の人見知りなんだ。まぁすぐ慣れるさ。歳も同じくらいだしな。ミナモさん、糸音を部屋へ案内してやってくれ」
「承知しました」
「!?」
いつの間にか糸音の横には紅羽の荷物を持ったミナモが立っていた。
「では、糸音様こちらへ」
「あ、はい」
(すごいな。気配がまるで感じなかった)
ミナモの動きに少し驚きつつ、糸音は二階へと案内される。
「こちら二階に上がって右手側、一番奥から私と紅羽様のお部屋で、左手側の一番奥から空き部屋と椿お嬢様のお部屋にごさいます。夕食の時間は決まっておりませんので、食べたい時に私に言ってくださればお作り致します。まぁ、旦那様がお帰りになったんで、みんな一緒に食べるんですけどね・・・。それから、さっきも説明されておりましたが、お手洗いは一階へ降りて右手側の奥で手前が大浴場となります。その反対側がリビングとなりますので食事の際は、ぜひリビングをお使いくださいませ。それではこちらへ」
ミナモは淡々と説明を終えると糸音を空き部屋へと案内した。
「では何かございましたら何なりとお申し付けください、では」
「あ・・」
「ん?何かございましたか?」
「いえ、ありがとうミナモさん」
「いえいえ、それでは・・・あのー糸音様、旦那様と無事に帰ってくださいましてありがとうございます」
そう言うと少し照れながらミナモは去っていった。
「不思議な人だけど、良い人そうだ。とりあえず疲れたし、一旦横になるか」
糸音はベッドに横になると伸びをして目を瞑った。
(これからどうしようかな・・・・)
二
糸音はいつのまにか寝てしまい、目を覚ます頃には夜になっていた。ベッドから起きると一階へと降りて行き、リビングへと向かった。
「おう、糸音。ちょうどいいところに起きたな。夕食にしよう。今日は豪勢にいくぜ!すまないが、椿と一緒に皿を持って来てくれ」
「わかった」
糸音は椿の姿を見つけるとそっと話しかける。
「なぁ、これを持っていけばいいのか?」
「え!・・あぁ・・そう・・だよ」
声を掛けられた椿は少し驚いて、ちょっと恥ずかしがりながらそそくさと皿を運ぶ。
(詩織とは違い、ああいうタイプは難しいな)
指示通り、何枚か皿を運び終えると四人は席について手を合わせる。食卓には宣言通り豪勢な盛り付けをされていた食事がどっさりだった。
「よし!揃ったな!では、いただきます!」
紅羽の号令とともに四人は食事をよそい、食べ始める。
「うーん!美味しい!やっぱり大勢で囲むご飯は美味しくなるね、ミナモ!まぁいつも美味しいんけどね!久しぶりのミナモさんの料理、やっぱ最高だわ」
「だよねー!ミナモの料理大好きだから!それに、今日からまたお兄ちゃんと一緒だから、うれしいなー」
椿は先ほどとは、うって変わって嬉しそうに笑顔で話していた。
「たしかにそうですね、しばらくは二人でしたから。今日からも腕によりをかけます」
「はっはっは!これからは糸音も俺もいるから楽しくなるぞ!」
そうして四人は軽く談笑しながら夕食を楽しむが、やはり糸音と椿はあまり話さなかった。そして食後、ミナモが温かいお茶を入れて持ってきて席に着く。
「ありがとう。さて、明日は神薙に行くんだけど、俺は少し神薙の館へ用があるから。椿、糸音は神薙は初めてらしい。だから、街を案内してやってくれ。ミナモさんも、明日は家のことは置いといて、二人についてくれ」
「承知しました」
「うん」
椿は少し恥ずかしがりながら頷く。少し嫌そうな感じだった。
「よろしく頼む」
糸音はミナモが入れたお茶を飲み終えると風呂へと向かった。
浴場へ入ると糸音は驚いた。そこには、一人では寂しくなるほどの広い大浴場だった。糸音は、さっと体を洗い流して温泉へと入る。
「いつぶりだろう。こうしてデカい風呂にゆっくり浸かったのは」
そんな呑気な事を思っていると、誰かが浴場へと入ってきた。湯気の向こうの人影を見る。そこには椿がちょこんと椅子に座って体を洗っていた。そして洗い終わり、糸音の浸かっていた湯船へと入ってくると、そこでようやく糸音は椿と目が合った。
「!?」
椿はものすごく驚いて一瞬だけ立ち上がり少し離れて、再びゆっくりとお湯に浸かりなおす。
「なんかごめん」
「いえ、私の方こそ、びくびくしてごめん」
「明日はよろしく」
「うん・・糸音さんは、兄さんとどういう関係?」
「ん?いや、ただの仕事仲間だよ。あと糸音でいいよ。歳も同じなんだから」
「な、なんだ。恋人かと思った」
「ふっ、はっはっは!恋人って、もしそうだとしたらアイツはロリコンだ。安心しろ椿、そんなことにはならないよ」
「はぁ、良かった。それに兄さんはロリコンじゃなくてシスコンだよ。まぁ、私もブラコンなんだけど」
「ふん、いいじゃないか。そういえばうちの兄さんも重度のシスコンだったな」
「へぇ、兄弟いるんだ」
「うん。兄が一人と姉が三人。多いだろ、血は繋がってないけどな」
「そうなんだ。私は兄さんと二人だから。パパとママは死んじゃったし」
「ごめん」
「うんうん、いいよ別に。今は兄さんもいるし、それにミナモだっているし楽しいよ」
「そうか」
「はぁ、逆上せちゃったから私はあがるね。じゃあ糸音、また明日ね」
「あぁ、また明日」
椿は少しフラフラしながら出て行った。危なっかしかったが、なんとか浴場を出て行った。
「まぁ、少しは打ち解けたかな。また明日、ね」
少し物思いに耽ってから立ち上がると糸音は少しフラつきそのまま近くの椅子に座る。
「はぁ、私も逆上せたな」




