北部地方
深い、深い、水に浸っていた。そして、長い、長い、夢を見た。いや違う・・これは記憶だ。私の大事な記憶。忘れてはならなかった記憶。そんな大切なものを忘れた私は最低だ。だから、もう一度再生しようと思う。今度は忘れないように・・・記憶の再生。私、夕凪糸音の記憶。再生が終わったら、私はきっと・・・・・・・・
北部地方、大都市ヘイオーに治安維持局が設立される前の話。この地は、他三大都市と大陸が離れていて、離島になっていた。北部地方は、土地の半分以上が自然で覆われていた。本土で平穏に国民が暮らす中、数年前、この離島では内戦が行われた。北部だけあって、寒い環境。そこかしこに悪が蔓延る混沌の時代を人々は隠れ、生きていた。奪い、奪われ、殺し、殺され、弱肉強食の世界。元々物資が少ないこともあったが、この内戦が始まって、本土との交易は遮断。それの影響により、北部地方での犯罪は急増。当時、統治していた人間も暗殺され、街という機能、政治は崩壊。完全に孤立した地方となってしまい、ほぼ一つの国と言われてもおかしくはなかった。盗賊の数は激増。内戦とは言ったものの、事実、盗賊やこの離島で天下を取って国を興そうとするもの達の争いの地となっていた。
「いやー、いい時代だなー。いや、この離島がいいのか!かっかっか!」
「ボスー。この家、本拠地にこの地方を治めちまいましょうぜ!」
「おうおう、いいじゃねぇか!早速、大都市へ攻め入ってやろう!あそこは、あの野郎が支配しているからな。戦力を十分に揃えて、ぶち殺しに行くぞ!てめらー!」
ある盗賊団は離島の南にある小さな町を襲い、その領主を殺害。家を占領し、略奪の限りを尽くし資金を増やしつつ仲間を増やしていた。
コン、コン、コン
そんな盗賊団たちがある日の晩、晩酌をしてドンちゃん騒ぎをしていると静かにノックの音が鳴った。
「誰だー?こんな時によー、おい!だれか確認してこい!」
「仕方ないっすねー。わかりましたよー」
言われた盗賊団の下っ端の一人が扉を開けると、そこには黒い学生服を着た小さな女の子が立っていた。
「ん?おいおい!みんな聞いてくれー!女だー!」
「なんだと!さっさと連れてこい!・・ってガキじゃねぇか!追っ払え」
「わかりましたよー。ちぇ、俺は好みなんだけどなー。お嬢ちゃん。ここは俺たち盗賊団のお家なの、わかる?早く帰ってねんねしな。それとも今ここで永遠におねんねしまちゅか?」
女の子を小馬鹿にした言い方で追っ払うと、盗賊団達は馬鹿みたいに笑いだす。
「・・・ごみ」
「あ?なん・・?」
次の瞬間、扉にいた男の頭が落ちて、鮮血が吹き出し、辺りを真っ赤に染め上げる。
「な!?なにしやがったテメェ!!!」
盗賊達は慌て出し、それぞれ武器を構えて少女に牙を向ける。しかし、少女は表情一つ変えずに冷酷に、冷徹に、そこにいる盗賊、約五十人を皆殺しにした。たった一本の針剣で。
その少女、夕凪糸音はよわい十三歳にして、殺しの天才だった。
盗賊団達を皆殺しにすると町にいた盗賊団の仲間のごろつき共を次々に刺殺、殴殺の限りを尽くした。一夜にして町の悪党共は全滅した。
夕凪糸音は特に何をするでも無く殴殺の後、町を去り、また次の町へ移動する。
この北部地方へ来てから、糸音は町を転々としては悪党共を皆殺しにしてまわっていた。
そんなある日、いつも通り町の掃除が終わり街中を一人歩いていると建物の陰から妙な女が声をかけてきた。
「聞きしに勝る、まさに鬼人だな」
「・・・・」
糸音はその不思議な女を見る。歳は二十歳前後というところで、腰には打刀。袴を着ていて、首にはマフラーを巻いていた。どこかで聞いた侍のような恰好をした女。髪は長く、綺麗な宵闇の色をしていた。顔立ちも整っていて、美人の部類に入るのだろうと糸音は思った。
「・・何の様だ」
「ぜひ、君を雇いたい」
「断る」
糸音は有無を言わせずに、踵を返して再び歩き出す。
「あっ!ちょいちょい、待ってくれ!」
女は糸音の後を追いかけてきた。それから数分、何も言わずに静かに糸音の後を歩いていた。
「いい加減にしろ。死にたいのか」
糸音は振り返りざま、女に針剣を向ける。
「待て待て!!怪しい者じゃない!一回だけ、一回だけ話を聞いてくれ!」
「はぁー・・・メリットは?」
「ん?」
「私にメリットのある話なのか?」
「そうだな。メリットがあるかどうかは君次第だよ」
糸音は針剣を下ろして、近くの岩の上に座る。
「いいだろう。話してみろ。聞いてやる」
「ありがとう。私はルクスリア・エリアス。この北部地方を変える者だ」
「変える?どういうことだ」
「文字通りさ。この悪党が蔓延り、内戦が絶え間なく続き、悪党が支配する各地を正義のもとに平安を築く」
「お前、面白いな。しかし、スケールがでかすぎる。この北部の、今の現状をわかっていて言っているのか?一人でどうこうできるレベルではないんだぞ」
「一人ではない。仲間がいる」
「へぇ、それならいいじゃないか。革命ってやつだな・・・それで仲間の数は?それだけ野望を抱えているんだ。兵士の数はそれなりにいるんだろ?」
「変に兵士を増やす気はない。それをすると悪党、盗賊共と変わらんからな。だから、三人。私は戦えないので、君を合わせて三人だ」
「・・・は?」
「だから、三人だ」
糸音は驚いたというよりは耳を疑った。突然、自分の目の前に現れた馬鹿は、たった三人でこの北部地方の現状を変えると言っているのかと。
「はっはっはっ!無理だな。てか馬鹿だろ。それに勝手に頭数に入れるな。たった三人で、この混沌の時代を変えるなんて、無理がすぎる」
「だから面白いんじゃないか。それに、もう既にいる二人はかなりの手だれから無理ではない。そこに君が加われば、不可能が可能に一歩近づく」
「話にならんな。それに無駄な殺しはごめんだ」
糸音は呆れて立ち上がると、再び歩き始める。
「何故、君は悪党を殺すんだ?それこそ無駄な殺しなのでは?」
糸音はその言葉に反応すると、足を止めて振り返る。エリアスのその言葉は糸音の癇に障った。
「なんだと?お前の理想論よりはマシだ。私は・・・」
糸音は驚いた。なぜかその続きの言葉が出なかった。自分でも悪党を殺している理由が言えなかったのだ。
(なんで、だったっけ・・・・)
「どうしたんだ?」
「いや。なんでも無い・・・さっきの話、報酬は?」
「ふん。報酬は衣食住の提供。無事、達成された暁には君を最高の役職につけてやる。それと、さっきのメリットについてだが、悪党を粛清するという正義の大義がついてくるぞ」
「・・・いいだろう。暇つぶしに、この北部地方でもひっくり返してやる」
「契約成立だな。これからよろしく頼む。そういえば名前を聞いていなかったな」
「夕凪糸音。殺し屋だ」
「夕凪・・・やはりな・・・。改めてよろしく頼む、糸音」
二人は握手を交わす。この出会いが北部地方の現状をひっくり返すことになるとは誰も、糸音すらも思っていなかった。




