ヘルフェブル夜戦(三)
「おいおい、そんなもんか真宵ちゃんよー!」
「くっ!」
真宵は苦戦を強いられていた。腕だけではなく、足までもが虎化したカラクの速さについていくのが精一杯で反撃ができないでいた。真宵は隙を見つけ持っていた煙幕を投げてカラクに背を向け走りだす。
「おいおい!背を向けて逃げるのか、まったく情けねぇな」
真宵は工場に置いてあった、壊れた機械の影に隠れた。
「はぁ・・」
(あの速さ、間違いなく虎そのもの・・・いや、速さだけじゃない。パワーも凄まじい、あの爪で裂かれたらまずいな・・どうするかな・・・ん?)
真宵は辺りを見回してあるものを見つけた。
「どこに隠れてるかバレバレなんだよ!」
カラクは真宵の隠れていた機械を爪で破壊する。しかしそこには真宵はいなかった。
「どこだっ!真宵!逃げても無駄だぞ!俺にはな、動物の嗅覚があるんだよぉ」
「逃げてねぇよ」
真宵はいつの間にか上にあった細い通路にいた。今にも崩れそうなボロイ通路、そこから見下ろすように立っていた。
「てめぇ、いつの間に!・・そんなとこは飛べばすぐ行けるぜ。動物様の脚力なめんじゃねーよ。それで、そんなとこ上って何するつもりだ?」
「何って、こうするのさ!」
真宵は近くの柱にあったスイッチを押す。すると近くの機械が一斉に動きだし電気がつく。カラクの近くに置いてあった壊した機械から火花が散り、近くにあった油に引火して爆発した。
ドーーーーーンッッ!!!!!
激しい爆発と共にカラクは炎と煙に包まれる。辺りには噴煙、機械から出る火花が油に引火し火炎の海を作り出す。
「・・やったか?」
「やっぱり、おめぇは甘ぇよ真宵!」
次の瞬間、噴煙の中、急接近してきたカラクは真宵の胸を鋭い爪で引き裂く。
「なっ、何故!・・!?」
真宵は膝をつきカラクを見据える。すると目の前には一匹の大きな虎がいた。
「見たか!これが完全なる獣化だ!理性も失わず、己が力を振るえるのだ!あんな爆発ごときでくたばるかよ!それに油の臭いで何となく察したぜ、ギリギリだったがな」
「なるほど・・・油断、したぜ」
血が流れ落ちる胸を押さえながら、真宵は目を閉じてその場へ倒れ伏した。
「ふん、死んだか。たった一撃受けただけでこの様・・これが人間の弱さだな」
カラクは静かに倒れた真宵を見つめる。その目はまるで得物を狙う猛獣のそのものだった。
「いかんな。獣化の影響で腹が減ってきた。こいつの欠点だぜ、どうも動物よりな思考になっちまう。いや、本能なのか?・・まぁ、それも仕方ないか。一応、爺に言ってなんとかしてもらうか」
カラクはのしのしと、倒れた真宵に近づきそして大きな口を開ける。
ドンッッ!!
「かっはっ!ばっ、ばかな!?」
工場に乾いた銃声が鳴り響く。倒れた真宵の手には銃が握られていた。倒れた真宵はカラクの口内に銃弾を撃ち込んだのだ。
「捕食者は、獲物を食す時、一番油断するんだぜ。お前が虎で良かった。まだまだ実験が甘ぇな、爺も」
真宵はフラつきながら立ち上がる。悶えるカラクを見下ろして銃口を向ける。
「なぜ、あれをくらって生きている!?この鋭い爪で裂いてやったんだぞ!」
「こんな事もあろうかと、糸音先輩に特注で服を仕立てて貰ったんだ。かなり金はかかったけど、今思えば頼んどいて良かった。金は命に変えられないって言うしね」
「虎の爪も通らないなど、一体どういう素材だ!それに血が出ていたじゃねぇか!」
「あー、これか。これは血じゃなくて赤錆を水に溶かした奴だよ。まったく臭くて最悪だ。ここに錆びた機械があってよかったよ。おかげで血に偽装できた。一か八かだったけど炎のおかげかな。どうやら視覚が血と認識してくれたようだ。糸の素材については詳しくは知らないよ。あの人、企業秘密だって教えてくれなかったから。・・・というかあれくらってまだ生きてるのかよ」
「こんな鉛玉一発、では死なねえよ!見事に外したな。いや違うか、銃弾が脳まで達していないんだろうな。まったくこの体に感謝だぜ」
「そうか・・・仕方ない。本当は使いたくなかったんだけど。死んだら元も子もないから使うとするよ」
「なんだ?」
真宵の足が獣の足に変わっていく。それは鋭く、鋭利な爪先に。
「まさか!?てめぇも使えるのか!?」
「そりゃあ一応、夜月だからね。ここ数日、自分と向き合うことをしたからかな。あんまり抵抗がないや。・・・やっぱり糸音先輩は色々勉強になりますね。感謝しなきゃ」
真宵は学園襲撃後、数日の間、糸音と話す機会が多くなり、度々模擬戦と称して戦闘訓練をしていた。
(真宵、過去に何があったかは詮索しない。私にも色々あったから・・・でも、その過去を乗り越えれば私もお前も強くなれるよ、きっとね。守りたいものがあれば、過去なんて乗り越えれるだろ?まぁ、私の場合、過去と向き合う前に思い出さなきゃなんだけど)
ある日、糸音先輩から模擬戦後にそんなことを言われた。
(お前が過去に夜月家で何があったかは知らないけど。もしピンチの時、くだらないプライドで負けてもカッコ悪いだろ?なら、有るもの全部利用して勝ったらいいんだよ。要は、お前は妹を守りたいんだろ。なら持てる力を全て使えばいい)
真宵は過去と向き合った。否、己の血と体と向き合った。ずっと、嫌悪していた夜月家の力。
「はっは、面白くなってきたぞ!真宵!」
「僕はこの力を利用してお前らから妹を守る、ただそれだけだ!」
「はっは、最高だぜ真宵!」
カラクは駆け出した。鋭い鋭利な虎の爪が真宵を襲う、がしかし真宵は飛んだ。
「おいおい、はっは、まじかよ・・」
「俺は鷹だぞ。飛んだりもするさ」
そう言った真宵の背中にはいつの間にか羽が生えていた。そしてそのまま急降下してカラクを爪で襲う。
「狩る側が狩られる側にってか!おもしれえ!!」
カラクは向かってくる鷹の爪を自身の爪で弾き返すと後方に飛んで、助走をつけて空中にいる真宵に飛びかかる。
「残念だが、狩るのはこっち側だぁ!」
真宵は飛び掛かってきたカラクを華麗に避けると軽く旋回して急降下、鋭く尖る鷹の爪でカラクの片目を潰す。
「くっ!・・なっ、なんて速さだ!」
「鷹のスピードについてこれるか?子猫ちゃん」
「図に乗るなよ!チキンがぁ!!」
カラクは再び空中を旋回する真宵に飛びかかるが、空振りに終わり、勢い余ってそのまま壁に激突する。
「っぐ・・くそがっ!」
カラクが振り返ると真宵は空中から消えていた。
「なっ!?どこだ!?・・ん?なんだこれは!」
カラクの体にはいつの間にか目に見えないほどの細い糸が巻かれていた。糸は足元にも巻かれていてその場でバランスを崩して倒れる。
「こんなもの!・・ふんっっ!!」
カラクは力一杯、糸を千切ろうとするがぴくりともしない。
「無理だよ。それは千切れない、糸音先輩特製の糸だからね」
「糸だと。どこから・・・」
「服の糸を解いたのさ。それを使わせてもらった」
「てめぇ、次から次へと自分の力じゃねぇくせに!」
「そうだな、俺の力ではないよ。けど、勝つために、守るためになら利用できるものは利用する。実際、これで勝ったしね。そうだ、あとでボコるとして、お前うるさそうだから口にも巻いておこうか」
真宵は地上に降り立ち、身動きが取れなくなったカラクの口に糸を巻いていく。
「て・・ふじゃ・・な・・んー!んー!」
「これでも少しうるさいな・・さて、先輩の方はどうかな」




