表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/52

初めてのお出かけ

まさかの20話…

長々、ごめんなさい…

 

(こ、これは想定外でしたわ…)


 マリエルは馬車を降りて、目の前に広がる景色に呆然としていた。

 マリエルの後ろに立つターシャも固まっていたし、トール側のお付きである若い従僕も、主とマリエルに申し訳なさそうな視線を送っている。


 四人の目の前に広がっていたのもの。それは、見事なまでの断崖絶壁だった。


 確かにエリアーデの王城は、陸地からの侵略方向を減らすため海に近いところに建てられていた。


 四方のうち二方を森が、一方を海が守り、残る一方が街に開いていたが、これが狭く小さく開くという、とても権威主義とは正反対の王城だった。


 築城の際は、まだ近隣諸国もあわせて不安定な政情の中だったため、国民や諸外国に向けて大きくて華やかな城で権威を見せつけ、国力を主張するよりも、戦いに負けない質実剛健を目指した。

 後の世に、もっと華やかに作り替えて権威主張すべき、との案は起きたのだが、どの王も守るべき歴史の一部、とそれをよしとしなかった。


 実際、初めて城を訪れる他国の使者などは、遠くから見えたときの貧相な印象に、エリアーデとはこの程度かと侮り、中に入って気づく想像以上の広さと、その豪華さに驚くらしい。

 現レイモンド国王などは、人を見るのに役立つ、とむしろ喜んでいる。


 だからエリアーデの国民にとって、海は身近で避暑や遊興に訪れることはあるのだが、それは浜辺の話だ。

 こんな上まで登った崖の話ではない。


(これ…わたくし、命を奪われる、とかじゃないですわよね?)


 マリエルが、途方にくれたようにそっと後ろのターシャの方を見ると、固まって肩に力のこもったターシャが慌てて力を抜き


(大丈夫!守りますから!)


と身振り手振りで伝えてきた。


「ヘンリック、敷物と持参してきたものを用意してくれ」


「はい、トール様」


 馬車から荷物を下ろして、ヘンリックと呼ばれた従僕が黙々と準備を整える。


 草の上に、マリエルくらいなら軽く5人は包み込めそうな大きな敷物を敷き、器用に四隅を留めていく。

 トールは、その上にマリエルとターシャを座らせると、自分は辺りを軽く見回して、手を上げたり、前に出したりしている。


(何?何かの儀式?っ!やっぱり、わたくしが生贄とかっ!?)


 トールは、不思議な動きの後に頷くと、マリエルの左側に座っていたターシャに


「た、ターシャさん、大変、申し訳なっ…いですが、こちらの、反対側にお座り…いただ、けますか?」


と移動させて、空いた左側に自分が座った。

 そこに、すかさずヘンリックが軽くしなやかな織物の毛布を二枚持ってくると、マリエルとターシャに渡した。


「どうぞ、お使いくださいませ」


 さらに、籠から軽食やお菓子、果実酒などとともにお茶道具を出してきた。


「?」


 ヘンリックの動きを、マリエルが不思議そうに見ていると、トールがそれに気づいて答えた。


「今から、っお、お茶を淹れるんです。ちょっと…お時間、ください」


「ここでですか!?」


「はい。外でお湯を沸かしてお茶を淹れると、本当に美味しくなるんですよ。特に、ここみたいに高いところで淹れると美味しさが増します。ぜひそれを、マリエル嬢に飲んでいただきたかったんです」


 最近は言葉に詰まる回数も減り、ずいぶんマシになったとはいえ、得意分野を話すときの滑らかさは段違いだ。


(驚いた…ここに来たのは、美味しいお茶をいただくだけの為なの?…つくづく、規格外な…)


「寒くなったら言ってくださいね、毛布はまだありますから」


「いつもは公爵家の美味しいお菓子なので、物足りなく思われるかもしれないですが、今日は私の好きなお菓子をお持ちしました。………これです」


 何やら籠の中をゴソゴソと探って、箱を出してきた。中にはエリアーデで一番よく食べられているリレルと言う酸味の強い果物の汁と皮を混ぜこんで焼いたケーキが入っていた。


「まぁ、リレルケーキ!わたくしも大好きですわ」


「珍しくも何ともないのですが、私が好きなのでよく焼いてもらってるんです。おかげでうちの料理人から、得意レシピになってしまった、と文句を言われたので、では味に詳しいマリエル嬢にお出ししてみる!と言って、昨日、彼を慌てさせたところです。よろしければ、試してやってください」


「もちろんですわ」


 トールが、籠の中から取り出したお皿にケーキを並べる。


「あ、私がやりましょう…」


ターシャが支度を手伝おうとすると、トールが手でそれを制した。


「いえ、今日は私がお連れしたのですから、どうぞ、ターシャさんも座っていてください。私はこういうことには慣れていますから、ご心配いりませんよ。ちゃんと給仕できますから」


 確かに言葉通りに手際の良い動きで、配膳をしていく。

 体の大きな男が持つと、小皿にしか見えない皿に、そっとケーキを乗せる様は何とも可愛らしい。

 少し離れた所に簡易の小さなかまどを作り、お湯を沸かさせているヘンリックの代わりにと給仕も厭わない姿を見たり、料理人との話を聞くにつけ、トールが使用人達から大事に思われているだろうことは想像がつく。


「お待たせいたしました」


 ヘンリックが湯気の立ったカップを持ってやって来た。


「お代わりもご用意してございますので、いつでもお申し付けください」


 目の前にある断崖から先に、白く波立つ海が見える。それは視界に大きく広がる青空との区切りにも見えるし、むしろその切れ目によって海や空の無限の広がりを痛感するようにも思えた。


 マリエルが受け取ったカップからお茶を一口口に含むと、自分がどこにいるのか、一瞬分からなくなった。


「…美味しい…驚きました!トール様、本当にお茶がまろやかに美味しくなりましたわ!いつもと同じ茶葉ですわよね?」


「はい、前にマリエル嬢に分けて頂いた茶葉を使わせていただきました」


「…んー?どうしてかしら、いつもとは全く味が違いますわ。ターシャ、わたくしだけではないわよね?」


マリエルは興奮気味にターシャに問う。


「ええ、本当に…私も美味しく思います。こんなに違って感じるものなのでしょうか…」


「ね、そうよね!…不思議だわ…トール様、この美味しさにも理由はございますの?」


「ええ…まぁ、あると言えばありますが…まずは、ケーキも召し上がってみてください」


「はい。いただきますわ」


 マリエルは薦められるままに、両端が尖った楕円という伝統的な形をしたリレルケーキを、口にした。

公爵家のものより、酸味がしっかりとした味だったが、上に掛かっている糖衣が酸味を和らげている。


「まぁ、こちらも美味しいですわ!酸味がしっかりあるのに、過度な味にならず、甘さも優しくてお茶がなくても食べられてしまいそうですわ…何か…この景色の中でお茶をいただくのも不思議な気がしますわ。でも、崖も海も空も、お茶をいただくのに悪くない場所だと思えてきましたわ!」


トールは、ふふ…と笑うと


「お口に合いましたら何よりです。うちの料理人が喜びます」


と本当に楽しそうに笑った。そして、続けた。


「…それにしても…マリエル嬢はお優しいですね…」


「え?」


「いきなりこんな崖に連れてこられたら、怒られても仕方ないと思っていました…でも驚きながらも貴女は付き合ってくださる。…お菓子もです。最初に、私が甘いものが好きだ、と言ったから、毎回甘いお菓子を用意してくださるのでしょう?しかも、毎回新しく珍しい、私の知識欲をくすぐるようなものを…」


「あら、それこそ買いかぶりですわ。わたくしは何もできませんもの。だから、本当は、ただうちの料理人自慢をしたいだけかもしれませんわよ?何人もの方と婚約をしては破棄することになるような令嬢ですもの。猫かぶりの上手なだけの、強者かもしれませんでしょ?…トール様こそ、必ず人の良い面を見つけようとしてくださいますわ…わたくしは、トール様の方がお優しいと思いますの。まぁそこが、心配にもなりますけど…」


「…マリエル嬢、あなたは、何故ご自分のことを(おとし)めるのですか?謙遜とも少し違うような…そう、笑われてもいいような準備をご自分から進んでなさる。私には不思議でなりません。貴女のように、美しく知的好奇心に溢れていながら、自分は何もない、とおっしゃるのが…」


「わたくし…何もないんですのよ…本当に…」


 マリエル本能的に初めてトールを危険、と感じた。

一方、落ち込んでしまったマリエルにトールは慌てた。


「あ、いえ、かっ、勝手なことを、い、言ってすみませんっでした!」


「いいえ、お気になさらないで…」


 言葉とは裏腹に、先ほどまでのはしゃぎっぷりからは離れた曇り顔をマリエルは作った。


「…あぁ…もうっ、私は…こういうことを言ってしまうから、いつも、叱られるんだっ……マリエル嬢、本当に、申し訳ありません!私のこの口が言ってしまうことは、分析ぐせと言いますか…つい、いろいろなものの歴史が気になってしまうからなんです」


「歴史…ですか?」


「そうです。例えば、すぐそこに古い砦跡があります。もう土台しか残っていませんが、立国時代の名残です。普通の人に言うと、歴史と言うのはその砦のようなものを思い浮かべます」


「ええ、わたくしもですわ」


「でも、私にとって歴史とは全てです。全てのものに歴史があるのです。貴女が持ってらっしゃるカップにも毛布にも、貴女が着てらっしゃるドレスも、マリエル嬢、貴女自身にもです。先ほどの私には、その貴女の歴史が気になってしまい、ついあんな失礼を働きました…何が今の貴女を作ったのか、と」


「そ、れは…難しいことをおっしゃいますのね…わたくしを形作ったものは何か、なんて考えたこともありませんわ。わたくしの心を育てたのは家族でしょうけど…」


「もちろん、ご家族が一番でしょうけれど、私が見る限りでは、公爵閣下を始めご家族の誰も貴女を貶めたりしていないはずです。多分、世間の誰も貴女のように美しく聡明な方を傷つけたりはできない」


 マリエルの本能は、危険、と叫ぶ。

コイツ、ゴマカサレナイゾ、キケン!と信号を送る。


「それなのに、何故、ご自分を傷つける人がいることを前提に話されるのか、不思議でならないのですよ。貴女には隠された何かがあるように思えるんです―――」


 しまった。と、マリエルは失敗を悟った。


 

トール様は、言葉が詰まるし、説明好きだし、議論好きのせいで文字が減らない…めんどくさい子でした…


バレバレと思いますが、リレルケーキは、レモンケーキです。はい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ