その知的な熊は、人間です
執着の固まりーズを書いていたので、頭が切り替わらない…
そのせいか?トール愛が増したかも(苦笑)
晴れて婚約者になったトール・ヨルゲン子爵令息は、初めて顔を合わせた後も、お茶会と称しては二人が親しくなれるよう、お互いを知る時間を作るために公爵邸を何度も訪れた。
マリエルは彼が望んだ通りに、気になることはその場でその都度直していった。
彼も自らが宣言した通りに、直す努力をした。
簡単に直せるものから、直らないものまでいろいろあったが、彼はきちんと少しずつ直していった。
あのターシャですら
『あの熊。最近まともになってきちゃいましたね…』
と、残念そうに言うまでになった。
ターシャも、彼の努力を認め始めているのだろう。
そんなトールと、初めての外出をすることになった。もちろんマリエルの付き添いとして、ターシャがついてくるのだが、実質初めての二人の御披露目みたいなものだ。
夜会に参加するほどの正式な御披露目ではないものの、誰に見られても構いません、と言うのは、相手を正式な婚約者である、と知らせているようなものなのだ。
さて、最初のお出掛けはどこかしら?とマリエルは少し楽しみにしていた。
女性と出掛けるなど慣れていないであろう彼なら、どこに連れて行くのだろうか…と考える。
人に見られることが前提になってしまう公園は、まだ敷居が高いだろう。
かといって、舞台などを見に行けるほど親密ではない。
やはり、街に出てお店を見て歩いたり、お茶を飲んだりするくらいからが、定番だけれど無難なところか…と思う。
しかし、相手はあのトールだ。もしかしたら、女性とのお出かけに慣れていたりすることだって、あるかもしれない。
いや、多分ない。ないはずだ…、多分ないだろう、と思っていても、あるかもしれない。
…と思わせるものが彼にはあった。
というのも、トール・ヨルゲンと言う男は、いろんな意味で今までの婚約者とは違う、規格外な婚約者だったからだ。
体の大きさもさることながら、知識量も、意欲も、好奇心も、問題点も、全てが外れた男性だった。
正直に言えば、彼の問題点などトール本人の能力であれば、充分に打ち消せる位のものでしかない、とマリエルは思っていた。
しかし、彼の望み通りにするために、より良くなるには、を原則に直すことにした。
それだけ尽力してしまうくらいには、マリエルはトールを好ましく思っていた。
例えば、姿勢。
彼は自分の体の大きさを意識しすぎるあまりに、体を縮こまらせる。マリエルの前かどうかも関係なく、ついしてしまうらしい。
それは、すでに癖のようになっていた。
マリエルは彼が背中を丸めようとすると、わざと厳しい声を出しては背中を伸ばさせた。
ある日の二人はこんな感じだった。
「トール様、お茶とお菓子のお代わりはいかがですか?」
「…あっ…、あ、はいっ。いっいただきます!」
あれこれ話をしながら和やかな空気の中、お茶のお代わりを勧めると、トールは体がビクッと跳ねて、カップを差し出した。
そして、新たなお茶を受けとると、肩を丸めて座るのである。
「トール様!肩!背中!腰を入れる!」
「っ!はいぃぃっ!」
優しげだったマリエルの声は、まるで騎士隊の魔物教練官のように響く。
その声に反応する習慣がついてしまったトールは、ピシッ!と背筋を伸ばし、胸を開いて肩を後ろに下げ、腰を伸ばす。
(お嬢様…立派な調教師におなりで…)
と、ターシャのそんな目線まで含めて、二人はこんなお茶の時間を過ごし、何気にマリエルはこんな二人の時間を楽しんでいた。
しかも、こういうことがあった後でも、トールが話すことは面白かった。
「あの…っ、マリエル嬢の、ところでっ、お、お茶をいただくと、いつも…変わったお茶菓子を、だ、っ…だ、出していただくのでっ、面白いです!」
「まぁ、意地汚く見えてしまいましたかしら?ごめんなさい…わたくし、食いしん坊なもので…つい…」
「え?…あ、謝らないで、くっ…ください…、いつも楽しませて、い、いただいていますよ?」
「そう言っていただけると、助かりますけど…何より、楽しんで召し上がっていただけたら嬉しいですわ。一人でいただくお菓子ほど、つまらないものはありませんもの」
(そういえば、お茶やお菓子などを男が食すのは恥だ!とか言った婚約者の方もいらしたわねぇ…男性の方が上だ!という態度が鼻について不快に思ったこともありましたわ。でも、ま、あの方も時間をかけて籠絡するのは楽しかったもの…ある意味で、あの方以降は寛大になりましたし、成長させていただいたと言えるのかも知れませんわ)
現婚約者を前に、元婚約者を考えるなど明らかにマナー違反なのだが、なにせ15人目なのだ。
多少、思い出すくらいは許されるだろう、と考えつつ、マリエルは思い浮かべていた過去から、今に意識を戻す。
「ちなみに今日は…」
「西国グリツィーニのお菓子ですね?」
「!そうですわ。ご存じでしたのね?」
「ええ、確か『クラバルバ』でしたっけ?この薄く伸ばした生地の間に木の実を挟んで包み焼き上げる。普通はそこで終わるのに、この伝統菓子はその上から、煮詰めた砂糖の汁をかけてつけこむ。初めていただきましたが、驚くほど甘いお菓子ですね…。そういえば、グリツィーニは大陸で一二を争う甘いもの好きが多い国と聞きました。男達が集まっては、昼間から甘いお茶を飲んだりするとか…どんな理由で、そういう国になっていったんでしょうね…興味深いです」
「…トール様は本当に何でもご存知ですのね」
「いいえ、知らないことだらけですよ?学べば学ぶほど自分が無知ということを知るんです。…例えば、歴史を知るために文献を漁ります。すると、それを読んでいるうちに、知らないことに出会います。それで、その事を調べると、また知らないことに出会ってしまうんです。…そうして、世界は自分の知らないことで溢れている…と落ち込むことも多々あります」
「…トール様で知らないことだらけなら、わたくしの世界は、知らないことだけで成り立っているんでしょうね…もしかしたら、知っていると思ってることも思い込みで、実は何も知らなかったりするのかも知れませんわ…」
トールが少し不思議そうな顔をして、マリエルを見つめる。
「マリエル嬢は不思議な思考をされますね…」
マリエルがトールとこうした話をする時、今まで考えた事もないことに目を向けさせられたり、見たこともない視点から話し合ったりできる、そんな時間を気にいっていた。
こうした二人の時間があることをマリエルは、心から十二分に楽しんでいた。
☆☆☆☆☆
二人で出かける約束の日。ヨルゲン子爵家の紋の入った馬車が公爵邸の前に停まり、マリエルは出迎えにエントランスへ向かう。
「ほんとに!どこに行かれるか、事前に教えていただけたら、どんな服装が向いているか選べるのに…ねえ、ターシャ?これはご忠告に入れてもよろしいわよね?」
「そうでございますね…でも、お嬢様、どこに行くか分からないのを楽しんでらっしゃるように思いますけど…」
「…っ!…ま、まぁ、そういう面もあるのは認めますけどっ」
エントランスに着くと、すでにトールが待っていた。
「トール様、お待たせしてしまったようで、申し訳ありません」
と、マリエルが礼をして謝ると、
「いえ、わっ、私が早く着いた、だけです。…ほ、歩幅のせいですか…、最近、歩くのが、は、早くなった…ようなんですよ…」
何故かトールがしゅん、と下を向く。瞬間的に訂正がはいる。
「トール様!顔上げる、胸を張る、腰を入れる!」
「うぁっ、は、はいっ」
「歩くのが早くなられたのは、背筋を伸ばして歩かれるようになったからですわ。その分、歩幅が広く開くようになったのです」
トールがさらに、シャン、と姿勢が直すと、マリエルはにっこり笑ってトールの腕に手をかける。
普段なら、男性が腕を出してくるのを待つのだが、相手がトールではいつまで待っても出てこないだろうことを見越して、マリエルが自分から手をかけた。
トールは、手のかけられた腕を見て、頬を赤くした。その顔をマリエルは見上げて、にっこり微笑むと、トールの顔はさらに赤くなる。
「トール様?…次からは、トール様からエスコートの腕をお願いできますかしら?わたくしから腕をかけるなんて、わたくしが遊び女に見えてしまいますわ。それとも…トール様はそういう方がお好きですか?」
「あ?あっ!ああ…いえ、いえ、はい。あ、違っ、今の、はい、は腕のことで…、マリエル嬢をお、おとっ、貶めたりは、しっしま、せんっ!でっす…」
「ふふっ、ありがとうございます。では、トール様、参りましょうか?」
「あ、はい!」
(お嬢様…楽しんでらっしゃいますね…)
マリエルをぬるい目で見ながら、二人の後ろからついていくターシャは、不安を覚えていた。
(お嬢様が婚約者の方と真剣に向き合ってらっしゃるのは、確かにいつものことですけど…あの熊のことは本気で気に入っていらっしゃるご様子。本当に、このまま、あの熊と結婚してしまわれる気かしら?お嬢様がお幸せなら、何でも良いのだけれど、本当にこれで幸せになれるのかしら…)
それはここしばらく、トールとの面会を楽しんでいるマリエルの姿を見るたびに、ターシャに浮かんでいた疑問だった。
(決断までには今しばらく時間もあるし、もう少しは様子を見ますか…まずは、今日のお出かけ先ね)
ターシャは馬車に乗り込む二人を見ながら、行先予想ヵ所ごとの対策を立て始めた。
多分、やっと終盤に向かったはず!です…
段々伏線拾って恋愛モードも拾って終われるはず!です…
いつも、お付き合いくださってる方、本当に皆様心が広い!
あと少し、お付き合いいただけると助かります。
m(_ _)m
あ、それと、今回のお菓子はギリシャのお菓子で「バクラヴァ」です。パイ生地にナッツ類を挟んで焼いて、蜂蜜や砂糖を煮詰めた激甘シロップに浸けたものです。
中身が甘くないのにお菓子ばっかり甘くなる…




