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私は、ミトの街でもう1度ミレーヌと話をしてから、サキファ村へ向かって、もう1度テオに会った。
テオは、私がまた話をしたいと言うと、家族の話をすると思ったのか、嫌そうに顔をしかめた。
私も、嫌がるのがわかっているのに、今からミレーヌやコリンズ商会の人達の話をし始める気はない。
色んなことを考えて出した案が、上手く受け入れられるのか。
ドキドキしているのをなるべく悟られないように祈りながら、私はなるべく冷静に言った。
「……テオ。人事異動を提案したいのだけど」
「人事異動……ですか?それは、私のここでの働きが悪かったということでしょうか」
怪訝そうに聞き返すテオに、私は
「そういうことじゃないの」
と答えた。
「ミトの街で、あなたがコリンズ商会でしていた仕事について聞いてきたの。コリンズ商会は、工務店。現場で工事を行う大工達もたくさん抱えている。けれど、あなたがしていたのは現場の仕事ではなく、外部との交渉や、経営的な部分よね」
「……確かにそうですが、それが何ですか」
レイナさんの妊娠の件を考えていて、母后様のお言葉もあって。
私は、もし、自分がレイナさんのように妊娠したら、会社がどうなるのか、どうすべきか考えた。
私は、レイナさん達のような他のお母さん達と比べたら、子育てにおいて、恵まれた環境にいると思う。
私のお母様も、多分母后様もそうだったと思うのだけれど、王妃という立場上、そして産まれた子供が将来国を担う立場となる関係上、子供を産んだとしても、乳母が付いて、子供の面倒を一緒に、もしくは代わりに見てくれる。
他のお母さん達と比べたら、子育ての負担は少ないはずだ。
子供がある程度大きくなったら、他の子供達とは違って、城の中で家庭教師が付いて勉強をする。
それでも、だからと言って今までと同じように仕事が出来るとは思えない。
他のお母さん達が、学校の行事や、子供の誕生日に休暇を取るように、時には一緒にいてあげたいと思うだろうし、そういう時間を作りたいと思う。
元々、王妃としての仕事で、仕事を抜けることも多い。
「城内にある加工工場に常駐して、かつ、私の代わりに従業員の人達をまとめ、指示を出せる人を置きたいの。……それを、あなたにお願いしたいわ」
それが、考えて私が出した答えだった。
そもそも、私は商売のこともしっかり学んだことがない。
フランシス兄さんに相談に乗ってもらったりしてどうにかやって来てはいるけど、元々そういう仕事をして来た人が側にいたら、今からでも心強い。
テオはまだ怪訝そうな顔をしていた。
「……我々は、1年間はサキファ村で無償労働、その後は給料を受け取って継続して雇用されるか、会社を離れて他の道を選ぶのか、選択肢を用意されていたはずですが……。それは反故にすると言うことですか?」
「反故にするとは言わないわ。この1年は、言わば罪の代償としてあなた達を縛っているようなもの……。あなた達の意思は、尊重されていないもの。期限の1年まで様子を見させてもらって……問題がなければ私は継続して働いてくれた方が会社としては助かると思うけれど、期限は生かしておくわ。もし、その時にあなたが辞めたいと言うなら、残念だけど、それは了承する。お給料を支払わず、無償労働をしてもらうのも、他の人達と条件が変わるのは問題だと思うし、期限までは悪いけれど継続させてもらうわ。その代わり、オルビアンに住まいは保証するし、生活面の補助もするわ」
テオは、まだ怪訝そうな顔のまま、何かを考えているようだった。
「……ロイドさんは知っているのですか?牧場の人員が減るのには問題は?」
「……一応、話はしてあるわ。ひとまずは今の人員のまま、あまり問題があるようであれば、補充を考える。上手く行くかは分からないけれど、理由を話したらロイドは了承してくれたわ。ナイジェルにも話したけど、彼はあなたにはそちらの方が向いているんじゃないかって」
私が言うと、テオは深い溜め息をついた。
「……外堀は、既に埋められている訳ですね。いいでしょう。前向きに検討します。まずは、加工工場を見せてもらえますか。私は実際に伺ったことはないので」
私は、そこまでの話が上手く進んだことに内心ホッとしながら、テオが工場に見学に来る約束を取り付けた。
それから数日後、テオが加工工場の見学にやって来た。
「……なるほど、色々と、見直せば改善出来ることがありそうですね」
テオは、私やエリンから説明を受けると言った。
ここに来る前に、彼は彼で、気持ちを切り替えて来てくれたようだった。
彼がこちらについても、前向きに捉えてくれればいいけれど。
私は祈るような気持ちで、切り出した。
「あのね、テオ。実は、あなたの他にも新しく人を入れようかと思っていてね。その人の面接を、今日する予定なんだけれど、一緒に立ち会ってくれないかしら」
私が言うと、テオは、
「私がですか?私はまだこちらのことは良く知りませんし、王妃様が面接されれば問題ないのでは?」
と、また眉間にシワを寄せて怪訝そうに答えた。
どうも、この人、不満や疑問がある時にこういう顔になるのが癖みたい。
私は、内心の動揺を見せないように、なるべく軽い調子で答えた。
「あのね、入れたい人って、事務の人なの。この会社、よくよく考えたら事務職の人がいなくて。今までどうにかやって来たけど、今後は経理とか、出来る人がいた方がいいよなぁと思って。そうなると、あなたとも関わることが多いんじゃないかと思うの」
「……はぁ、確かに、事務を雇うと言うなら確かに接することは多いかもしれませんが……」
「ついでに、出産でしばらくお休みに入る予定の人がいるから、お休み中に臨時で現場の補助もしてくれたら助かるなぁと思ってるんだけどね」
あくまで、タイミングがいいからついでであるように言うと、テオは戸惑いながらも面接への同席を承諾した。
これが、私が考えた、すべてを丸く収める方法だった。
テオに工場に来てもらうことで、私がいなくても会社を回して行けるようにすること。
事務の人を入れて、ついでにレイナさんのお休み中の空きを埋めること。
そして。
しばらくして面接を受けに来た女性を見て、テオが固まった。
私達に向かって深々とお辞儀をしたのは、ミレーヌだった。
2人を連れて別室に移動すると、私はここまでの経緯を説明した。
「家業の方は妹夫婦に任せると言うから、こちらに来ないかと話をしたの。コリンズ社長も、ミトの街から離れた、2人のことを知る人が少ない街で一緒に暮らした方がいいんじゃないかと言って送り出してくれたそうよ。オルビアンでは、ナイジェルの一派が刑務所に収監されたことは知っていても、ナイジェル以外の仲間達の顔は知られていないし、私の会社の従業員だと言えば、不自由なく暮らして行けるんじゃないかと思うんだけど……どうかしら。勿論、彼女には、ちゃんとお給料は出すわ」
「……あなたという人は、本当に厄介ですね」
テオは、深い溜め息と共に言った。
どういう意味だろう。
余計なお世話だと怒られるだろうかと、私も、ミレーヌも身構える。
するとテオは、笑っていいのか、困っていいのか、はたまた怒っていいのか分からない、というような複雑な表情を浮かべた。
「王妃、あなたも……ミレーヌも……私のことなど放っておいてくれれば良かったのに。私には、そんな価値などなかったのに……」
1人呟く彼に、ミレーヌがすかさず言った。
「だって……あなたが離れて行くから。今、王妃様がくれたこのチャンスに、行動を起こさなかったら、絶対後悔すると思ったの。もう1度、夫婦として生きて行きたいの」
「……ミレーヌ」
彼の瞳は、まっすぐ彼女を見ていた。
「……本当に……後悔しても知りませんよ」
憎まれ口のように答えた彼が、どことなく嬉しそうに見えたのは、私の気のせいだろうか。
「じゃあ2人共、これからよろしくってことでいいかしら。2人共、私のことは王妃じゃなくて、ここでは社長ね。特にテオ、あなた、今までもずっと王妃って言ってたでしょう。よろしくね」
今までテオが私のことを社長と呼ばなかったのは、私のことを認めていないせいもあったのかも。
私は心の中で思っていた。
きっと、今までのテオなら、1年の無償労働の期限が来た時点で会社を出て行ったかもしれない。
でも、これからはどうだろう。
出来れば、長く会社を支える1人になってくれたらいいんだけど。
「あ、それと……」
見つめ合う2人を見て、私はつい言ってしまった。
「ミレーヌさんには一時的に出産で休暇を取る人の代わりに加工の仕事もしてもらおうと思うんだけど……あの、次にお休み取るのがミレーヌさんになっても、会社としてはちゃんとお祝いするからね。そこは、気にしないでね」
私が言うと、ミレーヌさんは恥ずかしそうに顔を赤らめ、テオはにっこりと笑って答えた。
「その言葉、そっくりお返しいたしますよ、社長」
テオから自分がつい出来心で言ってしまった言葉の倍返しを受けることになった私は、あまりに驚いたせいでゲホゲホと咳き込んだんだった……。




