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夜中に、誰かが鳴いている  作者: 宍戸 耀


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第8話 何も起きなかった夜

結局、その夜は何も起きなかった。


俺は玄関の下駄箱の上で、ずっと周囲を見張っていた。


外から誰かが入ってくる気配もない。


家の中から妙な音が聞こえてくることもない。


圭一を怖がらせていた何かも、とうとう姿を現さなかった。


やがて、窓の外が少しずつ明るくなってきた。


朝だ。


「……よし」


俺は満足していた。


当然だ。


俺が一晩中ここで見張っていたんだから。


昨日、父親がわざわざ俺をここに置いたのは正解だったらしい。


玄関を任された以上、きっちり仕事をする。


そして、一晩何も起こらなかった。


つまり俺は、ちゃんと仕事をやり遂げたということだ。


久しぶりに、いい仕事をした気がする。


やっぱり帰ってきてよかった。


しばらくすると、家の奥から人が動き始める気配がした。


足音がする。


扉が開く。


食器の触れ合う音も聞こえてきた。


ダイニングの方から、三人の声が聞こえる。


玄関から少し離れているから、全部ははっきり聞こえない。


それでも、ところどころ会話は聞き取れた。


「どうだった?」


父親の声だ。


少しして、圭一が答える。


「……何もなかった」


そうだろう。


俺が見張っていたからな。


「ほら」


また父親の声。


「やっぱり気のせいだったんじゃないか?」


「でも、昨日は本当に変だったんだって」


「分かってるよ。でも昨夜は何もなかったんだろ?」


「……うん」


母親の声も聞こえてきた。


「昨日から気にしすぎてたのよ。最初に変な音を聞いたから、ちょっと怖くなっちゃったんじゃない?」


「そうなのかな……」


どうやら圭一は、まだ少し気にしているらしい。


仕方ない。


昨日はあんなに怖がっていたんだ。


すぐには安心できないんだろう。


父親が言った。


「何もなかったんだから大丈夫だろ」


「……まあ、そうだけど」


「今日また何かあったら、その時はちゃんと調べればいい」


「うん」


なるほど。


やっぱり昨夜のことを話していたらしい。


何も起きなかった。


圭一も無事だった。


つまり、ちゃんと守れたということだ。


父親もそれが分かっている。


何もなかったんだから大丈夫だ、と言っている。


まあ、俺が一晩中見張っていたことまでは気づいていないかもしれない。


わざわざ言うことでもないけどな。


任された仕事をしただけだ。


それでも、ちゃんと役に立てたと思うと悪い気はしなかった。


しばらくすると、家の中が少し慌ただしくなってきた。


足音が近づいてくる。


圭一が鞄を持って玄関へやってきた。


学校へ行く時間らしい。


俺は下駄箱の上から、その姿を見ていた。


昨日はいろいろあったみたいだけど、今日は大丈夫だろう。


俺がこの家に戻ってきたんだ。


また何か出てきたら、その時は見つければいい。


圭一は靴を履こうとして――


ふと、顔を上げた。


俺を見る。


「……え?」


動きが止まった。


どうした?


圭一は目を見開いたまま、俺をじっと見ている。


「なんでお前……」


お。


気づいたか。


圭一が鞄を床に置いた。


そのまま俺のところまで近づいてくる。


手が伸びてきた。


身体を持ち上げられる。


圭一は俺を正面から見る。


横から見る。


少し傾ける。


裏側も確認した。


ずいぶん熱心だ。


「……やっぱり、これ」


小さく呟く。


それから、もう一度俺を見る。


「なんでお前……」


また途中で言葉が止まった。


なんだ。


そんなに驚くことか?


俺は昨日からここにいる。


父親にここを任されて、一晩中ちゃんと見張っていた。


まさか、そこまで頑張ったとは思っていなかったのかもしれない。


少し照れくさくなった。


「まあな」


俺だって、やる時はやる。


長い間この家にいたんだ。


みんなが困っているなら、それくらい当然だ。


それに、昨日の圭一は随分怖がっていた。


何も起きなかったなら、それが一番だ。


圭一はまだ俺を眺めている。


何とも言えない顔をしていた。


そんなに感心しなくてもいいんだけどな。


少しくらい評価を改めてくれてもいいとは思うけど。


そう思っていた時だった。


「圭一ー!」


家の奥から母親の声が飛んできた。


「何してるの! 遅刻するよ!」


「えっ?」


圭一が慌てて時間を確認した。


「やばっ!」


俺は下駄箱の上へ戻された。


圭一は急いで鞄を拾う。


靴を履き、玄関の扉を開ける。


けれど、その直前。


もう一度だけ俺を振り返った。


「……帰ってから、もう一回見よう」


まだ俺のことが気になっているらしい。


そこまで気にしなくてもいいんだけどな。


「行ってきます!」


圭一は外へ走っていった。


「行ってこい」


扉が閉まる。


玄関がまた静かになった。


俺は下駄箱の上から、閉まった扉を見た。


一晩、何も起きなかった。


圭一も無事に学校へ行った。


父親に任された場所も、ちゃんと守れた。


やっぱり、俺はまだ役に立てる。


そう思うと、少し嬉しかった。


「やっぱり、帰ってきてよかったな」


さて。


今日も仕事だ。


みんなが安心して帰ってこられるように。


今日も俺が、この家を守ってやらないとな。

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