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夜中に、誰かが鳴いている  作者: 宍戸 耀


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第5話 後ろから聞こえる

「母さん!」


 玄関の扉が開く音がして、俺はすぐに階段を駆け下りた。


「ただいま。……どうしたの、圭一?」


 帰ってきたばかりの母さんが、驚いた顔で俺を見る。


「まただよ」


「また?」


「昨日の変な音。また鳴った」


 母さんの表情が少し変わった。


 昨日の夜。


 突然、家の中に響いた変な音。


 最初は玄関の方から聞こえた。


 父さんと母さんが見に行ったけど、外には誰もいなかったらしい。


 そのあと、俺の部屋でも鳴った。


 聞いたことのないような、古臭いベルみたいな音。


 それだけでも十分気味が悪かった。


 でも、今日はそれだけじゃない。


「今日、学校から帰ってきた時から変だったんだよ」


「どういうこと?」


「玄関に入った時、二階の方から音がしたんだ」


「音?」


「カタン、って」


 俺は階段を見る。


 今は何も聞こえない。


 家の中は静かだった。


「最初は何か落ちたのかなって思ったんだけどさ」


 学校から帰ってきた時のことを思い出す。


 玄関の扉を開けた。


「ただいま」


 当然、返事はない。


 父さんも母さんも、まだ仕事から帰ってきていない時間だった。


 いつものことだ。


 靴を脱ごうとした時だった。


 カタン。


 二階から音がした。


「……何?」


 顔を上げた。


 誰もいないはずなのに。


 しばらく待ってみた。


 でも、それ以上は何も聞こえなかった。


 何か物でも落ちたのかと思った。


 だから、そのまま階段を上がった。


 一段。


 二段。


 三段。


 カタン。


 また音がした。


 今度は後ろからだった。


「……え?」


 振り返った。


 階段の下を見る。


 何もない。


 玄関にも誰もいない。


「なんだよ……」


 気のせいか。


 そう思って、また階段を上がった。


 カタン。


「……」


 足が止まった。


 また後ろだ。


 俺が一段上がると、その少しあとから音がする。


 まるで。


 何かが俺の後ろをついて上がってきているみたいに。


「やめろよ……」


 誰に言ったわけでもない。


 もう一段上がる。


 カタン。


 まただ。


 振り返る。


 やっぱり何も見えない。


 階段の下の方は薄暗くて、影になっているところもある。


 でも、人がいるようには見えなかった。


 俺は急いで階段を上がった。


 カタン。


 カタン。


 後ろから音がついてくる。


「なんなんだよ!」


 最後はほとんど駆け足になって、自分の部屋へ飛び込んだ。


 扉を閉める。


 しばらく、そのまま動けなかった。


 耳を澄ませる。


 何も聞こえない。


「……気のせいか?」


 家が軋んだだけかもしれない。


 そう自分に言い聞かせた。


 しばらくすると、少し落ち着いてきた。


 俺は机のところへ行き、スマホを取り出した。


 充電が減っていたので、充電器につなぐ。


 いつも通りの部屋。


 いつも通りの机。


 何も変なところはない。


「やっぱり考えすぎかな……」


 昨日あんなことがあったから、ちょっと神経質になっているだけかもしれない。


 俺は椅子に座ってスマホを触り始めた。


 そのまま、どれくらい経っただろう。


 突然だった。


 ――ジリリリリリリリリッ!


「うわっ!?」


 身体が跳ねた。


「な、何!?」


 昨日と同じだ。


 いや。


 昨日より近い。


 部屋の中だ。


 俺は慌てて周囲を見回した。


「どこだよ!」


 スマホを見る。


 違う。


 手に持っている。


 こんな音が鳴る設定にもしていない。


 机の下。


 ベッドの周り。


 部屋の隅。


 どこを見ても、音を出したものが分からない。


 それなのに、確かに鳴った。


 この部屋の中で。


「……無理」


 背中がぞくっとした。


「無理無理無理」


 俺はスマホを掴んで部屋から飛び出した。


 一階へ降りる。


 その途中では、もうカタンという音は聞こえなかった。


 そして、ちょうど玄関まで来た時だった。


 ガチャッ。


 扉が開いた。


「ただいま」


 母さんだった。


「母さん!」


 俺はすぐに駆け寄った。


 そこまで話し終えると、母さんはしばらく黙っていた。


「つまり、帰ってきた時に階段で音がして、それから部屋で昨日と同じ音が鳴ったの?」


「そう」


「スマホじゃなくて?」


「違うって。スマホは持ってたんだから」


「他に何か鳴る物は?」


「分かんないよ。だから怖いんだよ」


 母さんは少し考え込んだ。


「その音って……」


「何?」


「昔の目覚まし時計みたいな音?」


 俺は母さんを見る。


「目覚まし時計?」


「ジリジリって鳴る、昔のやつ」


「……たぶん。そんな感じ」


 母さんは黙った。


 何かを思い出したみたいだった。


「母さん?」


「……いや、なんでもない」


「何?」


「昔、うちにもそういう目覚まし時計があったなって思っただけ」


「目覚まし?」


「うん。でも、もうないから」


 そう言って、母さんは話を切った。


 俺は少し気になった。


 でも、今はそれより階段の音の方が怖かった。


 もう一度階段を見る。


 静かだ。


 さっきまでのことが嘘みたいに、何の音もしない。


「それに、階段の音も変だったんだ」


「どんな?」


「俺が上がると、後ろからついてくるんだよ。カタン、カタンって」


「ついてくる?」


「そう。俺が一段上がったら一回。もう一段上がったら、また一回」


 母さんは階段の方を見た。


「でも、何か見たの?」


「……見てない」


「誰かいた?」


「いなかった」


「じゃあ、家の音じゃないの?」


「でも!」


 思わず声が大きくなった。


「本当に俺の後ろから聞こえたんだって!」


「分かった、分かったから」


 母さんが俺を落ち着かせるように言う。


「昨日もあんなことがあったから、怖くなってるんじゃない?」


「……」


 そう言われると、何も言えなかった。


 確かに昨日から変なことばかり気にしている。


 あの音。


 誰もいなかった玄関。


 部屋で突然鳴ったベル。


 それが頭に残っていたから、今日の音まで変なものだと思っただけなのかもしれない。


 母さんが階段を見上げる。


「今は何も聞こえないでしょう?」


「……うん」


 母さんが帰ってきてから、音は一度もしていない。


 カタンという音も。


 あのベルの音も。


 何もない。


「お父さんが帰ってきたら、一応話してみましょう」


「……分かった」


「それまでは下にいれば?」


「そうする」


 今日はもう、自分の部屋に戻る気にはなれなかった。


 俺は母さんと一緒に居間へ向かった。


 途中でもう一度、階段を見る。


 やっぱり何もない。


「……気のせいだったのかな」


 小さく呟いた。


 母さんには聞こえなかったみたいだ。


 俺はしばらく階段を見つめた。


 何の音もしない。


 誰もいない。


 それでも。


 なぜか今日は、階段に背中を向けるのが嫌だった。

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