第3話 俺の仕事
翌朝。
俺は、圭一を起こすつもりでいた。
昨日は帰ってくるのが遅くなってしまった。
でも、今日からはまたいつもの生活に戻れる。
朝になれば、時間を知らせる。
必要ならベルを鳴らす。
それが俺の仕事だ。
久しぶりだから、少し張り切っていた。
まだ鳴らすには少し早い。
もう少し待とう。
そう思っていた時だった。
――ピピピピ、ピピピピ。
「……なんだ?」
聞き慣れない音が部屋に響いた。
音の方を見る。
昨日から気になっていた、あの薄くて細長い四角い物。
机の上に置かれている、黒いやつだ。
そいつから音が出ている。
――ピピピピ、ピピピピ。
なんだ、こいつ。
そう思っているうちに。
「ん……」
ベッドの方から声がした。
圭一が身体を動かす。
手を伸ばし、机の上の四角いやつを取った。
音が止まった。
「……は?」
俺はその場で止まった。
圭一が起きた。
俺が何もしていないのに。
しばらく四角いやつを触ったあと、圭一は身体を起こした。
「なんだ、こいつ」
昨日から気になってはいた。
でも、ますます気に入らない。
圭一を朝起こすのは、俺の仕事だった。
時間になったら知らせる。
必要ならベルを鳴らす。
ずっとそうしてきた。
なのに。
俺が鳴らす前に、こいつが圭一を起こした。
しかも。
そいつが置かれているのは、昔、俺がよくいた場所だ。
机の上。
長い間、俺がいた場所。
俺がいない間に、いつの間にか居座っていたらしい。
「……気に入らないな」
圭一はそんな俺には気づかない。
俺が何を言っても、人間には聞こえない。
圭一は四角いやつの表面を指で触っている。
明るくなったり、暗くなったり。
触るたびに何かが変わる。
「朝から何やってるんだ?」
やっぱりよく分からない。
しばらくすると、圭一はベッドから出た。
着替えを済ませて、部屋を出ていく。
「朝飯か?」
俺も後を追うことにした。
昔と変わっていなければ、この時間はみんなで食事をするはずだ。
部屋を出る。
廊下を進む。
階段を下りる。
カタン。
カタン。
一階へ着くと、ダイニングの方から三人の声が聞こえてきた。
圭一。
父親。
母親。
懐かしい。
昔も、朝はこんな感じだった。
俺は邪魔にならないところまで行き、三人の会話を聞いていた。
これだ。
俺が戻ってきたかった場所は。
また、前みたいな毎日が始まる。
そう思っていた。
「ねえ、母さん」
圭一の声がした。
「昨日の夜の音なんだけどさ」
昨日の夜?
何かあったのか?
「ああ……あれ?」
母親が答える。
「俺の部屋でも鳴ったんだよ」
「部屋で?」
父親の声も聞こえた。
「うん。結構でかい音。いきなり鳴った」
俺は少し考えた。
昨日の夜。
圭一の部屋。
……何の話だ?
「何の音だった?」
父親が聞く。
「分かんない。なんか……古い感じの音」
古い感じ。
妙な言い方だな。
「玄関で聞こえたのと同じかな」
母親が言った。
「やっぱり昨日、玄関でも鳴ってたんだ」
「あったよ。お父さんと見に行ったんだけど」
「何もなかった?」
「うん。誰もいなかった」
少しだけ会話が途切れた。
俺は三人の話を聞きながら考えた。
玄関でも音がした。
圭一の部屋でも音がした。
しかも、みんなには何の音か分かっていない。
「気のせいじゃないのか?」
父親が言った。
「でも俺、ちゃんと聞いたよ」
圭一が答える。
「昨日はそのあと何もなかったけど……また鳴ったら嫌だな」
「変なこと言わないの」
母親の声がする。
俺は少し心配になった。
やっぱり何かあるらしい。
俺がいない間に、この家で変な音がするようになった。
しかも、圭一はそれをかなり気にしている。
昨日も部屋から急に飛び出していった。
玄関でも、みんな起きてきていた。
そうか。
だから昨日、あんなに慌てていたのか。
俺が帰ってきたことに驚いたんじゃない。
俺が知らない何かが、この家で起きている。
「なんだよ……」
俺がいない間に、そんなことになっていたのか。
少し腹が立った。
長い間この家にいた。
圭一が小さかった頃から知っている。
その家で、正体の分からない何かが好き勝手している。
だったら。
「大丈夫だ」
もちろん、三人には聞こえない。
でも、そう言わずにはいられなかった。
俺が帰ってきた。
もう、この家には俺がいる。
何かいるなら見つければいい。
変な音がするなら、どこから鳴っているのか確かめればいい。
圭一を怖がらせているものがいるなら、追い払えばいい。
ふと、二階の机に置かれている四角いやつを思い出した。
朝になると音を鳴らして、圭一を起こした。
あいつも気になる。
俺の仕事を勝手にやっている。
それはかなり気に入らない。
でも。
家の中を見回ることはできない。
異常があっても、自分で探しに行くこともできない。
あいつにできるのは、あの場所にいて音を鳴らすくらいだ。
それなら。
「やっぱり俺の方が役に立つ」
朝の仕事を一つ取られたくらいで負けたわけじゃない。
俺には他にもできることがある。
この家の中を知っている。
自分で見に行ける。
何かあれば、ベルを鳴らして人間に知らせることもできる。
そう考えると、少し気分が戻ってきた。
「よし」
決めた。
この家で起きている妙なこと。
俺が調べる。
どこから音がしているのか。
何が圭一たちを気にさせているのか。
ちゃんと見つけてやる。
せっかく帰ってきたんだ。
また、みんなの役に立たないとな。




