表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『恋物語のあとしまつは、モブメイドの仕事です。』  作者: てぃな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/22

5

夜。


舞踏会が始まった。


大広間からは音楽が聞こえる。


楽しそうな声。


笑い声。


グラスが触れ合う音。


扉の向こうには、華やかな世界がある。


私は少しだけ覗いた。


王子殿下が令嬢と踊っている。


誰もが笑顔だった。


綺麗だと思った。


これが、人々が憧れる恋物語なのだと思った。


けれど。


足元に白いものが落ちた。


花びら。


私は反射的にしゃがむ。


「リア。」


サーシャが呼ぶ。


「今は待機時間よ。」


「すみません。」


私は慌てて立ち上がる。


でも。


その花びらを踏まないように、そっと端へ寄せた。


サーシャは少しだけ笑った。


「……そういうところ、リアらしいわね。」



舞踏会が終わった。


扉が閉まる。


音楽が止む。


人の気配が消える。


そして。


私たちの時間が始まる。


「始めるよ。」


マーサの声。


私はほうきを持った。


けれど。


想像していたより大変だった。


花びら。


グラス。


椅子。


装飾。


見落としそうな小さな傷。


どこから手をつければいいのか分からない。


「全部きれいにしなきゃ……」


気づけば、私は一人で焦っていた。


すると。


「リア。」


マーサの声。


「今、何を見ている?」


「え?」


「床?」


私は黙る。


「……全部です。」


マーサは首を振った。


「違うよ。」


「全部を見ようとすると、何も見えなくなる。」


私はもう一度、会場を見る。


床。


壁。


テーブル。


椅子。


そして。


そこに残されたもの。


「……時間を見る。」


小さく呟いた。


マーサは頷いた。


「そう。」


「この場所で何があったのかを見るんだよ。」


私はゆっくり周囲を見渡した。


倒れた椅子。


誰かが慌てて動いた跡。


落ちた花びら。


楽しい時間の名残。


「……分かりました。」


そこからは、不思議と少しだけ見えるようになった。



その時。


「それは触らない方がいい。」


後ろから声がした。


振り向く。


工具箱を持った青年。


修繕係の制服。


「装飾部分だ。」


青年は壁際の飾りを確認していた。


「直すから。」


「あ……ありがとうございます。」


私は頭を下げる。


その人は、壊れた場所をじっと見ていた。


少しの傷。


少しの歪み。


それだけで、何が起きたのか分かるようだった。


「すごいですね。」


思わず言う。


青年がこちらを見る。


「何が?」


「見ただけで、壊れた理由が分かるんですか?」


少し考えて。


彼は答えた。


「長く見ているから。」


その言葉に、私は少し笑った。


「私も……同じかもしれません。」


「?」


「床を見る仕事なので。」


青年は少しだけ目を細めた。


「そうか。」


短い返事。


でも、嫌な感じはしなかった。



作業が終わった頃。


私は報告書を持って修繕係へ向かった。


「修繕箇所の確認をお願いします。」


青年は紙を受け取る。


そして名前を書いた。


その文字が目に入った。


エリック・ハーウェル


「エリックさん。」


自然に名前を読んでいた。


彼は顔を上げる。


「はい。」


「失礼しました。」


「いや。」


少しだけ笑う。


「覚えてくれたなら嬉しい。」



夜明け。


大広間は元の姿に戻った。


私は初めて、大きな仕事を終えた。


そして記録を書く。



あとしまつ記録 第002号


担当者:リア


業務内容


・春宵舞踏会 あとしまつ


・花びら回収


・会場復旧補助


・修繕係との連携


備考


華やかな夜ほど、静かな仕事が必要になる。



ペンを置く。


窓の外が明るくなる。


私はまだ知らなかった。


この日知った名前が。


これから先、何度も仕事記録に残る名前になることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ