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ヴァルディス公爵家が滞在する客室の前。
深呼吸を一つ。
コンコン、と扉を叩く。
「あとしまつ係のリアと申します。」
少しして、侍女が扉を開けた。
「どのようなご用件でしょう?」
「こちらを、お預かりしておりました。」
ハンカチを差し出す。
侍女は「あら」と小さく声を上げた。
「お嬢様。」
部屋の奥から、静かな声が返ってくる。
「どうぞ。」
侍女に案内され、一歩だけ部屋へ入る。
窓辺に立つ、一人の令嬢。
陽の光を受けて、銀色の髪がやわらかく輝いていた。
その姿は、思わず息をのむほど美しい。
「ハンカチを……。」
そう言って差し出すと、令嬢は少し目を見開いた。
「まあ……。」
そっと受け取り、大切そうに両手で包む。
「探していたのです。」
その声は、とても穏やかだった。
「届けてくださって、ありがとうございます。」
私は思わず頭を下げる。
「いえ、お仕事ですので。」
令嬢は小さく微笑んだ。
その笑顔は、どこか少し寂しそうにも見えた。
「……助かりました。」
それだけ言うと、侍女に視線を向ける。
私はもう一度礼をして、部屋を後にした。
⸻
帰り道。
ルルが待ちきれずに駆け寄ってくる。
「どうだった!?」
「どう、って?」
「悪役令嬢様!」
私は少し考えてから答えた。
「……とても、丁寧な方だったよ。」
「えぇっ?」
ルルは目を丸くする。
「でも、噂じゃ——」
その時。
「ルル。」
マーサが優しく名前を呼んだ。
ルルは「はっ」として口を閉じる。
マーサはリアの方を見る。
「リア。」
「はい。」
「あなたは、何を見た?」
私は今日のことを思い返した。
探していたハンカチ。
安心した表情。
『ありがとうございます』という言葉。
私はゆっくり答えた。
「……優しい方でした。」
マーサは嬉しそうに微笑む。
「それでいい。」
「人はね。」
「噂で知るんじゃない。」
「自分の目で知るものだから。」
私はその言葉を、胸の中で何度も繰り返した。
⸻
その夜。
仕事記録を開く。
あとしまつ記録 第004号
担当者:リア
業務内容
・お茶会 あとしまつ
回収物
・レースのハンカチ 一枚
返却完了
備考
落とし物は、持ち主のところへ帰って初めて仕事が終わる。
そして、人のことも。
自分の目で見たことを、大切にしたい。
私は静かに手帳を閉じた。
窓の外では、夕暮れの風が庭の白百合をやさしく揺らしていた。




