第4回 闞沢、郴県県令となる
闞沢は、呉郡太守の呉景からすぐ来るように、との呼び出しを受けた。
闞沢は、馬を飛ばして呉景のいる呉県に向かった。
到着の報告をすると、すぐに会う、とのことであった。
呉景が言う。
「到着早々済まんが、重要な話がある。」
「どの様なお話でしょうか?」
「桂陽郡に張羨という者がおり、私の友人なのだが、優秀な人材がいたら紹介してほしい、と頼まれていてな。そこで、私の中で最初に浮かんだのが、徳潤、お前なのだが。」
「私など、まだまだでございます・・・。」
「謙遜する必要はない。お前が銭唐県の県長になってからの銭唐県の治績は目を見張るものがある。張羨が欲しがっているのは、桂陽郡の郡治である郴県の県令にふさわしい人材だ。お前にとっても、悪い話ではないと思うぞ。」
「郡治の県令・・・。」
「そうだ。言うまでもなく、桂陽郡で一番の要所だ。自分の力を試す意味で、挑戦してみないか?成果を出した暁には、私の方から、孫策殿に推薦しても良い。」
「孫策殿といえば、小覇王の異名を持つお方ですね。」
「ああ。私の甥であるが、非常に優れた人物と言えよう。江東一帯や、将来的には荊州も孫策殿の支配下になるのは間違いないと私はよんでいる。」
「一つだけ質問させて頂いてよろしいでしょうか?」
「ああ、聞こう。」
「呉景様は、孫策様に属しているお方。一方、張羨殿は、桂陽郡ということは、荊州の劉表様に属する方と推察を致します。私を推薦することは、孫策様に関して、問題ないのでしょうか。」
「なるほど、確かに。しかし、これはよくあることだ。私と張羨の関係は、友人としての好意であり、孫策殿を裏切ったことにならん。それに・・・。」
呉景は少し間をおいて言った。
「これは、まだまだ予断に過ぎないが、張羨は恐らく、劉表殿を裏切り、反乱を起こす恐れがある。」
「そんな・・・。それでは、私にその裏切りに加担せよ、という風に聞こえますが・・・。」
「それは違う。徳潤、もし、張羨が反乱を起こしたら、即座に斬れ。」
「自分の主を斬れ、と申しますか。」
「そうだ。劉表からは褒賞され、場合によっては桂陽郡の太守に任命されるであろう。」
「私が、桂陽郡の太守・・・。」
「そうなったならば、徳潤、今度は孫策様につくのだ。」
「劉表殿のことも裏切れと申しますか。」
「この乱世、止むを得まい。実際、現状でも、劉表殿の器を越しているのだ、荊州の広さは。お前が孫策殿につけば、お前が南方より攻め込み、こちらからも攻め込むという、二面作戦を行うことが出来る。」
呉景は続ける。
「孫策殿の器は、一つ、二つの郡では収まらん。少なくとも、この国の南部、揚州、荊州、そして交州あたりまでは難なく治める器だと私は思っている。そして徳潤、お前の器も、県令、県長では収まるまい。小さくみて太守、大きく見れば、天下人の側近く仕え、天下取りを補佐する器と、私は見ているのだ。」
闞沢は、呉景の今まで言ったことを噛み締めながら、理解するようにした。裏切る、というのは自分の信条としては絶対にしたくない事である。しかし、今の世の中は、黄巾の乱以降は乱れに乱れ、各地に諸侯や軍閥が割拠する、民にとっては非常に不安定で危険な状態が続いている。
それを何とかするには、「強さ」がどうしても必要になってくる。とてもではないが、自分の字にも使っている「徳」だけでは、この世の中をどうにかすることはできない。
闞沢は迷いに迷った。この様な策謀の渦巻く話に自分が積極的に参加すべきか、参加していいのか、ということを。
しかし、呉景が言っている以上、是非、郴県に行って欲しいということなのであろう。闞沢は覚悟を決めて言う。
「わかりました・・・。呉景様、この闞徳潤、郴県県令のお話、受けさせて頂きます。」
「おお!わかってくれたか。まことに頼もしい。また会えるのはしばらく先の話だろうが、期待してるぞ、闞沢。」
闞沢は拝礼して退出をした。
この話を、闞沢は戻るとすぐに県丞と県尉に話した。
二人とも、闞沢が来てからの働きぶりは、今までとは全く違うものになっていた。闞沢が言う。
「私は、郴県に参ります。新しい県長は、呉景様の方から新たに赴任してくると思いますが、私にしてくれたのと同様に、優しくお迎え頂ければと思います。」
県丞が言う。
「私どもは、県長殿によって本当の意味での仕事というのを知りました。これからもご指導を仰ぎたかったのですが、まことに残念です。」
県尉が言う。
「県長殿、ご出世おめでとうございます。気楽に行き来できる距離ではありませんが、県長殿のご奮闘、お祈りいたします。」
闞沢が言う。
「お二人とも、本当にありがとうございました。私がここまでやってこられたのも、お二人がいたからこそ。またお会いできる日を楽しみにしております。」
二人は拝礼して、退出した。
この話は民の中にもあっという間に広がってしまった。
民たちは、闞沢が自分たちの事をこれからも守ってくれるものとばかり思っていたので、急な異動に動揺が広がった。
民たちは口々に「行かないでください、行かないでください。」と懇願をした。
しかし、既に決まった人事異動を簡単に消せるわけもなく、闞沢は民たちに、別れの言葉を贈った。
「皆に告げる。私は、郴県の県令という新しい役職を仰せつかった。私もこの銭唐県を離れるのは、正直言えば、一抹の寂しさはある。しかし、行かねばならん。また、いずれ会う機会もあろう。皆のもの、さらばだ。」
こうして、闞沢は民たちの涙が乾くのを待たず、郴県へと向かったのである。




