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三国志・闞沢伝ー孫呉を内側から支えた漢ー  作者: 涼風隼人


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第32回 闞沢、呂壱事件に衝撃を受ける

 孫呉の中央政界に激震が走る。

 

 丞相の顧雍が逮捕をされたのだ。

 

 罪状は、顧雍が左司馬をつとめていた時期の、地方との書状とのやり取りに関して疑義がある、というものであった。

 

 逮捕をしたのは呂壱という人物で、「中書典校郎」という役職にあり、中央と地方のやり取りなど、文書の監察権を持っている。

 

 非常に摘発が厳しく、それを「厳正」と捉えた孫権が近頃はこの呂壱の意見を全面的に信用し、逮捕者が続々と増えていたのである。

 

 あまりの過酷ともいえる摘発に闞沢は孫権に対して異を唱えた。

 「孫権様。呂壱のやっていることは不正の摘発というよりは、単なる粗探しに過ぎません。人は誰でも間違えはあります。無論、だからと言って簡単に間違えていいわけではありませんが、仔細なことまでとがめだてするようになれば、官吏の仕事は滞りましょう。」

 

 「徳潤。お前の言葉とは思えんな。丞相が逮捕されたことが影響しているのか?」

 

 「敢えて否定は致しません。丞相はこの国の英知の象徴。それを、何年も前の書類の疑義で逮捕するなど、許されることではございません。」

 

 「ますます徳潤の言葉とは思えんな。法は平等に適用されるものだと、丞相自身も承知している。丞相も、何も反論せずに、逮捕を受け入れたと聞いている。正しいか否かは、取り調べによって明らかになろう。」

 

 「・・・。わかりました。ただ、丞相の身の潔白が証明された暁には、呂壱の扱いをご再考願います。」

 

 闞沢は拝礼して退出した。

 

 闞沢だけではなく、顧雍の逮捕を聞きつけた、上大将軍の陸遜や太子の孫登も呂壱の告発は行き過ぎであると上奏したが、孫権はそれでも聞く耳を持たなかった。

 

 そして、呂壱による、顧雍の取り調べが始まった。

 「丞相。今回、私が疑義を呈しているのは、丞相が左司馬の時代に武器商人から武器を仕入れた際の支払金額と、書かれている金額に齟齬があり、その差額を丞相が横領したのではないか、というものです。」

 

 「左様か。私には身に覚えのないこと。単なる書類の不備であろう。」

 

 「書類の不備・・・。そういえば、全てが許されてしまいます。」

 

 「それは確かに・・・。そうであれば、その書類の責任者は私であろうから、甘んじて罰を受けよう。」

 

 「・・・。さすがは丞相、全くひるまない。他の方々とは、やはり格が違いますな。」

 

 「そんなことはどうでもよい。早く取り調べを進めてくれ。」

 

 結局、呉の政界を騒がせた顧雍逮捕であるが、顧雍が横領した事実は当然なく、かなり時間が経過している事案であること、顧雍の全くぶれない受け答えに呂壱は隙を見つけることが出来ず、この件は結局、不問に付すということで解決した。

 

 その翌日、顧雍は孫権に呼ばれた。孫権が言う。

 「丞相。呂壱が丞相の所に行くことを許可したのは私自身だ。申し訳ない事をした。」


 「書類に不備があった事は事実ですので、私の責任でございます。」


 「私もたまたまの不備であろうとは思ったのだが、他の者だけ調べて、丞相だけを特別扱いをするのは、それこそ丞相の意に反すると考えたのだ。」


 「その点、私も承知しております。」


 「そうか。さすがは丞相だ。今回の件、水に流してくれるであろうか。」


 「孫権様の判断は当然のものです。私が決して恨むことなどございません。」


 「丞相の件については、闞沢からは直接、上大将軍や太子からは上奏で意見を表明された。そして、闞沢と約束したのだが・・・。」


 「何をお約束されたのですか?」


 「呂壱の扱いを再考することだ。」


 「私自身、感じたことを申し上げてよろしいでしょうか?」


 「もちろんだ。何でも言ってくれ。」


 「呂壱が摘発した事件につき、その逮捕、処罰が正しい事案もあるかと思います。しかしながら、そのほとんどは、今回私が不問にされたような、書類の仔細な間違いなのではないかと思います。それを事件化すれば、官吏の仕事は滞りましょう。よって、呂壱を罷免することが必要かと思います。」


 「・・・。そうか、わかった。一度考えさせてくれ。」

 

 顧雍は拝礼して、退出した。

 

 顧雍が無事戻ってきたということで、闞沢は顧雍のもとに駆け付けた。闞沢が拝礼して言う。

 「丞相、ご無事で何よりでございます。」


 「徳潤殿。私のために孫権様へ直言されたとお聞きしました。心より、感謝申し上げます。」


 「いえ、当たり前の事です。今後の呂壱の事は、何かお話がありましたか?」


 「私は、罷免すべきと申し上げましたが、考えさせてくれ、とのお答えでした。」


 「以前の孫権様なら、即刻罷免の判断をされたものと思います。その前に、呂壱の様な者を重用しなかったと思いますが・・・。」


 「そうですね・・・。その辺りは、我々で支えていきましょう。」


 「わかりました。誠心誠意、職務に励みます。」


 闞沢は拝礼した。


 呂壱の扱いを注目していた顧雍と闞沢であるが、孫権は呂壱を譴責しただけで、罷免するところまではいかなかったのである。

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