第30回 闞沢、再度の合肥新城侵攻を見守る
合肥新城侵攻の失敗をした翌年、またもや孫権は勅命であると合肥新城侵攻の宣言をした。
今回は、誰にも相談せず、独断専行の決定である。恐らく、誰に相談しても反対される、という気持ちがあったのであろう。この頃から、孫権の独断専行や、首をひねりたくなるような行為が徐々に増えていくことになる。
今回こそ、の気持ちが強い孫権は、軍の編成を再び自ら行い、合肥新城へ向かう兵力は前回の二倍である一〇万とした。
更に、陸遜と諸葛瑾は漢水から襄陽へ、そして孫韶と張承は淮水から広陵・淮陰へ進軍するという三方面での軍事活動を同時に展開するというものであった。
この決定をしたのち、孫権は顧雍に言う。
「丞相、此度の戦における戦費、兵糧の類は大丈夫であろうな。」
「今回は、大丈夫です。」
「今回は?」
「はい。孫権様、これほどの規模の軍を動かすということは、国の存亡をかけることであるとご理解ください。この規模の大戦というべきものを、もう一度行う、ということは今の孫呉の国力では出来ません。」
「わかった。今回こそ、まずは合肥新城の攻略、そして少しでも多くの土地と民を曹魏から取り戻して見せようぞ。」
「お願い致します。恐れ多い言い方ですが、敢えて申し上げます。今回、一寸の土地も取れなければ、こちらから仕掛ける戦はお控えください。」
今回、孫権がこれだけの大仕掛けをするには理由がある。
蜀の諸葛亮より、北伐を行うとの連絡があり、曹魏がそちらの防衛に集中し、孫呉への警戒は緩まる、と読んでの行動であった。
しかし、曹魏はそれほど甘くはない。
まず、孫権は上陸自体には成功し、大軍をもって合肥新城を包囲した。
満寵は籠城策を取りながらも、火計を用いて呉軍の攻城兵器の破壊をするなど、積極的に仕掛けてきた。
一方、一〇万の大軍でありながら、孫権は攻めあぐねて、これぞという策も浮かばなかった。
そうこうしているうちに、時間だけが経過していく。
その時である。衝撃的な情報が入ってきた。
曹魏の三代目明帝、曹叡が自ら兵を率いて合肥新城の救援に駆け付けるというのである。孫権はこれを聞いた時、小さな声で呟いた。
「終わった・・・。」
孫権は、この戦いを諦め、全軍に撤退を命じたのである。
今回も何の戦果を挙げることもできなかったばかりか、莫大な国費をただただ浪費するだけで終わってしまった。
この情報は、闞沢にも入ってきた。闞沢は思った。
「勅命とはいえ、やはり、止めるべきであった。この戦、前回の戦で孫呉の富を使い果たすことになってしまった。もし、同じようなことがあれば、身命を賭してお止めしよう。」
闞沢は、ただ成り行きを見守る事しかできなかった自分を恥じたのであった。




