第29回 闞沢、合肥新城侵攻に反対をする
孫権は、雪辱したい恥を持っていた。
今より、約一五年前の出来事であるが、曹魏の「合肥城」を攻めたとき、兵力で孫呉が圧倒していたにもかかわらず、曹魏の大将をつとめた「張遼」自らが僅か八〇〇騎で掛けてきた奇襲に対応をできず、命からがら逃げた経験がある。
孫権は、今でもこのことを忘れてはいなかった。
そして、帝位に昇った孫権は、合肥城侵攻の計画を温めていたのである。
しかし、その頃の合肥城は既になく、曹魏の名将「満寵」によって、新たに水際から内陸に場所を移して築城された「合肥新城」となっていた。
場所が内陸に変更になったことにより、孫呉が得意とする、水軍と陸軍の連携がとりにくくなり、もともと堅城であった合肥がより守りやすい城に変わったのである。しかも、守りについているのは、この城の築城から関わっている満寵なのである。
孫権はまず、この計画を上大将軍の陸遜と丞相の顧雍に相談をした。孫権が言う。
「お前たちのおかげで、この孫呉の国力も増し、民も安心して暮らしているであろう。そこで、よりこの国を盤石にするためにも、やはり合肥は自領に取り込まなければと考えている。そこで、合肥新城への侵攻を考えているが、二人はどう思う。」
陸遜が言う。
「孫権様。率直に申し上げれば、反対でございます。」
「何故だ?理由を聞かせてくれ。」
「もともとの合肥も堅城で落としがたかったものが、その場所を内陸に移し、より堅͡固なものとなりました。そして、その城を守るのは、この城の全てを知り尽くし、特に防衛戦において無類の強さを発揮する“鉄壁の満寵”です。侵攻をしても、勝利をするのは至難の業です。」
「私も、安々と勝てる相手であるとは思っていない。しかし、この戦、私自らが出陣をし、味方の士気を最大限に高揚して臨むつもりだ。それでも、反対か。」
「親征など、とんでもございません。どうしてもというなら、私にお任せいただきたく存じます。」
「それほどに、合肥新城、満寵は危険であると申すか・・・。丞相、お前はどう思うか?」
「はい。私も上大将軍と同じ意見でございます。」
「戦費はどうだ?」
「戦費は問題ございませんが、こちらから仕掛ける以上、なんかしらの成果を挙げる必要があります。しかし、一寸の土地が得られる確証もない戦は避けるべきです。」
「一寸の土地も得られない・・・。満寵とはそれほどの者なのか。」
二人は、頷いた。しばらく考えて、孫権が言う。
「わかった・・・。この件は一旦、もう一度考えてみる。下がってよいぞ。」
二人は、不機嫌そうな孫権に拝礼して退出した。
陸遜が顧雍に言う。
「丞相殿。孫権様は完全に諦めたわけではないようですね。」
「そうですね。恐らく、闞沢殿に相談するでしょう。」
「もし、闞沢殿が賛成した場合、孫権様は動かれますか?」
「その場合、そうなるでしょう。しかし・・・。」
「しかし?」
「闞沢殿が、この件に賛成することは無いでしょう。」
「それならばいいのですが・・・。」
顧雍が予想したように、孫権は同じことを闞沢に相談した。
闞沢であれば、賛成してくれるであろう、という思いが強い。闞沢が言う。
「孫権様。既に、この件は上大将軍や丞相にはご相談されましたか?」
「・・・ああ。相談した。」
「そのお答えは、お二人とも“反対”であったと推察しますが、如何でしょうか?」
「・・・ああ、その通りだ。しかし、私は徳潤、お前の意見を聞きたいのだ。」
「わかりました。反対でございます。」
「徳潤、お前も反対か!」
「はい。合肥新城は、恐らく難攻不落の名城となると思います。そしてそこに、鉄壁の満寵がいるのであれば、勝てる見込みはかなり薄いと言わざるを得ません。」
「二人も同じような意見だった・・・。わかった。今一度、よく考えてみよう。」
闞沢は拝礼した。
しかし、国家の三本柱と言ってよい三人が反対したにも関わらず、孫権は勅命として、合肥新城侵攻作戦の遂行を宣言し、自ら軍の編成に着手した。
情報によれば、合肥新城の守将は満寵、その兵力は一万程度であるとのことであった。孫権は、孫呉としては大軍の五万の兵を用意し、意気揚々と侵攻を開始した。
以前の合肥城では、水軍が直接攻撃可能であったが、合肥新城は内陸にあるため、水軍は使えない。
孫権は上陸を指示した。しかし、先鋒はまず、伏兵の矢による集中攻撃にあい、あえなく敗退した。その隙を逃さず、満寵は、次々に軽歩兵や軽騎兵を繰り出し、速さ重視で畳みかける攻撃を行ってきた。
孫呉軍は、散々に痛めつけられて、敢え無く敗退した。
孫権は、国家の三本柱全員の反対を押し切っての出陣で敗戦したことにより、より一層、合肥に執着することになるのである。




