第17回 闞沢、呉郡の治安向上に貢献する(後)
都尉が中心となり、許貢の残党掃討戦が行われることになった。闞沢が言う。
「都尉殿、お願いがございます。どうか、この闞徳潤もお連れ頂けないでしょうか?」
「郡丞殿を・・・。構わぬが、戦闘になる以上、命の保証は出来ないが。」
「もちろん、わかっております。お邪魔になるようなことは致しません。」
こうして、闞沢も同行することになった。
許貢残党の潜伏場所は、呉県からわずか二日ほどの距離にある山岳の中腹である。馬を使うのは難しく、麓から全員徒歩で進軍することになった。
今のところ、敵の姿は見当たらない。
しかし、山岳は隠れられるところも多く、一瞬たりとも油断することは出来ない。
注意深く、一歩、一歩、前に進んでいく。
すると、わずかばかりの砂利が上から落ちてきた。
見上げるとそこに、数人の男達がいるのを確認できた。一人の男が叫ぶ。
「今だ、やれ!」
上から矢が降り注ぐように兵たちを襲う。
兵たちは盾を頭上に掲げながら、駆け足で前進していく。
やがて矢の降り注がないところまで進んできたが、数名の兵を失うことになった。幸い指揮官である都尉も闞沢も無事であった。都尉が言う。
「ここから先も、ああいった奇襲攻撃をかけてくる可能性は高い。郡丞殿、十分に用心してくれ。」
「はい。ご迷惑をかけない様に致します。」
闞沢たちは、より一層の警戒をしながら前進していく。
しばらく進むと、大人の背丈ほどの草が生い茂る場所についた。風も吹いていないのに、草の擦れる音がする。すると、その茂みから、多くの男たちが突撃を仕掛けてきた。
最初の一撃目で、後方に押されたが、都尉の叱咤激励で反撃の体制に入り、相手の男たち数名を討ち取ることができた。
一人、生け捕りにしたものがいる。
縛り上げたうえで、都尉が尋問する。
「お前たちは、許貢の残党だな。」
「・・・。」
「お前たちの隠れ家まではあとどれくらいだ。」
「・・・。」
「何を黙っている!答えんか!」
都尉は鞭でこの男を打ち据えた。
しかし、男は全く話す気配がない。
都尉が鞭で打ち据えるたびに男の顔は歪むが、頑として答えようとしない。しびれを切らした都尉は、男の胸ぐらをつかみ言う。
「いい加減、白状しないか!」
男は反応しない。口から血が溢れ出て来る。男はいつの間にか、自分の舌を噛みきり、絶命していたのである。
「くそっ!」
都尉は何も聞き出せず、苛立っていた。闞沢が言う。
「敵ながら、見上げたものです。命を懸けて、自分の仲間を守ったのですから。都尉殿、この男を埋葬する時間を頂けますか?」
「郡丞殿は、聖人よな。好きにするといい。」
「ありがとうございます。」
闞沢は男の死体を数人の兵と共に埋めると、祈りを捧げた。
そして一行は、生い茂る草をかき分け、慎重に進んでいく。
かなりの時間を要したが、ようやく視界が開けた。
そして、そこには数件のみすぼらしい小屋が点在している。どうやら、ここが隠れ家の様だ。
しかし、外には誰もいない。
しばらくすると、小屋から合計で三〇程の者たちが出てきて、自ら跪いた。そして、代表らしき男が言う。
「よくぞここまで来られた。お察しの通り、我らが許貢様に恩義を感じ、その復讐を成し遂げようと集まった者たちです。ここにいるので全員でございます」
都尉が言う。
「その姿を見る限り、戦う、歯向かう意思はないのか?」
「はい。先ほど、埋葬をしてもらった男が、ここの頭でした・・・。頭を失っては、我々だけではどうにもなりません。命は惜しみませんが、ここに降伏を致します。」
「・・・。先ほどの男が頭であったか。」
「はい。如何様な処分でもお受けいたします。」
「ふむ・・・。」
都尉は迷った。全員を殺すのは簡単であるが、降伏してきた者を無下に殺すのもどうかと考えている。その雰囲気を察してか、闞沢が言う。
「ひとつ聞こう。降伏した以上、お前たちを煮るも殺すもこちらの勝手だが、異論はないか。」
「はい・・・。孫策を暗殺し、あわよくば孫権の首もと付け狙っていた我々です。許されるとは思っていません。」
「今の言葉に、命を懸けられるか。」
「・・・はい。」
闞沢は目をつむり、深呼吸してから言った。
「既に今の命を捨てたのなら、今から生まれ変われ。そして、その命を孫権様に捧げよ。」
「・・・。おっしゃっていることがわかりませんが・・・。」
「お前たちの戦いの腕は中々のものであると思った。だから、命は取らぬ。その代わり、孫権様のために命を懸けて戦うと、ここに誓え!」
「我々をお許しになると・・・。」
「許すとは言っていない。お前たちは大罪人だ。故に、命を懸けて戦うことを命じる。敵を前にして、逃げることは決して許さぬ!」
「それならば・・・。一度は捨てようと思った命です。孫権様のために戦います!」
「都尉殿、これでどうであろうか?」
「この者たちが降ろうと決めたのは、郡丞殿が頭を手厚く葬ったからであろう。その功労者が生かすと決めたのなら、私から言うことは何もない。」
「都尉殿、ありがとうございます。」
こうして、数名の犠牲を出しながらも、許貢の残党との戦いは終わった。この残党たちは、以後、孫権軍の最前線で大いに力を発揮したのであった。




