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第九話 疾風のヴァルカ

 武術大会決勝。


 会場は熱気に満ちていた。

 立ち見の観客までひしめき合い、歓声とざわめきが渦巻いている。

 喜一は、対面に立つヴァルカを見据える。

 右手と左手に、それぞれ剣を持っている……双剣。


(手数は相手が上、スピードも相手が上……か)


 司会が声を張り上げる。


「それでは、武術大会決勝を行います!」


 観客席から大きな拍手。


「グラディオンの闘技場覇者! 最強の闘士! 疾風のヴァルカ!」


 割れんばかりの歓声。


「世界最強を目指す少年! キーチ!」


 こちらにも大きな歓声が上がる。

 自称がなくなっている。

 もう、この会場に喜一を笑う者はいなかった。


 ヴァルカが口を開く。


「あんた、世界最強なんだって?」


 喜一がヴァルカの目を真っ直ぐ見据える。


「笑うか?」


 ヴァルカは喜一をじっと眺める。

 大きな耳が微かに動いた。


「笑わないさ」


 審判が腕を振り下ろす。


「試合開始!」


 鐘が鳴る。

 次の瞬間、ヴァルカが目の前にいた。


(やはり速い!)


 ヴァルカに振るわれた一撃を剣で弾く。

 火花が散る。

 喜一は返り剣で斬りつけるが、その空間にはすでにヴァルカはいない。


(……右!)


 回り込んでいた。

 ヴァルカの剣を受け止めるが、もう片方の刃が足を狙う。

 後ろに飛んで躱す。

 喜一が着地すると同時に、ヴァルカの突きが飛んで来る。

 それを跳ね上げるが、二撃目の突き。

 紙一重で横に躱し、喜一の袈裟斬り。

 ヴァルカは後方へ下がり躱す。

 距離を保ち、向き合う二人。

 一瞬の静止。

 そして爆発する歓声。


「すげえ!」

「なんだ今の!?」

「速すぎて何してるのかわからなかった!」


 喜一は呼吸を整えながら思う。


(強い! 今まで戦った誰よりも……段違いだ!)


 剣を構えたまま、ヴァルカが言う。


「やるじゃないか」


 白い尻尾が、ゆらりと揺れた。


「それなら……」


 ヴァルカが前傾姿勢になる。


「今度は、本気だすよ」

「なにっ!?」


 直後、ヴァルカの姿が消える。

 視界左端から刃が迫る。

 喜一は首を捻り躱すが、刃が頬を僅かにかすめ、血が飛ぶ。

 ヴァルカの姿を視認して反撃しようとするが、直後にまた消える。

 ヴァルカの剣を受ける、躱す、弾く、また受ける。

 連撃……双剣が嵐のように喜一に襲いかかる。


(くっ、速い! 姿が、目で追いきれない!)


 喜一は防御するのが精一杯で、攻撃に転じる隙がない。

 金属音が絶え間なく鳴り響く。

 観客席がざわめく。


───


 観客席。


 喧騒の中、ルドリックは息を詰めて見守っていた。


「キーチ様……」


 ルドリックには剣のことは分からない。

 二人の動きは速すぎて、何をしているのかも。

 だが、分かることが一つある。


 喜一が劣勢だということ。

 直撃はないが、少しずつ、頬に傷、腕に浅い裂傷、革の胸当てに刻まれる斬痕。


 対して、ヴァルカは無傷。

 ここから挽回することなど、ルドリックには不可能に思えた。


 ルドリックは両頬を強く叩く。


(何を考えている! 私がキーチ様を信じないでどうする!)


 脳裏に浮かぶ。

 道端に倒れていた少年。

 死にかけていた。


 最強になると、恥ずかしげもなく語っていた。

 最初は馬鹿な子供だと思った。

 だが少年は、大人が束になっても叶わぬ相手を倒した。


 拾った時、少年は何も持っていなかった。

 着ているものと、刀以外。

 身一つで、ここまで来たのだ。


 ルドリックの瞳が潤む。


 世界最強……。


 幼い頃、英雄譚や武勇伝を聞いて、自分も憧れた。

 だが、皆あきらめる。

 自分には才能がないと、これが現実だと言い訳して。


 少年は、あきらめなかった。

 そして、それを証明しようとしている。

 私には、それが眩しかった。

 私は……少年に、夢を見ていたのだ。


 涙がルドリックの頬を伝う。

 立ち上がる。


(この喧騒だ、声は届かないだろう……)


 それでも、声を上げずにはいられなかった。


「キーチ様ー! 頑張って下されー!」


 叫びは歓声にかき消される。

 それでも、ルドリックは声を上げ続けた。

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