最終話 最強
喜一はラグナヴェイルと打ち合いながら、有効打をどう与えるか思考を巡らせていた。
(蒼月でも無理なら、防具の隙間を狙うしかない)
蒼月を左手に持ち替え、右手で脇差を抜く。
鋼鉄をも両断する斬撃を放つためには、両手で蒼月を握る必要がある。
しかし相手は、伝説の金属オリハルコンの防具を身に纏っている。
蒼月で全力で斬りつけても、防具ごと斬り裂くことはできない。
ならば、防具の隙間を狙うしかない。
喜一は、二刀流で手数を増やし、防具の隙間を狙うという選択をした。
しかし……。
「くっ!」
ラグナヴェイルの斬撃の威力は凄まじく、片手では力負けしてしまう。
さらに、祖父の刀である脇差は、アダマンタイトが含まれている蒼月と違い、伝説の金属で作られているわけではない。
オリハルコンの剣と打ち合えば、脇差は砕け散ってしまうだろう。
ゆえに、刀の蒼月を防御に使い、脇差、祖父の刀を攻撃に使うという、本来の二刀流とは逆の使い方をしていた。
ラグナヴェイルが喜一に問う。
「どうした? その戦い方は貴様の本来の姿ではないだろう? 付け焼き刃では、私は倒せんぞ」
「はっ、ご忠告どうも」
(お見通しかよ)
喜一が二刀流を使い始めたのは、ここ最近のことだ。
それまではずっと、両手で刀を振るってきた。
もし仮に、刀一本の喜一と、二刀流の喜一が戦ったとしたら、刀一本の喜一が勝つだろう。
それでも、喜一は二刀流を選んだ、突破口を掴むために。
ラグナヴェイルの斬撃を蒼月で受け、脇差で鎧の隙間を狙うが、盾で防がれる。
盾をすり抜けても、当たる寸前で隙間を塞がれ、鎧に弾かれる。
さすがはオリハルコンの防具。
脇差は、盾や鎧に当たるたび、少しずつ刃こぼれしていく。
(くそっ……この戦い方じゃ駄目なのか?)
ラグナヴェイルの斬撃は重い。
受け続けていた左腕は、次第に痺れを増していく。
(まずい……このままでは刀が握れなくなる)
咄嗟に、蒼月と脇差の持ち手を入れ替える。
「ほう、面白い、随分と器用なことをするな」
「余裕かましやがって」
「そうでもないがな。実際、私も貴様にどうやって有効打を与えるか思案中だ」
「そうかよ!」
「そうだな……こういうのはどうだ?」
ラグナヴェイルは片手で操っていた剣を両手で握り、全力で振り下ろした。
ラグナヴェイルの盾は腕に装着するタイプ、やろうと思えば、剣を両手で扱える。
(まずい! これは片手では受けきれない!)
紙一重で躱すが、すぐさま追撃が来る。
喜一は脇差を鞘に納め、蒼月を両手で握り、間一髪で受け流した。
互いに両手持ちで打ち合う。
「フハハハッ! そうだ、貴様はそっちの方が強い!」
「お前は何を食ったらそんな馬鹿力になるんだよ」
「生まれ持った種族の差というやつだ。恨むなら、下等種族に生まれた己の不幸を恨むんだな」
「見下しやがって」
「嫌なら力を示してみろ!」
「そうさせてもらう!」
ラグナヴェイルが両手持ちになったことで攻撃力は増したが、その分、盾による防御は失われている。
(いま二刀流に戻れば……)
いや、駄目だ。
片手では奴の剣は受け止められない。
受け止め……そのとき、喜一の中で何かが閃いた。
(そうか! 俺は今まで、固定観念に囚われていた!)
右手に蒼月を持ち、左手で脇差を抜く。
ラグナヴェイルの斬撃を、蒼月で受け止めるのではなく、受け流した。
これまで、二刀流とは、片方で受け、片方で攻めるものだと思い込んでいた。
祖父が語った英雄譚、伝説の剣豪と呼ばれた人物が、そう戦っていたと聞いたからだ。
だが、それに縛られる必要はない。
受け止めず、受け流してもいい。
どちらが攻撃で、どちらが防御か、そんなこと決めなくていい。
(剣は……自由でいいんだ!)
受け流したが、ラグナヴェイルの追撃が襲いかかる。
喜一はそれを蒼月でさらに受け流し、その反動を利用し、上段から斬りかかる。
ラグナヴェイルが剣で受けたその瞬間、喜一は脇腹の鎧の隙間へ、脇差を差し込んだ。
「グアッ!」
怯んだ隙を逃さず、脇差から手を放して両手で蒼月を持ち、ラグナヴェイルの剣を絡め取り、空中へと弾き飛ばす。
そして、宙を舞うオリハルコンの剣を、左手で掴み取った。
「これ、いい剣だよな。お前と戦って、脇差が一本ダメになっちまったし、俺にくれよ」
「返せ! それは魔王様より賜った……」
「やだね」
右手に蒼月、左手にオリハルコンの剣を持ち、喜一はラグナヴェイルに斬りかかる。
ラグナヴェイルは盾と鎧で必死に防ぐが、脇腹に刺さったままの脇差が動きを鈍らせていた。
ラグナヴェイルは後方に飛び退き、喜一から距離をとると、魔法剣を一本生み出し右手で掴む。
「マジックキャンセル!」
すかさずポムリンが呪文を唱え、魔法剣を打ち消す。
ラグナヴェイルの表情が怒りに歪む。
「この、下等種族がっ!」
「その慢心が命取りなんだよ」
ラグナヴェイルが喜一の猛攻を防ぎながら叫ぶ。
「貴様は、こんな勝ち方でいいのか! こんなもの、正々堂々の勝負とはほど遠い!」
「いいに決まってるだろ。これは戦だ、試合じゃない」
ラグナヴェイルのシールドバッシュを半歩下がって躱し、半歩踏み込み斬りつける。
ラグナヴェイルは、盾と鎧で喜一の攻撃を受けつつ、少しづつ後退していく。
脇差の刺さった鎧の隙間から血が流れ、床を赤く染める。
「それに俺は魔法が使えないんだ。同じ条件を望むなら、お前も魔法を使うなよ」
ラグナヴェイルの顔が歪む。
「こんな、こんなところで……魔王様、申し訳ありません」
喜一は静かに言う。
「じゃあな、千剣のラグナヴェイル」
蒼月を振り下ろす。
ラグナヴェイルが左腕の盾で受けたその瞬間、オリハルコンの剣で、左肘の関節を斬り落とす。
盾が、腕ごと地面に向かって落ちてゆく。
そして、蒼月をラグナヴェイルの首筋目掛けて、一直線に首を斬り落とそうと振りかぶる。
(入る!)
確実に首を落とせる、そう確信した。
ラグナヴェイルは、口角をわずかに上げ、静かに呟いた。
「見事……」
───
喜一とポムリンは、城のバルコニーに立っていた。
見下ろすと、解放連合と魔王軍が死闘を繰り広げている。
ポムリンが喜一に語りかける。
「よろしいですかな?」
喜一は頷く。
「やってくれ」
ポムリンは杖を掲げ、呪文を唱えた。
「フラッシュ!」
光の玉が空中で弾け、まばゆい光が戦場を照らす。
解放連合と魔王軍は戦いの手を止め、光の差す方向を見上げる。
その視線が、一斉に喜一へと注がれた。
喜一はラグナヴェイルの首を掲げ、声を張り上げる。
「魔将軍、千剣のラグナヴェイルは、この世界最強の剣士……喜一が討ち取った!」
先ほどまで激しい戦闘音に満ちていた戦場が、静寂に包まれる。
そして、解放連合は歓声を上げ、魔王軍は項垂れた。
第五遊撃隊のメンバーは、バルコニーでラグナヴェイルの首を掲げる喜一の姿を見上げる。
ヴァルカの尻尾が大きく左右に揺れる。
「キーチ! あんた、生きてたのかい!」
ミアが目に涙を溜める。
「キーチ君、良かった……」
ホークが破顔する。
「あいつ、やりやがった!」
ドレイクが目を見開く。
「なんと……単独でラグナヴェイルを撃破するとは!」
アルベルトが兜のバイザーを上げ、豪快に笑う。
「はははっ! 流石はキーチ殿!」
魔人たちは戦意を喪失し、敗走する。
しかし、包囲していた解放連合によって、そのほとんどが討ち取られた。
トリリネア城の戦いは、解放連合の勝利で幕を閉じた。
その後、トリリネアはリリーネを女王に据え、各国の支援を受けながら、王国が再建されることとなる。
エルグラント解放連合はこの戦いで多くの死傷者を出し、以後は軍備の増強と防衛線の強化に重きを置くようになった。
一方、魔王軍もまた、ラグナヴェイルを失った影響は大きく、軍備の再編を余儀なくされる。
戦況は再び膠着状態へと陥った。
そして一年、また一年と時が過ぎる。
世界最強を目指す少年は、もはや少年ではなくなっていた。
魔将軍、千剣のラグナヴェイルを討ち取った喜一の名は各国に轟き、やがて「最強の剣士ではないか」という噂が広まっていく。
数年後。
エルグラント解放連合北東支部の一室に、遊撃隊が召集されていた。
ドレイクが皆に作戦を告げる。
「味方の斥候から、魔王軍がトリリネア王国へ向けて進軍を開始したとの報が入った。我々遊撃隊は、本隊と共にこれを迎え撃つ!」
喜一は兵舎の出口へと向かう。
腰には、蒼月と脇差、そしてオリハルコンの剣。
扉を開くと、まばゆい陽光が差し込む。
目を細めて空を見上げると、蒼く澄みわたっていた。
──次は、どんな強者に出会える?
喜一は口角を上げる。
「楽しみだ」
奇跡の力を持つ聖女も、世界を救う勇者も、未だ現れてはいない。
エルグラント 〜世界最強を目指す少年〜
─完─




