第五十八話 覚悟
トリリネア城、地下の隠し部屋。
ポムリンは限界を迎えて息を切らし、仰向けになり倒れていた。
喜一は呆然とした表情でポムリンを見下ろす。
「体力なさすぎだろ……」
まさか軽く連携訓練しただけでこんなになるとは。
「だから言ったじゃろ! 儂はこういうのは向いてないんじゃ!」
「そんなんで、どうやって俺に覆いかぶさっていたゴルグを動かして、俺をここまで運んだんだ?」
「氷壁魔法で、巨人族を持ち上げて、キーチ殿との間に隙間を作った。その間にエミリに引っ張り出してもらって運んだんじゃ」
「おまえ、メイドよりひ弱なのかよ」
「エミリはリリーネ様の護衛も兼ねておりますから、多少は剣の心得もあり、鍛えておるのじゃ」
「たしかに、体格いいな」
「それに妖精族は全種族中、身体能力は最弱。しかも儂は三百歳ぐらいの老人なんじゃ、十代のキーチ殿についていける訳がないじゃろ!」
「なんでそんな情けないことを自信満々に言ってるんだよ。それに三百歳ぐらいってなんだよ、三百歳以上なのか以下なのかはっきりしろよ」
「ふふふっ、儂ぐらいの年になれば、十数年単位ぐらいの年の誤差は気にならなくなるものなのじゃ」
「自慢になってないぞ」
「もっと年寄りを労らんか!」
喜一は大きく息を吐いた。
「ポムリンが向いてないのは分かった、ラグナヴェイルとの戦いでは、巻き込まれないように気を付けてくれ」
ポムリンは仰向けになりながら親指を立てて不敵に笑った。
「まかせて下され、年の功をお見せしますぞ!」
本当に、この自信はどこから来るんだ?
───
十日後、隠し部屋前通路。
喜一がリリーネに向き合う。
「それじゃ、行って来る」
リリーネが頭を下げる。
「御武運をお祈りします」
そして頭を上げる。
覚悟を決めた瞳。
ラグナヴェイルの討伐、失敗すれば皆死ぬ。
俺達は一蓮托生だ。
喜一は静かに頷く。
「まかせておけ」
ポムリンも頷く。
「儂もついております、必ず奴を討ち取ってご覧にいれますぞ」
喜一はリリーネの後に控えているエミリに声をかける。
「おまえの作るスープは美味かった。戦いが終わったら、また食べさせてくれ」
エミリが静かに頷く。
「お帰りをお待ちしています」
地下の隠し通路を通って、本城の隠し通路に到着する。
喜一とポムリンは小声で話す。
「いま、どういう状況だ?」
「ラグナヴェイルは玉座に座ってますな」
「玉座ってことは、第四奇襲点を必ず通る。移動しよう」
目的の地点まで移動し、機会を待つ。
ポムリンが目を閉じ、千里眼で様子を伺う。
「謁見の間から出ますぞ」
「よし」
喜一は蒼月を抜き放ち、ポムリンの合図を待つ。
そして、ポムリンが手を上げた。
喜一は自分を中心に円を描くように、足下の床を斬り裂く。
納刀し、しゃがむ。
「ポムリン、来い!」
ポムリンが喜一の背中に飛び乗る。
「しっかり、掴まっていろ!」
喜一は跳躍し、勢いよく床を踏みつける。
すると、床が抜け落下した。
ガンッ!と音がして何かがぶつかった感触が足元から伝わる。
(当たったか?)
そして、衝撃とともに地面に着地する。
正面にはラグナヴェイル。
どうやらタイミングは完璧だったようだ。
ふと、違和感に気付く。
背中が軽い。
背後を振り返ると、ポムリンが仰向けになり、白目をむいて倒れていた。
(嘘だろ! 作戦はどうするんだよ……)
どうやら、着地の衝撃で振り落とされたようだ。
ラグナヴェイルが叫ぶ。
「貴様、何者だ!」
喜一はゆっくり立ち上がると、蒼月を抜き放ち、名乗りを上げる。
「俺の名は喜一」
一拍。
「世界最強になる男だ!」
ラグナヴェイルが眉をピクリとさせる。
「んっ? 貴様はこの前の……生きていたのか」
喜一はニヤリと笑う。
「駄目じゃないか、敵にはちゃんとトドメを刺さないと」
ラグナヴェイルが目を細める。
「そうか、それなら……」
ラグナヴェイルの周囲に魔法剣が出現する。
「今度は念入りに殺すとしよう」
喜一の背後から、「ううん…」とポムリンの唸り声が聞こえる。
(ポムリン、目を覚ましたのか?)
喜一がラグナヴェイルに向けて駆け出し、叫ぶ。
「ポムリン! 今だ!」
喜一の叫びに、ポムリンはハッと目を覚まし、体を起こして杖を掲げ、呪文を唱える。
「マジックキャンセル!」
その瞬間、ラグナヴェイルの周囲に展開していた魔法剣と、喜一の目前まで迫っていた魔法剣が、空気中に溶けるかのように消滅した。
ラグナヴェイルが目を見開く。
「なんだと!?」
喜一がラグナヴェイル目掛けて蒼月を振り下ろす。
(殺った!)
その瞬間、ラグナヴェイルは腰に差した、赤い刀身の剣を抜き、喜一の刀を受け止めようとする。
(無駄だ、蒼月なら剣ごとお前を斬り裂ける!)
キイィィィンッ!と甲高い金属音が鳴る。
蒼月は、ラグナヴェイルの剣に受け止められていた。
(なんだと! まさか……)
喜一とラグナヴェイルが刀と剣を激しく打ち合う。
(こいつ強い! 魔法なんかなくても凄い剣士だ! それにあの剣……)
赤い刀身、伝説の金属の一つオリハルコン。
喜一の国ではヒヒイロカネと呼ばれ、伝説の剣豪と謳われた英雄の刀が、その金属で作れていたと祖父が語っていた。
(武器は互角か……)
ラグナヴェイルの剣を受け流し、左脇腹を斬りつけようとする。
カアン!という音がし、ラグナヴェイルが左腕に装着した盾に阻まれる。
(盾もオリハルコンだと?)
喜一の攻撃は、ラグナヴェイルの剣と盾に阻まれてダメージを与えられない。
対してラグナヴェイルの攻撃もまた、喜一の刀に受け止め、流され、ダメージを与えられないでいた。
ラグナヴェイルの横薙ぎをしゃがんで躱し、脛を斬りつける。
キン!と音が鳴り、刃が通らなかった。
(防具も! こいつ全身オリハルコンかよ!)
「フ、フフフ、フハハハハハ!」
打ち合っていると、突然ラグナヴェイルが笑い出した。
「なにが可笑しい!」
「嬉しいのさ。この私とここまで打ち合える者など、久しく会ってないからな」
「戯言を!」
「そう言う貴様はどうなんだ? それだけの力を持っているんだ、退屈だったんじゃないのか?」
喜一は故郷にいた時のことを思い返す。
誰も、自分の右に出る者はいなかった。
「お前と一緒にするな!」
「そうか? 貴様も笑っているぞ」
「なに?」
いつの間にか、喜一の口角が上がっていた。
「どれ程強くなろうと、技を練り上げようと、相手が同じ境地にいなければ真に理解されることはない。貴様も、孤独だったんじゃないのか?」
喜一は村でどれだけ強くなっても、力を示そうとしても、誰一人として理解してくれる者はいなかった。
「だから、なんだと言うんだ!」
「寂しいのさ、本当の意味で強さを理解してくれる相手を、殺さなくてはならないんだからな」
「俺とお前は違う!」
故郷では、確かにそうだったのかもしれない。
だけど、国を出て俺は変わった。
ルドリックとレナードは、俺が世界最強になる日を心待ちにしている。
ヴァルカという己を高め合うライバルもできた。
ドレイク、ミア、ホークという仲間もいる。
ゴルグは、なぜ俺を庇って死んだのかは分からないが、一つだけ確かなことがある。
ゴルグの仇は俺が取る!
「千剣のラグナヴェイル! お前を殺す!」




