第五十六話 もう一度
喜一がベッドの上で膝を抱え、うずくまっていると、扉が開き、給仕服の女性が入ってきた。
手にはトレイに乗せたパンとスープ。
女性は机の上に料理を置くと、頭を下げ、無言で部屋を後にした。
スープの香りが鼻をくすぐる。
腹が鳴った。
喜一はベッドから降り、机の前にあった椅子に座る。
何もしなくても、生きていれば腹は空く。
スプーンでスープをすくい、口に運んだ。
スープが乾いた喉を潤し、体に染み込む感覚、生きている実感がする。
喜一は、戦に参加するために旅に出て、水も食料も尽き、行き倒れていたところを、商人ルドリックに命を救われ、水を貰って飲んだときのことを思い出していた。
スープとパンを口に運ぶ。
空っぽだった身体の内側から、力が満ちていくように感じる。
ゴルグが、俺を庇って背中に剣を受けたとき、あいつは笑っていた。
なぜ自分の命を投げ出してまで俺を助けたのかは分からない。
だけど、俺は今、生かされてここにいる。
ポタッと、水滴が机の上を濡らした。
いつの間にか、目から涙が溢れていた。
なぜ自分が泣いているのか分からない。
祖父が亡くなったあの日から、もう泣かないと決めたはずなのに、なぜか涙が止まらなかった。
食事を終え、ふとベッドの方を見ると、三本の刀が壁に立て掛けられてあった。
喜一はゆっくりと立ち上がり、歩み寄り、刀を掴む。
生まれたばかりの新しい刀、蒼月。
一度は折れ、生まれ変わり、二本の脇差となった祖父の刀。
祖父の最期の言葉を思い返す。
『……自分の信じた道を、進んで生きろ』
(俺も、もう一度……)
───
ポムリンは部屋で一人、椅子に座り、目を閉じていた。
千里眼により、トリリネア城内の魔王軍の様子と、解放連合の陣地の様子を観察する。
どちらも、次の戦に向けて軍備を整えている。
決戦は近い。
ゆっくりと目を開く。
もしラグナヴェイルを討つ機会があるとしたら、解放連合が城攻めを行うときだろう。
先の戦いで、その可能性を持つ剣士の命を、貴重な霊薬を使ってまで助けた。
しかし、その剣士は、もう戦うつもりはないようだ。
ポムリンは溜め息をつく。
(少し、焦りすぎましたな……)
ポムリンの千里眼の範囲は、ちょうどトリリネア王国内を覆うほどだ。
トリリネア王国軍が魔王軍と戦い、敗れたときも、そのすべてを見ていた。
それから七年、ラグナヴェイルを倒せる可能性がある強者を探し続けたが、一向に見つかることはなかった。
そして、喜一を見つけた。
異常な強さと戦闘センス、そして闘争心。
彼ならば、ラグナヴェイルを討てるのではないかという希望があった。
そのための策もある。
あと、可能性があるとすれば、あの双剣使いの獣人族女性ぐらいか。
部屋の扉が開き、リリーネが中に入ってきた。
「どうですか?」
「決戦は近いですな」
「そうですか、勝てる見込みは?」
「数の差は歴然、勝てるでしょうな……ラグナヴェイルがいなければ」
「やはり、ラグナヴェイルを何とかせねばなりませんね」
「あの少年は?」
「先ほど、エミリが食事を運びました。ひどく落ち込んでいたみたいです」
「無理もない、か……力及ばず仲間を失い、自分も死にかけていたのだから」
「立ち直ることはできるのでしょうか?」
「できなければ、あとは解放連合が勝つよう祈るしかありませんな」
「なにかできることがあれば良いのですけど」
ポムリンが首を横に振る。
「結局、答えを出せるのは自分自身。出会ったばかりの我々が何をしようと、彼の心には響かないでしょう」
「そうですね。私が王家としての責務で魔王軍を討とうとしているように、彼には彼の事情がある」
「願わくば、立ち直って、共に戦っていただきたいものですな」
しばらくして、リリーネ、ポムリン、エミリの三人は、喜一のいる部屋の前に立っていた。
もう食事を終えている頃だろう。
まだ落ち込んでいるようなら、食器を回収して立ち去ろう。
そう思いながら扉を開いた。
すると、その先では、喜一が刀と脇差を両手に持って振っていた。
小さな部屋に、風切り音がこだまする。
剣筋は力強く、研ぎ澄まされている。
喜一は三人が扉の前にいるのを確認すると、刀と脇差を鞘に納めた。
その表情は、どこか晴れやかだった。
リリーネは目を見開き、喜一に尋ねる。
「もう、よろしいのですか?」
「ああ、霊薬ってのはすごいな。どこにも痛みがない」
「いえ、そういうことではなく……」
この短い時間で何があったのか。
王族のリリーネですら、家族を失ってから立ち直るまでに、長い時間を要したというのに。
喜一は三人に深々と頭を下げた。
「命を助けてくれたのに、さっきは失礼な態度をとってしまってすまないな。礼を言う、ありがとう」
そう言って頭を上げると、喜一はポムリンを見据えて言った。
「ラグナヴェイルを共に討たないかと言ったな。話を聞かせてくれ」




