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第五十五話 リリーネ

「トリリネアの王女だと?」

「はい」

「トリリネア王家は七年前、魔王軍によって滅ぼされたと聞いたが?」

「そうですね。確かに父と母も、兄と姉も、魔王軍と勇敢に戦い、皆亡くなりました。でも父は、幼かった末娘の私を、魔王軍がこの国に攻め込む前に逃がしたのです」

「逃がした? そんな話は聞いたことがないぞ。それに、ここはどこなんだ?」

「ここはトリリネア城の地下にある隠し部屋です。この場所は王家の者と、一部の使用人しか知りません。魔王軍にも、七年間見つからずに済みました」

「七年間も? 備蓄があったとしても、そんな長い期間潜伏できるとは思えんが?」

「驚かれるのも無理はありません。それには方法があるのです」


 そのとき、リリーネの背後から声がした。


「そこから先は、儂が話しましょう」


 リリーネの背後には、体の小さな、長い白髭を蓄えた老人がいた。

 身長は人族で言えば八歳程度、長い耳、この特徴は……。


「妖精族?」

「その通り、儂は妖精族のポムリン。トリリネア王家の相談役をしております」


 リリーネが補足する。


「ポムリンは、トリリネアで百五十年近く相談役をしていただいているんですよ」

「百五十年だと? いったい何歳なんだ?」


 ポムリンが自分の髭を撫でる。


「大体、三百ぐらいですな」


 妖精族は長寿だと聞いたことがあるが、そんなに長く生きるのか。


「魔王軍に占拠された場所で今まで潜伏できたのは、儂の能力、千里眼があるからじゃ」

「千里眼? なんだそれは?」

「遠くを見通すことができる能力じゃ。トリリネア城には秘密の隠し通路があり、城内の各所に通じておる。魔人たちの警備の隙をついて、物資を拝借させてもらっているのじゃ」


 それで七年間、ずっとここに潜伏できたというわけか。


「なるほど、お前たちの事情は分かった。それで、何で俺はここにいる? 俺が覚えているのはトリア平原で魔将軍ラグナヴェイルと戦ったところまでだ。あれからどれくらい時が過ぎている?」


 喜一は、ラグナヴェイルに刺されたはずの脇腹に手を当てる。

 あの傷が塞がるほどの時間が経っているのなら、相当な日数が過ぎているはずだ。


 リリーネが答える。


「あなたが倒れて、ここに運ばれてから三日です」

「は? 三日だと? そんなはずはない。俺の腹には奴の魔法剣が突き刺さり、穴が空いていた。とても三日で治るような傷じゃなかった」

「霊薬を使わせていただきました」

「霊薬?」


 ポムリンが答える。


「妖精族の秘薬じゃ。塗れば、たちどころに傷が塞がる。残念ながら、もう使い切ってしまいましたがな」

「そんな物があるのか」


 もしそうだとしたら……。


「ゴルグは? 俺に覆いかぶさっていた巨人族がいただろ! あいつはどうなった?」


 ひょっとしたら、ゴルグも助けられているのかもしれない。

 ポムリンが首を横に振る。


「残念ながら、助けられたのはそなた一人だけじゃ」

「なんでだよ! なんでゴルグに霊薬を使ってくれなかったんだ! あいつは……」


 リリーネが悲しげな表情で答える。


「無理なんです。霊薬は傷を塞ぐことはできても、死者を蘇らせたり、身体の欠損を治すことはできません」


 ポムリンが補足する。


「トリア平原から魔王軍が撤収し、かろうじて生き残っていたそなたを、儂の千里眼で捉えることができた。幸い、そなたが倒れていた場所は地下通路の出口にほど近く、助け出すことができたのじゃ」

「そんな……それじゃゴルグは、もう……」


 リリーネが、喜一の手に自分の手をそっと添える。


「お気持ちは分かります。私も、家族を殺されました」


 リリーネの手は温かかった。

 ポムリンが喜一を見据える。


「そなたの戦いぶり、ここから見させていただいた。バスティオン砦で魔軍団長を討ち取ったところも見ておる」

「なにが言いたい?」

「そなたの剣の腕は素晴らしい。どうじゃ? ラグナヴェイルを共に討たぬか?」


(ラグナヴェイルを討つ? 俺が?)


 喜一はリリーネの手を振りほどく。


「なんだよそれ! あの戦いを見てたんなら分かるだろ? 俺はあいつに勝てなかったんだよ! 一太刀も浴びせることもできなかった! その俺に、そんなことができるわけないだろ!」


 部屋の中が静まり返る。

 リリーネがポムリンに向き直る。


「ポムリン、この方も目覚めたばかりで混乱していることでしょう。今はそっとしておきましょう」

「そうですな……」


 三人が部屋を出ていこうとする。

 扉の前でポムリンが立ち止まり、振り返る。


「少年、そなたの名は?」


 喜一はポムリンを見据える。


「俺の名は喜一、世界最強に……なりたかった男だ」


 ポムリンは頷く。


「キーチ殿、お辛い気持ちはお察ししますが、生きている者には、生きている者の責務があると思いますぞ」


 そう言い残し、三人は部屋を後にした。

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