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第五十四話 喜一

「……そうして、敵の大将首を取り、帝は勝利を納めた!」


 中央大陸の東部に位置する島国、蒼嶺国そうりょうこくの山に囲まれ、田畑が広がる小さな農村。

 その村で暮らす五歳の少年、喜一は祖父の話を目を輝かせて聞いていた。


「じーちゃん、続きは?」


 祖父は喜一の頭を撫でる。


「話の続きはまた明日な」

「わかった、絶対だよ!」


 喜一が生まれて間もなく、母は亡くなった。

 父が農作業に出ている間、喜一の世話は祖父がしていた。

 祖父は喜一に、色々な話を聞かせた。


 二十一年前、この国は武将たちが覇権を争う戦国の世だった。

 それを帝が軍を率いて統一した。

 祖父自身も戦に参加しており、その時の話をよく語った。

 もっとも、かなり自分の武勇を盛ってはいたが。


 それでも喜一にとって、その話は何よりも面白かった。

 祖父は武勇伝だけでなく、英雄譚も語った。


 野盗から村を守るために、村人達と共に立ち向かった剣士の話。

 お忍びで領内を散策する武将が、領内に蔓延る悪を成敗する話。

 盲目の居合いの達人が諸国を旅する話。


 中でも喜一が最も心を奪われたのは、天下無双を目指し各地の強者と決闘を重ねた、伝説の剣豪の物語だった。


 やがて喜一は、自分も剣で身を立て、祖父の語る英雄のように歴史に名を残したいと願うようになる。


 ある日、喜一は拾ってきた木を小刀で削り始めた。


「何をしてるんじゃ?」

「木刀を作ってるんだ、毎日振って僕も強くなる!」


 そう言いながら、手を傷だらけにして作り上げた木刀はデコボコで、とても出来が良いとは言えなかった。

 それでも喜一は満足げに笑い、木刀を振るう。

 しかし、しばらく使っていると、木に打ち付けた瞬間、へこみのある所から折れた。

 それでも喜一は、何度も木を拾ってきては木刀を作り続けた。


 見かねた祖父は、衰えた足で町へ赴き、乾燥した硬い木材と、仕上げに塗る油を買ってきた。

 そして、喜一と一緒に試行錯誤しながら、ようやく満足のいく木刀を作り上げることができた。


 喜一は、雨の日も、風の日も、毎日木刀を振り続けた。

 祖父はその姿を、静かな眼差しで見守っていた。


 七歳になる頃、手習所で喜一は「世界最強の剣士になる」と友達に夢を語ったら笑われた。


「笑うんじゃねーよ!」


 喜一は怒りに任せて、その友達を殴った。

 次の日、その友達は六つ年上の兄を連れてきた。

 村のガキ大将だ。


「弟を殴ったっていうのはお前か?」

「そいつが僕の夢を笑うからだ!」


 そう言った瞬間、ガキ大将に胸ぐらを掴まれる。


「生意気なんだよ!」


 ガキ大将の拳が振り上げられる。


(遅い!)


 喜一は拳をガキ大将の鼻っ柱目掛けて最短距離で叩き込む。

 相手が怯んで胸ぐらから手を離した隙に、股間を蹴り上げた。

 ガキ大将は悶絶して崩れ落ちる。


 友達を睨みつけると、友達は泣きながら逃げ出した。

 その日を境に、彼はもう友達ではなくなった。


 それからも、喜一は自分の夢を笑われたり、からかわれたりしたら、容赦なく拳を振るった。

 大人でも手を付けられない喜一は、やがて村人達から「悪童喜一」と呼ばれ、腫れ物扱いされるようになる。


 そんな喜一を父は叱ったが、その度に祖父は喜一を庇った。


 九歳になる頃、祖父は病に倒れる。

 喜一は必死に看病したが、祖父は少しづつ衰弱していく。

 そして最期の時、祖父は静かに言った。


「……自分の信じた道を、進んで生きろ」


 その言葉を残し、息を引き取った。

 喜一は涙を流した。

 いままで一緒にいてくれた、守ってくれた、夢を応援してくれた。

 その祖父は、もういない。

 そして、もう泣かないと心に誓った。

 誰にも理解されなくても、その不安を振り払うかのように、喜一は木刀を振り続けた。


 十二歳になる頃、手習所から帰ると、父に木刀を折られて投げ捨てられていた。

 祖父と共に作り上げた木刀が。


 その瞬間、喜一の中に様々な感情が渦巻く。

 怒り、憎しみ、悲しみ、不安、困惑、そして……殺意。

 喜一は感情のままに父を殴り倒し、納屋にあった祖父の刀を掴み、国を飛び出した。


 その後は世界最強の剣士を目指して戦に出たのだが、力及ばず殺されてしまった。


 目の前に、祖父の姿が浮かび上がる。

 視界がぼやけて表情は見えない。


「じーちゃん、俺、駄目だったよ」


 返事はない。


「勝てなかった……俺は、世界最強じゃなかった」


 一瞬の静寂の後、祖父の声が届く。


「……喜一は、それでいいのか?」


 喜一は歯を食いしばる。


「よくない! でも、仕方ないじゃないか!」

「なぜ仕方ない?」

「だって、俺はもう死んでるんだ!」

「本当にそうか?」

「えっ!?」


 視界が徐々に鮮明になり、祖父の表情が見える。

 祖父は優しく、微笑んでいた。


「いい加減、目を覚ませ」

「じーちゃん!」


 目を開くと、見慣れない天井だった。

 なんだろう?

 懐かしい、大切な人に会った気がするが思い出せない。


 体を起こして周囲を見渡す。

 窓のない薄暗い部屋、簡素なベッドに机と椅子、知らない部屋だ。


 近くには、給仕服を着た体格の良い女性が立っていた。

 目を覚ました喜一を見るなり、驚いた表情をして部屋を飛び出していく。


(一体、どこなんだここは?)


 脇腹に手を当てる。

 刺されたはずの傷は綺麗に塞がっていた。


(傷が治っている、あれからどれくらいの時間が経ったんだ?)


 何もわからない、わかるのはここが知らない場所だということだけだ。


 やがて、再び扉が開く。

 入ってきたのは、金髪の少女、年は喜一と同じくらい。

 仕立ての良いドレスを身にまとい、先ほどの女性を従えている。


「目を覚まされましたか」


 喜一は警戒したまま問う。


「お前は誰だ?」


 少女は静かに歩み寄ると、丁寧に一礼した。


「申し遅れました、私はトリリネア王国第八王女、リリーネ・トリリネアと申します」


 少女は、魔王軍に滅ぼされた王国の王女だった。

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