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第四十八話 夢の終わり

 ゴルグに抱え込まれていて、喜一は身動きが取れずにいた。


「おい、ゴルグ退け!」


 話しかけるが返事がない。

 ゴルグの目を見ると、生気の抜けた、暗い瞳をしている。

 知っている。

 これまで何度も目の当たりにしてきた。


 ゴルグはもう、死んでいる。


 もう二度と、あの豪快な笑い声を聞くことはない。

 そう理解した時、喜一の中に湧き上がったのは、仲間を失った悲しみでも、助けられた感謝でもなく……。


(ふざけるな! なんでお前が俺を庇って死んでるんだよ!)


 怒りだった。


(魔人どもをこの世界から駆逐するんだろ? 北大陸を巨人族の手に取り戻すんだろ? なんで俺なんかを庇って死んでるんだよ!)


 ゴルグは笑いながら語っていた。

 北大陸を、巨人族が再び平穏に暮らせる世界にしたいと。

 自分のためではなく、今もどこかで苦しんでいる誰かのために。

 喜一は素直にそれをすごいと思った。


 自分の夢、世界最強。

 ただ、自分が強ければそれでいい。

 故郷の村では理解されず、悪童と呼ばれ孤立し、父を殴って国を出た。

 それに比べたら、ゴルグの夢は壮大で、身体だけでなく夢も大きいんだなと尊敬していた。

 それなのに、そんな夢を投げ出してまで、自分を助けた。

 喜一は、ゴルグの行動が理解できなかった。


 ゴルグが喜一に倒れかかる。


「お、おい!」


 喜一は支えようとするが、支えきれず倒れた。


「うっ!」


 刺された脇腹が痛む。

 左手で傷口を押さえて止血しているが、血が止まらない。

 ゴルグを右手で押し退けようとするが、力が入らず動かなかった。


 ポツリ、ポツリと雨が振り始める。

 遊撃隊員達は、ラグナヴェイルの魔法剣に次々と倒されていく。

 ヴァルカはなおも立ち向かうが、近づくほどに攻撃は激化し、押し戻される。


「くそっ! このままじゃキーチが!」


 ゴルグが倒れ込む直前、喜一は生きていた。

 けれど、その前に脇腹に剣が刺さっている。

 今は生きていても、早く治療を受けさせなければ危険だ。

 ホークが矢を放ちながら、ドレイクに進言する。


「隊長! これはもう無理ですぜ、撤退しましょう!」


 他の遊撃隊は、すでに撤退を始めている所もある。

 遊撃隊は、隊長判断で撤退が許されている。

 遊撃隊員は、エルグラント解放連合の精鋭達だ。

 遊撃隊で即戦力になれる者は一握り、育てるのにも時間がかかる。

 替えが効かないのである。

 その為、無理に戦闘を継続して死なせるよりも、撤退して次の任務に就いてもらった方が組織のためになるのだ。


 ドレイクが歯を食いしばる。


「むぅ……やむを得ん、撤退だ!」


 ミアが魔法を放つと、涙目で訴える。


「でも、キーチ君が!」


 ゴルグが庇ったので、喜一は一命を取り留めた。

 しかし、あの激しい魔法剣の嵐の中に入って、ゴルグの巨体を動かし、喜一を救出することは、不可能だった。


 ホークが叫ぶ。


「馬鹿野郎! お前まで死にたいのか? 残念だがキーチはもう助けられん!」


 矢を放ちながら、冷酷な言葉を投げかけるホークの頬には涙が流れていた。


「ホークさん……きゃあ!」


 魔法剣がミアの腕をかすめ倒れる。


「ぐあっ!」


 隣ではザガルが負傷していた。

 第三遊撃隊長も撤退命令を出す。


 ヴァルカが叫んだ。


「ちくしょおおおお!」


 ドレイクがミアに駆け寄る。


「ミア! 走れるか? 撤退するぞ!」


 ミアが腕の傷を押さえながら、よろめき、立ち上がる。


「は、はい……」


 遊撃隊は撤退した。

 倒れた仲間を、その場に残して。


 雨足は次第に強くなっていった。

 遊撃隊が撤退すると、ラグナヴェイルは魔人語で命じる。


「お前達は左右に散開しろ、正面は私が受け持つ」


 魔王軍は一斉に横一線だった隊列を、左右に分けた。

 本隊が中央で孤立している魔将軍の姿を視認する。


「いたぞ魔将軍だ、討ち取れ!」


 騎兵隊が鋒矢の陣形で、魔将軍に突貫する。

 ラグナヴェイルが騎兵隊に向け、無数の魔法剣を放つ。

 放たれた魔法剣により、騎兵隊が先頭から順に、バタバタとなぎ倒されていく。

 そこへ、左右に分かれた魔人達が側面から襲いかかった。


 騎兵隊の陣形は崩壊した。

 序盤は圧倒的な人数差で解放連合が優勢だったが、ここにきて魔王軍に巻き返されつつあった。

 そこで、総指揮官は態勢を立て直す為に撤退を決断する。

 本隊が撤退したあと、魔王軍は城へと引き上げた。


 雨は激しさを増していた。

 喜一は震えていた。

 寒さか、出血か、もうわからない。

 意識は朦朧としていた。

 脇腹の痛みすら、遠のいていく。

 薄れていく意識の中で、脳裏に父の言葉が蘇る。


『この国に戦はもうない。武士でもない農民のお前が、剣で食っていけるわけがない』


 よしてくれ。

 俺は強いんだ。

 武士じゃなくても、実力で最強を証明してみせる。


『いつまで子供みたいな夢を見ている』


 違う。

 わかってない。

 なにもせずに後悔しながら死ぬよりも、たとえ叶わずとも夢に突き進んで死んだ方が、ましな生き方だろ。


『村で一番強くても所詮は井の中の蛙だ、現実を見ろ』


 それは……。

 そうかもしれない。

 千剣のラグナヴェイル。

 奴は強かった。

 あれは、剣でどうにかなる相手じゃない。

 結局俺は、現実の見えていない、馬鹿な子供だったということか……。


 視界が暗くなっていく。

 意識が暗闇に沈む。


(俺は……こんな所で終わるのか……)

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