第四十七話 ゴルグ
喜一は、迫りくる魔法剣を見据えながら、どうすればこの窮地をしのげるのか、必死に思考を巡らせていた。
飛来する魔法剣は、やけにゆっくりに見える。
この怪我では、素早く動いて躱すことは不可能。
剣の数が多すぎて、捌き切ることも不可能。
もはや、絶体絶命だった。
ホークとミアが叫ぶ。
「キーチ!」
「キーチ君!」
ホークの矢と、ミアの魔法が、魔法剣を一本ずつ弾くが、焼け石に水。
数え切れないほどの魔法剣が、喜一に迫る。
(まずい、やられる!)
そう思った刹那。
喜一の目の前に、巨体が覆いかぶさった。
「ゴルグ!」
ゴルグは喜一を抱え込み、その背で魔法剣を受け止める。
次々と、ゴルグの背中に魔法剣が突き刺さっていく。
「大丈夫か……キーチ……」
剣は深々と突き刺さり、どう見ても致命傷だった。
喜一は、かすれる声で呟く。
「どうして……?」
ゴルグは口から血を吐き、それでも、笑った。
───
ゴルグの故郷は、今は魔王軍に占領された北大陸だ。
彼は小さな集落で、両親とともに暮らしていた。
木を組み、その上に草を乗せただけの簡素な家。
巨人族は全種族の中でも随一の頑強さを誇り、病に倒れることも滅多にない。
住まいは雨風をしのげればそれで十分だった。
洞穴を掘り、そこで暮らす者もいる。
生活は狩猟と採取が中心で、獣の毛皮を身に纏い、武器は石器。
他種族からは「身体能力は優れるが、文明は遅れている」と見られていた。
だが巨人族は、山岳信仰を大切にし、自然と共に生きる自らの在り方に誇りを持っていた。
幼いゴルグもまた、その一員であることを誇りに思っていた。
あの日が訪れるまでは。
突如、次元の裂け目が開き、エルグラントと魔界が繋がった。
そこから現れたのは、見たこともない生物。
後に魔物と呼ばれる存在たちだった。
魔物にはそれぞれ習性があり、森、水辺、地中と、さまざまな環境に棲みつき、北大陸の生態系を大きく変えていった。
中には巨人族を捕食するものもおり、集落が襲われることもあったが、そのたびに、大人たちが撃退していた。
そして、あの日、奴等が現れた。
黒い装備、紫の肌、額に角。
魔王軍だ。
集落の大人たちは勇敢に立ち向かった。
しかし、遠距離攻撃を投擲程度しか持たない巨人族は、魔人たちの魔法の前に成す術がなかった。
ゴルグの両親は、自分たちが戦っている間に逃げろと言い、彼を逃がした。
同じ集落の子供たちも逃げ出したが、多くは逃げ切れなかった。
中央大陸へ向かう船の中で、ゴルグは泣いていた。
悲しくて、寂しくて、怖くて。
そんな彼のそばで、同じ集落の年上の少年、ガルドが励ましてくれていた。
だが中央大陸に渡った後、今度は奴隷狩りに遭い、子供たちは散り散りになる。
ゴルグは一人、狩りをしながら当てもなくさまよい、やがて聖典統一教会の神父に拾われた。
教会には、ゴルグの他にも、同じような境遇の人族や巨人族の子供がいた。
魔王軍が中央大陸にも侵攻を始めると、その数はさらに増えていく。
そこでゴルグは、多くのことを学ぶ。
中央大陸の言語、文字、そして聖書。
とりわけ心に残ったのは、最後の一節。
「奇跡の力をもつ聖女と、世界を救う勇者が現れ、魔王を討ち、この世に平穏をもたらす」
魔人を憎むゴルグの胸に、その言葉は深く刻まれた。
やがて彼は、唯一神エルドアを信じる道を選ぶ。
数年後、独り立ちする時。
ゴルグはエルグラント解放連合への入隊を決意した。
訓練は厳しかったが、自分が強くなっていく感覚を実感でき、苦にならなかった。
初めての実戦、ゴルグは魔人を殺した。
何年も憎み、恨み、そして恐怖の対象だった魔人。
その魔人を自分の手で殺したゴルグの胸には、奇妙な解放感があった。
それからもゴルグは、歩兵隊として前線で戦い続けた。
いつか魔人が、この世界から駆逐される日を夢見て。
やがてゴルグは、北東支部一の怪力と言われるようになり、その実力を認められ、ゴルグは精鋭が集められる遊撃隊に配属された。
ある日、一緒に北大陸から逃げたガルドが盗賊団のボスになり、中央大陸で暴れ回っているということを知る。
ゴルグは、ガルドの行いを恥じるとともに、自分も一歩間違えば、同じ道を歩んでいたのではと考える。
けれど、中央大陸で同じように苦労している同胞を思えば、同じ集落にいた自分が引導を渡さなければならない。
そう思っていた。
ある日、第五遊撃隊で一緒に前衛を務めていた男が魔軍団長の放った火球に直撃し、亡くなった。
人族の戦士だった。
種族は違ったが、年が近く、両親が魔人に殺されたということで、お互いに親近感を感じ、よく酒場に一緒に飲みに行った。
共に魔人を殲滅しようと誓い合った。
ドレイクはこのままでは全滅すると判断し、撤退指示を出す。
ゴルグは友を守れず、仇も討てず、ただ逃げるしかできない己の弱さを呪った。
そして、憎しみはさらに深くなる。
入れ替わりで入ってきた少年は口を開くなり、「俺は世界最強になる男だ」と言い出した。
頭のおかしな子供がきたと、ゴルグは笑った。
しかし、ドレイクはその少年が鉄塊のガルドを倒したと語った。
ゴルグには信じられなかった。
こんな小さな、人族の少年にガルドが討たれたことを。
どうせブラフに決まっている。
そう思い、化けの皮を剥がそうと模擬戦を挑んだが、あっさり倒されてしまった。
現実を前にしても信じられなかったが、信じるしかなかった。
その後も少年は、闘技場の覇者との手合わせで互角の戦いを繰り広げたり、自分が魔軍団長にやられて気絶している間に、その魔軍団長を討ち倒したりと、その実力をまざまざと見せつける。
さらに、森の中で偵察にきた魔軍団長と遭遇した時には、目の前でまるで赤子の手を捻るかのように、あっさりと魔軍団長を倒してしまった。
ゴルグは腕力には自信があったが、それだけでは埋められない、圧倒的な力の差を少年に感じていた。
そして、自分は最強であると、揺るぎない信念を持つその少年のことを尊敬した。
ゴルグは魔人をこの世から駆逐してやると、いつも口にしていたが、魔軍団長にも敵わない自分の実力では、到底不可能だと実感していた。
そんなことが出来るのは、きっと少年のような人物なのだろうと。
その少年が、今まさに目の前で殺されようとしている。
考えるより先に、体が動いていた。
「どうして……?」
その少年、喜一は泣きそうな顔でゴルグを見上げている。
ゴルグは答えようとするが、喉から血が溢れ、声にならない。
(おいおい、なんて顔してるんだよ……世界最強が)
体から血が溢れる。
意識が遠のいていく。
(後は頼んだぜ、世界最強……)
そんなことを言われても、喜一は興味無いと一蹴するだろう。
喜一の夢は自分が世界最強になることで、魔人を打倒することではない。
それでも、後を託さずにはいられなかった。
そして、ゴルグの意識は途切れ、二度と目を覚ますことはなかった。




