第四十四話 決戦前夜
夜、喜一たちは野営で焚き火を囲んでいた。
トリリネア城には明日到着し、そのまま戦闘が開始される。
パンと、火で軽く炙った干し肉を口にする。
食事をとりつつ、ドレイクが話し始めた。
「明日はいよいよ決戦だ。皆、体調は問題ないか?」
ゴルグが豪快に笑う。
「がははは! 絶好調ですよ! 早く魔人どもを一匹残らず駆逐してやりたくて、うずうずしているくらいです!」
ゴルグは魔人の数を言うとき、「何人」ではなく「何匹」と言う。
それだけ、両親と友人を失い、故郷を奪われた憎しみは深いということだ。
ミアが力強く頷く。
「私も、いつでも行けます!」
ホークが矢を射る動作をする。
「今なら百メートル先の魔人の頭も射抜けそうですぜ!」
ドレイクが皆を見渡す。
「うむ、皆やる気は十分のようだな。キーチはどうなんだね?」
皆の視線が一斉に喜一へ向けられる。
声をかけられ、喜一はハッとしてドレイクに向き直る。
「すまん、考えごとをしていた。魔将軍、千剣のラグナヴェイルと言ったか。そいつはどんな戦い方をするんだ?」
戦いにおいて、相手の情報を集めることは重要だ。
それにより、こちらの戦い方や対処法を模索し、戦いを有利に進めることができる。
だが、魔将軍ラグナヴェイルの情報については、トリリネア城で魔王軍の指揮を執っていること、一体で部隊を壊滅させたこと、「千剣の」という二つ名を持つこと、それくらいしか分かっていなかった。
「どういう戦い方をする、か……」
「なんでもいい、何か情報はないのか?」
ドレイクはわずかに眉をひそめる。
「実を言うと、魔将軍の戦い方は誰も見ておらんのだ。奇襲を仕掛けた部隊が全滅し、生き残りはいなかったからな」
喜一が首を傾げる。
「それじゃあ、なぜ千剣のなんて二つ名がついたんだ? 剣士だからじゃないのか?」
「壊滅した部隊の遺体を確認したところ、剣で斬られ、突かれた無数の傷があったそうだ。遺体の損壊は凄まじく、何度も斬り刻まれていた」
「そこから、千剣のという二つ名がついたってわけか」
「ああ。二つ名もそうだが、ラグナヴェイルという名も人族側がつけたものだ。何せ奴らの言葉は分からんからな」
「そういうことか」
「すまんな、参考になるような情報はなくて」
喜一は一瞬、横目で腰に差した刀、蒼月を見ると、首を左右に振る。
「いや、どうせやることは変わらん。斬り伏せればいいだけだ」
ドレイクが小さく笑う。
「ははっ、頼もしい限りだな」
喜一たちが食事をとりながら会話していると、使い込まれた金属鎧に身を包んだ騎士が通りかかる。
騎士は横目で喜一を見ると、立ち止まり声をかけた。
「おや、そこにいるのはキーチ殿ではないか?」
喜一は騎士を見る。
どこかで見た鎧と声だが、兜で顔が見えない。
「誰だ、お前?」
「おっと、これは失礼」
騎士が兜を脱ぐ。
現れたのは、武術大会で戦った鉄壁のアルベルトだった。
「アルベルトじゃないか! なんでここにいるんだ?」
「キーチ殿がレイグラムを出立された後、ほどなくして大規模な奪還作戦があるという話が広まりましてな。私も領地奪還の一助になればと思い、こうして馳せ参じた次第です」
「ということは、お前も解放連合に入隊したのか?」
アルベルトがにこやかに笑う。
「はははは、私は主君を持たぬ自由騎士ですからな。今回は義勇兵として参加いたします」
喜一とアルベルトが話していると、ドレイクが割って入ってきた。
「キ、キーチ君……その方は、まさか鉄壁のアルベルト殿では?」
喜一がドレイクを見ると、いつも冷静沈着な隊長が、どこか落ち着かない様子で緊張している。
「そうだ、武術大会で試合した仲だ。アルベルト、こちらはうちの隊長のドレイクだ」
ドレイクは立ち上がり、深く一礼する。
「お初にお目にかかります! 私はドレイク、第五遊撃隊の隊長を務めさせていただいております! お会いできて光栄です!」
(本当にどうしたんだ?)
いつものドレイクとは様子が違う。
「私のことを、ご存じなのかね?」
ドレイクが大きく頷く。
「はい、それはもう! 鉄壁のアルベルトといえば、主君を持たず己の力のみで道を切り拓く自由騎士として、騎士たちの間では知らぬ者はおりません!」
「はははは、そこまで言われると、少し気恥ずかしいですな」
「私も子供の頃より、アルベルト殿の英雄譚を聞いておりました。私の家は代々騎士なのですが……」
ドレイクは目を輝かせ、心から嬉しそうに語っている。
喜一が皆に小声で話しかける。
「なんか隊長の様子が変だが、どうしたんだ?」
ミアがドレイクの様子を見つめる。
「あんな隊長、初めて見ますね」
ゴルグが静かに笑う。
「ああ、でもなんか嬉しそうだな」
ホークが優しい目でドレイクを見守る。
「まあ、鉄壁のアルベルトといえば、騎士で憧れている者も多いと聞く。どうやら隊長もファンだったみたいだな」
喜一は腕を組み、考え込む。
「そうか、それでか……」
ホークが首を傾げる。
「どうかしたか?」
「いや、何でもない」
喜一がドレイクと初めて会った日。
俺は世界最強になる男だと告げた時、ドレイクは冷静だった。
他の者のように、驚くことも、呆れることも、嘲笑うこともせず、真正面から受け止め、そして受け入れた。
あれは、喜一が武術大会でアルベルトに勝利していることを知っていたから。
すでに実力を認めていたがゆえの態度だったのだ。
ドレイクを見る。
喜一が入隊してから今までで、一番嬉しそうな表情をしている。
明日には、魔王軍との命を懸けた決戦が始まる。
だけど、こんな瞬間があってもいいのだと、そう思えた。




