第四十二話 蒼月
その日、エルグラント解放連合北東支部の会議室に、第一から第九まで、すべての遊撃隊員が集められた。
ドレイクから聞いた話では、これから大規模な侵攻作戦が行われるため、その説明があるらしい。
前方の壁には、大きな地図が貼られていた。
ゴルグたち巨人族は、一番後ろの席に座っている。
第一遊撃隊の席を見ると、隊長と前衛の顔ぶれが変わっていた。
魔軍団長との戦いで、獣人族の戦士は一命を取り留めたが、戦線復帰はできなかったとのことだ。
ドレイクが前に出て、説明を始める。
「先日、指揮官会議において、大規模な侵攻作戦が行われることが決定した。これより、その概要について説明する」
ドレイクが指示棒で、地図上に描かれた二つの城を指す。
「諸君らもご存じの通り、我々北東支部は、ここバルディア王国において、トリリネア王国を占領した魔王軍と、約七年間戦い続けてきた」
隊員たちが頷く。
「現在、我々の本隊はトリリネア王国に侵攻し、小規模な陣地をいくつか構築している」
指示棒で地図上に✕印で記入された数か所を示す。
「これまでの戦闘、および味方の斥候からの偵察情報により、トリリネア王国に駐留している魔王軍の規模は、およそ五千と予想される」
一拍置いて、ドレイクは声を張り上げた。
「そこで!」
「解放連合本部および各支部から増援を要請し、約六万、十倍以上の兵力をもって魔王軍を叩く!」
バンッ!と手のひらで地図を叩く。
「領地奪還は、魔王軍が侵攻を開始して以降、いまだ成し遂げられてはいない! だが、我々は準備を整えてきた! 今こそ、その時だ!」
隊員たちから同意の声が上がる。
「そうだ、そうだ!」
「やってやりましょう!」
ドレイクが咳払いをする。
「無論、相手は魔人、油断できる相手ではない。特に、トリリネア王国に駐留する魔将軍、千剣のラグナヴェイルは、一体で部隊を壊滅させたと言われるほどの強者だ」
一瞬、ドレイクがちらりと喜一を見る。
「しかし、我々も負けてはいない。諸君ら、前線で活躍する遊撃隊員は、この世界でも指折りの精鋭だ! 必ず魔将軍を討ち倒せると確信している!」
遊撃隊員たちが一斉に頷く。
「本部および各支部からの増援が合流し、奪還作戦が本格始動するのは、およそ二か月後と見積もられる。それまでの間、我々遊撃隊は本隊とともに、トリリネア王国に築いた各陣地の防衛を行い、増援部隊の受け入れ準備を整える!」
遊撃隊員たちが一斉に席を立つ。
「諸君らの健闘を祈る!」
その場にいた全員が敬礼した。
───
遊撃隊の会議から十日後。
喜一たち第五遊撃隊は、森の中を索敵していた。
トリリネア王国に築いた陣地の一つ。
その近くで、斥候と思われる魔人の姿が確認された。
斥候は三名、その中には魔軍団長の姿も確認されており、精鋭である遊撃隊が駆り出されたのだ。
第五遊撃隊以外も参加しており、それぞれ割り当てられた範囲を索敵している。
いつ敵と遭遇するかわからない。
会話は極力控え、周囲を警戒する。
森の中を進んでいると、ふとリューネ村のことを思い出す。
あの少年、カイルは元気でやっているのだろうか。
やがて、日が傾き始める。
ドレイクが手招きで皆を呼び寄せ、小声で言う。
「見つからんな。日が暮れる前に陣地に戻るぞ」
皆が頷く。
そのとき……。
「ウグラ・グラザ……」
声がした。
全員が、声のした方向へ一斉に振り向く。
その先には、手をこちらにかざす三人の魔人の姿があった。
「ウグラヴァ!」
ドレイクが叫ぶ。
「伏せろ!」
地面に伏せた瞬間、頭上を数発の火球が通り過ぎる。
火球は後方の木に直撃した。
「フォーメーション近!」
すぐさまドレイクが指示を出し、戦闘態勢に入る。
喜一とゴルグが前面に立ち、敵に向かって走り出す。
その後をドレイクが追従する。
ホークは弓に矢をつがえ、ミアは詠唱を開始した。
魔人たちが呪文を唱える。
左右にいる魔人は片手で一発ずつ、中央にいる魔軍団長は両手で二発の火球を放った。
喜一は手の平の向きから射線を読み、躱す。
ゴルグは戦斧を、ドレイクは盾を正面に構え、火球を受け止めた。
魔人たちは左手に盾、右手に剣を持ち、近接戦闘の態勢に入る。
ホークの矢が魔人の一体に命中し、魔人が倒れる。
喜一は刀を抜き放ち、魔軍団長に斬りかかる。
魔軍団長は盾を正面に構えた。
(いくぞ、蒼月!)
その盾を横一文字に斬りつけると、真っ二つに割れ、下半分が地面に音を立てて落ちる。
魔軍団長は目を見開き、驚愕している。
残った上半分の盾を喜一に投げつける。
それを避けると、魔軍団長は片手を喜一に向け、呪文を唱えていた。
「ウグラ・グラザ・ウグラヴァ!」
魔法が発動するより早く、喜一は籠手ごと魔軍団長の腕を両断する。
「グアアアア!」
魔軍団長は腕から血を噴き出し、絶叫する。
続けざまに、喜一の袈裟斬り。
左肩から右脇腹にかけて、鎧ごと斬り裂いた。
魔軍団長は、斬られた箇所から血を噴き出し、その場に倒れる。
矢を受けて倒れていた魔人に、さらにホークの矢とミアの火球が追撃して倒す。
もう一体の魔人は、ゴルグが戦斧を振り下ろし、兜ごと頭部が潰れて倒れた。
戦闘は一瞬で終わった。
喜一は布で刀を拭き、静かに鞘へ収める。
その様子を見ていたミアが、呆然と呟く。
「嘘……魔軍団長を、あんな簡単に……」
ホークが苦笑する。
「ははっ、あいつどこまで行くんだよ」
ドレイクとゴルグは、無言で喜一の姿を眺めていた。
もはや、喜一の実力を測ることができる者は、この場には誰もいなかった。




