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第三話 初陣

 揺れる馬車の中で、喜一はゆっくりと目を開いた。

 天井は布張り、干した香草と革袋の匂いが混ざっている。


 向かいに座っていたのは、丸々と太った男だった。

 絹の上着の腹はぱつぱつに張り、指には宝石の指輪。

 小さな目がにこにこと細められている。


「おや、目を覚ましましたか」


 差し出された水袋を、喜一は反射的に掴んだ。

 喉が焼けるように渇いている。

 一気に飲み干そうとしてむせる。


「ゆっくり、ゆっくり……死にかけだったのですよ」


 言われるまま、口を離す。

 一呼吸置き、少しずつ水を流し込む。

 水が喉を潤し、体に染み渡る感覚。


「……ありがとう」


 喜一が深々と頭を下げると、商人は満足げに頷いた。


「道端で倒れていました。運が良かったですね、私の商隊が通らなければ、今頃は野犬の餌でしたよ」


 馬車は五台。

 その前後を武装した傭兵が囲んでいるらしい。

 鎧の擦れる音が、外から聞こえる。


「なぜ、あんな所で?」


 商人が尋ねると、喜一は迷わず答える。


「北へ向かってる、戦に参加するためだ」


 商人の細い目がわずかに開いた。


「ほう。なぜまた?」

「最強を証明するためだ」


 沈黙。

 そして、商人は吹き出した。


「ははははっ!  最強、ですか!」


 腹が揺れる。

 その笑いは嘲笑に近い。

 蒼嶺国そうりょうこくの村でなら、拳が飛んでいた。

 だが今は違う、この男は命の恩人だ。

 喜一は何も言わず、商人をまっすぐに見返す。

 商人はしばらく笑い、やがて咳払いをした。


「北は危険ですよ、魔王軍が中央大陸北部の一部を占領している」

「魔王軍?」


 喜一が身を乗り出すと、商人は話し始めた。

 北大陸に次元の裂け目が開き、魔界から魔人が現れたこと。


 その魔人の王……魔王は軍を率い、この世界、エルグラントに侵攻を開始した。

 北大陸は陥落。

 そして聖典統一教会の発足。

 魔王軍の魔の手は中央大陸にも伸び、各国は協同連携して防衛に当たっている。

 今は戦線が膠着状態にあること。


 知らない言葉ばかりだった。

 だが、胸は高鳴る。


「魔人は強いのか」

「ええ、人族とは比べ物にならぬほど」


 その言葉を、喜一は噛みしめる。

 比べ物にならない……いい、その方がいい。


 商人は、ちらりと喜一の腰を見た。

 刀……。

 蒼嶺国そうりょうこく特有の反り、澄んだ刃文。


「それ、蒼嶺国そうりょうこくの刀ですね?」


 喜一は無言で頷く。


「鎖国して久しい。今では滅多に手に入らぬ逸品です。売っていただけませんか?」

「売れない」

「お金なら弾みますよ?」

「売れない」


 短く、強い声。

 商人は肩を竦める。


「残念ですなぁ」


 その時だった。

 ……ガタンッ!と音が鳴り、馬車が大きく揺れた。

 外から怒号が響く。


「盗賊だ!」

「囲まれている!」


 商人の顔色が変わる。

 喜一は布の隙間から外を覗いた。

 森の街道、取り囲む影。

 ざっと数えて十五ほどの人影。

 対して、こちらの護衛は明らかに少ない。

 そして……一際大きな影。


「……あれは」


 巨大な体躯、丸太のような腕。

 明らかに人族ではない。

 喜一の鼓動が早まる。

 怖い、とは思わない、胸の奥から何かが込み上げる。


(ようやく……ようやく戦える)


 口角が自然に上がる、自分でも気づかぬほどに。

 刀を手に、立ち上がる。

 商人が叫ぶ。


「危険です!  中にいなさい!」


 だが喜一は、馬車の外へと向かう。


「助けてもらった恩は返す」


 布を払い、馬車から飛び降りる。

 足が地面に触れた瞬間、わずかにふらついた。

 本調子ではない、さっきまで死にかけていたのだ。

 しかし、実戦は待ってくれない。


(初めてだ、実戦は……)


 本物の戦い、本物の殺し合い。

 それでも、恐怖はない。

 あるのは、胸を焼くような高揚。


 盗賊たちが武器を構え、こちらへ向かってくる。

 人族が十五、そして……あの巨体。

 喜一はゆっくりと刀を抜いた。

 蒼嶺国そうりょうこくの刃が、陽光を弾く。


「……来い」


 少年の初陣が、始まろうとしていた。

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