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第二十話 女王の脈動

 洞窟に足を踏み入れた瞬間、湿った空気が肌にまとわりついた。

 岩肌は黒く濡れ、足元はぬかるんでいる。

 松明の火が揺れ、壁に不気味な影を踊らせた。


 喜一は左手に松明、右手はいつでも刀を抜けるよう構え、奥へと進む。

 思ったよりも浅い。

 数十歩も歩かぬうちに、最奥部へ辿り着いた。


 そして、いた。

 一回りどころではない。

 明らかに異質な、巨大なゼルガム。


「あいつが親玉か」


 喜一が低く呟く。

 周囲には人骨が散らばっている。

 背後を見ると、白い球体がいくつも転がっていた。

 人ほどの大きさのその球体は、ぬらりと光を反射している。


 そのうちの一つが、ぴしりと音を立てて割れた。

 殻が裂け、粘液をまとった小型のゼルガムが這い出してくる。

 外で戦った個体より、さらに一回り小さい。


「この丸いの、全部ゼルガムの卵かい?」


 ヴァルカが眉をひそめる。

 喜一は巨大個体を見据えたまま言った。


「さしずめ、クイーンゼルガムってところか」


 クイーンゼルガムは低く唸り、赤い眼でこちらを睨みつける。

 腹部は膨らみ、ゆっくりと収縮している。

 まるで心臓のように、どくん、どくん、と規則正しく脈打っている。

 腹の内側で、何かが蠢いているかのようだった。


 その直後、生まれたばかりのベビーゼルガムが奇声を上げ、飛びかかってくる。

 喜一は右手で刀を抜いた。

 片手での一閃。


 ベビーゼルガムは両断され、地に伏せる。

 クイーンゼルガムが咆哮した。

 洞窟全体が震え、音が何度も反響する。


「ひっ!」


 カイルが後ずさる。


「おっ、怒ったか? カイル、松明をもっててくれ」


 喜一はカイルに松明を渡す。


「こいつを倒して、卵を全部潰したら解決だな」

「油断するんじゃないよ」


 ヴァルカが双剣に手をかける。


「わかってる」


(最後まで油断はしない)


 喜一は刀を両手で握り、間合いを測る。

 クイーンゼルガムは四足で姿勢を低くし、腹部を脈動させながら構える。


(来ないのか? なら、こっちから)


 喜一が踏み込む。

 すると、クイーンゼルガムは四つん這いの低姿勢のまま、長い前足を横薙ぎに振るった。


「なにっ!?」


 喜一は咄嗟にしゃがみ込み、前足の爪をやり過ごす。

 だが、そこへクイーンゼルガムの噛みつきが迫る。

 後方へ跳び退きつつ、頭部へ斬撃を浴びせる。

 後退し距離をとる。

 クイーンゼルガムの額から、赤黒い血がわずかに流れる。


(浅かったか)


 後ろへ下がりながらの斬撃では、腰が入らない。

 しかも表皮が硬い。

 通常のゼルガムより、明らかに強靭だ。

 攻撃の型も違う。


(こいつ、ただ大きいだけではない)


「キーチ!」


 ヴァルカが松明を投げつける。

 炎がクイーンゼルガムの顔面をかすめる。

 その隙に双剣を抜き放つ。


「二人がかりで行くよ!」

「おう!」


 クイーンゼルガムは長い前足を変幻自在に操り、振り回す。

 直撃すれば即死。

 刀で受けても致命傷。

 回避か、受け流すしかない。


 回避しつつ攻撃するが、湿った地面が足を取る。

 踏み込みが甘くなり、硬い表皮を貫くほどの威力はない。

 ヴァルカも滑りながら体勢を立て直している。

 それでも、確実に、少しずつ、ダメージは蓄積している。


(押し切れるか)


 そう思った瞬間。

 クイーンゼルガムの正面、胸元が青白く発光した。

 次の瞬間、青白い光が一直線に伸び、喜一を包んだ。

 バチッ!と音が鳴る。


「がっ……!」


 全身を焼くような痛み。

 そして激しい痺れ。

 筋肉が硬直し、力が抜ける。


(何だ……痺れて、体が動かない)


『魔法の芸術を見せてあげるよ』


 武術大会でのセシウスの声が脳裏をよぎる。


(まさか、魔法か? ……なぜだ? 魔法は詠唱が必要なはずじゃ……)


『人族が魔法を行使するには詠唱が必要ですからな』


 ルドリックの言葉が蘇る。


(人族が、ということは、他の種族は違う……ということか?)


 痺れて動けない喜一に、クイーンゼルガムが襲いかかる。


(まずい、やられる!)


「キーチ!」

「キーチさん!」


 ヴァルカとカイルの叫び。

 クイーンゼルガムが前足を振り上げる。

 巨大な影が覆いかぶさる。


(俺は……こんな所で終わるのか……)

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