第十九話 ゼルガムの巣
カイルは、瞬く間にゼルガムを倒した喜一に驚愕していた。
村の大人たちでさえ太刀打ちできなかった怪物を、あっさりと斬り伏せる。
その姿は、恐怖よりも先に畏怖を抱かせる。
森へ入ることに、不安がなかったわけではない。
喜一は勇者ではないと言った。
だけど、自分の強さに揺るぎない自信を持つその男のそばにいれば、もう大丈夫なんだと、カイルは思えた。
森を進むと、やがて小川に出る。
小川は澄んだ水が静かに流れていた。
「洞窟はこの川の奥にあります」
「歩いて渡れそうだな」
喜一が川面を見下ろす。
カイルは首を横に振った。
「川底はぬるぬるして滑るんです。危ないので、こっちに来てください」
少し上流へ進むと、大きな岩が点在している場所があった。
カイルは軽やかに岩の上を跳び、対岸へ渡る。
喜一とヴァルカも続いた。
「あれから魔物に遭遇しないな」
喜一の目は油断なく森を見渡す。
「夜に現れるって言ってたから、夜行性なんじゃないかい?」
ヴァルカが周囲を警戒しながら言う。
「さっき遭遇したのは、偵察ってことか」
しばらくして、カイルが足を止めた。
「ここから、洞窟の入口が見えます」
崖の上から、カイルの指差す方向を覗く。
そこには、黒い影が十数匹。
ゼルガムが洞窟の入口付近でうろつき、あるいは地面に伏せてくつろいでいる。
数は想像以上だった。
どうやら、ここが巣で間違いないようだ。
「数が多いな」
「どうするんだい?」
喜一は静かに観察したあと、短く言った。
「問題ないな、ヴァルカはいけるか?」
「あたりまえだろ」
「カイル、あそこまで案内してくれ」
「はい」
カイルは傾斜の緩い、足場の安定した場所を選びながら進む。
足を滑らせぬよう慎重に。
ヴァルカが鼻をひくりと動かした。
「……生臭い。間違いないね」
「もう少しで洞窟です」
喜一は刀を抜いた。
ヴァルカも双剣を抜き放つ。
互いに視線を交わし、頷く。
「いくぞ」
次の瞬間、二人は一気に駆け出した。
入口付近でくつろいでいたゼルガムが気配に気付き、唸り声を上げる。
だが遅い。
喜一の刃が閃き、首を断つ。
ヴァルカの双剣が舞い、喉を裂き、腹を割く。
洞窟前は瞬く間に戦場と化した。
喜一とヴァルカは、ゼルガムの突進を躱し、振り下ろされる爪を躱し、的確に急所を断つ。
喜一はゼルガムを倒しながら思う。
たしかにゼルガムの攻撃力は脅威だ。
あの爪と怪力で引っ掻かれれば、防具ごと引き裂かれてしまうだろう。
だが、動きは単調だ。
突進する、後ろ足で立ち上がって前足で攻撃する、たまに噛みつきぐらいしか攻撃の型がない。
いかに攻撃力が高くとも、数がいようとも、当たらなければ意味がない……と。
毎日のようにヴァルカと手合わせしている喜一にとって、単調な攻撃しかしないゼルガムは敵ではなかった。
洞窟入口は、喜一とヴァルカにまたたく間に制圧された。
洞窟の奥からも何匹か飛び出して来ていたが、新たに出てくる様子はない。
「カイル、もう大丈夫だぞ」
木陰に隠れていたカイルが出てくる。
「洞窟の中はどうなっている?」
「そんなに深くない。でも、地面が濡れているから滑りやすいです」
「機動力は制限される、か……」
「中は真っ暗だね。松明がいる」
三人は手早く松明を用意し、火を灯す。
揺れる炎が、洞窟の入口を橙色に染める。
奥からは、湿った空気と、生臭い匂いが流れてきた。
カイルはごくりと唾を飲み込む。
喜一は一歩、暗闇へ踏み出した。
ヴァルカが続き、カイルもその後を追う。
こうして三人は、ゼルガムの巣、洞窟の中へと足を踏み入れた。




