第十六話 話し合い
喜一とヴァルカは、レナードの待つ馬車へと戻った。
月は高く、村は重苦しい沈黙に包まれている。
「それは、おそらく魔物ではないかと思います」
「魔物? そういえばそんな単語が聖書にあったな」
「魔物は魔界から来た生物とされ、北大陸では独自の生態系を築いていると言われています。一部、中央大陸に渡ってくることもある、と」
「それじゃ、さっきの化物は、北大陸から来た魔物ってことかい?」
「想像の域を出ません、明日夜が明けたら村人達に詳しい話を聞きましょう」
―――
翌日、リューネ村集会所
集会所には、多くの村人達が集まっていた。
村長が口を開く。
「この度は、村を救っていただき、誠にありがとうごさいました」
村長は深々と頭を下げる
喜一が尋ねる。
「あの化物はなんなんだ?」
村長は今までの経緯を話す。
三ヶ月前、突然村に現れたこと、森に住み着き、日が暮れると夜な夜な人を攫いにくることを。
「村の者たちは、日々恐怖に震えております。旅の方々、どうか森の魔物を討伐していただくことは出来ないでしょうか?」
レナードが前に出る。
「詳しい話をお聞きしましょう」
淡々と質問が始まった。
個体数は、目撃例は、被害者数は、対策は、討伐依頼は出したのか、報酬はいくら用意できるのか。
やがて、レナードは静かに息を吐いた。
喜一がレナードに聞く。
「どうだ?」
レナードが喜一に振り向く。
「まったく話になりません……キーチ様、先を急ぎましょう」
村人達がどよめく。
「そんな」
「どうして」
レナードが村人達を見据える。
「単刀直入に申し上げます、内容と報酬が見合っておりません。この案件ですと、十倍は出していただかないと割に合いません」
集会所がざわつく。
「十倍だって?」
「そんな金額を払える訳が……」
喜一がレナードの肩を叩く。
「説明してやってくれ」
「承知いたしました」
レナードは一歩前へ出る。
「魔物は金属鎧を着た者をも吹き飛ばす怪力を持つ。単独ではなく集団で行動。正確な数は不明。巣は森の洞窟と推測されるが確証なし……不確定要素が多すぎます」
集会所の空気が重くなる。
「一ヶ月前、村に立ち寄った傭兵団に討伐を依頼し、討伐失敗しております。前衛七、後衛三の十名編成でしたが全滅。対してこちらの戦力は二名」
村人達が息を呑む。
「これは王国騎士団が出動する案件です。正直、十倍でも安いぐらいです」
村長が口を開く。
「城にも使いを出したのですが、北部の戦争に忙しく、しばらく兵を派遣する余裕はないと言われました。昨冬は餓死者を出さないので精一杯、これ以上の報酬はとても出せません。どうか、村を助けると思って引き受けて下さいませんか?」
「誠意だけで繋がる関係ほど脆いものはありません。この内容ではお引き受け出来ません」
村人達が殺気立つ。
「あんたら強いんだろ、助けてくれてもいいじゃないか!」
「十倍なんて足元見てるんだろ!」
ヴァルカが口を開く。
「気に入らないねぇ」
村人達が一斉にヴァルカに振り向く。
「さっきから聞いていれば、あんたらなんなんだい? ここはあんた達の村だろ? 余所者の私達に頼って自分達で守ろうって気概はないのかい?」
「あんたらは強いからそんなことが言えるんだ」
「俺達は戦えないんだ、戦える奴に頼んで何が悪い!」
「それなら、森に入るのに案内は出すのかい?」
「あの森に? そんなこと、できる訳が……」
ヴァルカの目が鋭くなる。
「あんたら森を舐めてないかい? 森には茂みに毒蛇が潜んでいたり、唐突に崖があって足を踏み外したりと危険が一杯だ。土地勘のない者が入るような場所じゃない」
ヴァルカの部族は密林の中にあると言っていた。
森の怖さを知っての言葉だろう。
村人の一人が赤髪の少年の肩を抱いて前に出る。
「この子の両親は昨日殺されたんだぞ!」
「あんたら、よくそんなことが言えるな!」
「人の心があるのか!」
ヴァルカは鼻で笑う。
「その子の家が襲撃された時、誰か一人でも助けに行った奴はいるのかい?」
村人達は言い淀む。
「やってくればかりで、自分達では何もしようとしない。傭兵団の人達も、あんたらに殺されたようなもんじゃないか」
村人達は何も言えずに黙り込んでしまった。
「レナードの言う通り、まるで話しにならないね。キーチ、こんな腰抜け共に付き合う必要はないよ」
「キーチ様、この案件はお断りを」
喜一は腕を組み、目を閉じて思案する。
村人達の視線が一斉に喜一に向う。
数秒後、ゆっくり目を開く。
そして……口を開いた。




