第十五話 聖書
世界最強の旗を掲げた馬車が、街道を進む。
喜一は馬車の中で木を削る。
「できた!」
木を削って出来上がった木刀を掲げて、仕上がりを見る。
「また作ったのかい、キーチも好きだねぇ」
「すぐにボロボロになるんだ、何本あってもいいだろ?」
木刀をしまい、聖書を読む。
「いつもそれ読んでるけど、何が書かれているんだい?」
「この世の成り立ちから、未来の出来事まで記されているらしい」
「未来ねぇ、これから何が起きるんだい?」
「本の最後に、奇跡の力をもつ聖女と、世界を救う勇者が、魔王を打ち倒し、この世に平穏をもたらすと書いてあるな」
「奇跡の力、世界を救う、何だか漠然としているねぇ」
「ヴァルカは信じるか?」
「どうだろう、まあ信仰は自由だし、信じたい人が信じてればいいんじゃない? そういうキーチはどうなんだい?」
「聖女、勇者、魔王……そいつらが強いなら、手合わせ願いたいな」
「あんたらしいね」
「レナードはどう思う?」
御者台のレナードに声をかける。
「聖書ですか、信じるかと問われれば半信半疑ですが、中央大陸の皆の希望になっていることは確かですね」
「そうなのか?」
「魔人が現れる前、人族同士で戦争している国もありました、聖典統一教会が発足して中央大陸をまとめ上げなければ、今頃さらに多くの領土を占領されていたと言われています」
「今はどのくらい占領されているんだ?」
「北部の四カ国が占領されています。六年間、膠着状態です」
少し間を置き、レナードは続けた。
「それから……聖書を疑うような発言は、他の方の前では控えた方がよろしいかと」
「なんでだ?」
「信心深い方々から良い感情を抱かれません。場合によっては暴力沙汰にまで発展することも」
「なんだい、それ? 怖いねぇ」
「お二人に危害を加えられる者はそういないでしょうが、余計な衝突は避けるべきです」
やがて日が傾く。
「もう少しで村に到着ですが、野営しますか?」
「あと少しなんだろ? 行ってくれ」
「承知いたしました」
―――
リューネ村に着く頃には、日が落ちて辺りは暗くなっていた。
村の中を馬車で進んでいると、御者台のレナードが呟く。
「変ですね……」
「どうした?」
「静かすぎます。この時間帯に人もいないですし、家から灯りも漏れていない」
喜一が馬車から外を見る
辺りは暗く、静まり返っている。
まるで、村から人が忽然と消えたかのようだ。
なにか嫌な胸騒ぎがする。
「レナード、馬車を止めてくれ」
馬車が止まる。
喜一は刀を腰に差し、馬車から降りる。
ヴァルカも喜一に続く。
(静かだ、不自然なほどに)
ヴァルカが耳を微かに動かし、聞き耳を立てる。
「中に人はいるようだけど、それにしても静かだね。まるで、なるべく物音を立てないようにしているみたいだ」
その時、悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
「向こうの方から聞こえたね」
「レナード、ちょっと見てくる、馬車を頼む」
「承知いたしました。」
悲鳴のした方に向かって駆ける。
しばらく走ると、家から奇妙な生物が二匹、人を咥えて引きずりながら出てくる。
(なんだ、こいつは?)
筋肉が異常発達しており、四足歩行で前足が長く、鋭い爪を携えている。
黒く、細かい凹凸のある皮膚をしており、真っ赤な瞳でこちらを見据えている。
異形……それは、とてもこの世のものとは思えない見た目をしていた。
「なんだい? この化物は?」
ヴァルカも初めて見るらしい。
異形は、咥えていた人を離し、こちらを睨み唸り声を上げた。
(なんだ? やる気か?)
刀を抜く。
「ヴァルカ、俺は右をやる、おまえは左を頼む」
「任せな」
異形が咆哮し向かって来る。
喜一とヴァルカも駆ける。
異形が後ろ足で立ち上がると、前足を振りかぶり、振り下ろす。
喜一は横に避け、頭を切り落とした。
首から血飛沫を上げて異形は倒れた。
ヴァルカの方を見ると、双剣で胸を突き刺し、引き抜いている。
家の奥から大きな破壊音が聞こえた。
「ヴァルカ、この人達のことを頼む」
「わかったよ」
喜一は家の中に入る。
奥の部屋にも異形がいた、誰かが襲われているようだ。
喜一は刀を異形の背中に突き立てた。
異形は倒れ、刀を引抜くと血飛沫を上げた。
その奥には少年がいた。
喜一は刀の血を払い、少年に声をかける。
「おい、大丈夫か?」
少年は喜一を見て呟く。
「勇者、様……」
(勇者? 聖書に書いてあった奴か……なんで、そいつの名前が今出てくるんだ?)
「キーチ、そっちは大丈夫かい?」
外からヴァルカが声をかける。
「ああ、問題ない、そっちはどうだ?」
外に出る。
ヴァルカが外で倒れている人を見て言う。
「駄目だね、もう事切れている」
倒れている人達を見ると、爪で引き裂かれて損傷している。
「一度、レナードの所に戻ろう」
(なんなんだ、この村は?)
―――
僕は暗い部屋の中にいた。
目の前にはあいつが横たわっている。
僕は震える足で外に出る。
外に出ると、両親が倒れていた。
涙が溢れる。
「父さん、母さん……」
顔を上げると、黒髪の男の人と、白い獣人の女の人が遠ざかって行く。
「勇者様が、助けにきてくれた……」
僕はそう呟いた。




