第十四話 野営
世界最強の旗を掲げた馬車が、街道を進む。
風が旗をはためかせ、白地に書かれた四文字が揺れた。
世界最強。
喜一は馬車の中で木を削りながら、御者台に座るレナードに声をかけた。
「次の村までは、あとどれぐらいだ?」
「リューネ村には、あと三日もあれば到着いたします」
「そうか」
「日も傾いて参りました、この辺りで野営いたしましょう」
馬車から降り、野営の準備をする
火を起こす。
「あ、それはこちらに置いて下さい」
レナードは喜一とヴァルカに指示を出しながら、テキパキと野営の準備をしている。
「あ、それはこちらへ。薪は乾いたものを選んで下さい」
指示は簡潔で無駄がない。
喜一が火を起こし、ヴァルカが水袋を運ぶ。
やがて鍋が火にかかり、湯気が立ちのぼる。
「スープができるまで、少々お時間をいただきます。出来ましたらお呼びいたします」
ヴァルカが喜一の袖をつまむ。
「ねぇキーチ。またアレ、やらないかい?」
尻尾が左右に揺れる。
喜一は小刀をしまった。
「そうだな……レナード、そっちは頼むぞ」
「承知いたしました」
二人は馬車に戻り、木刀を持ってくる。
「それじゃ、いくよ!」
「こい!」
直後、乾いた衝突音が森に響いた。
木と木がぶつかり、弾け、風を裂く。
焚き火の向こうから、レナードは横目でそれを眺める。
最初見た時は驚いた。
遠目で眺めても、動きが速すぎてどう動いているのか目で追えない。
しかし、毎日見ていたら感覚も麻痺してくる。
今では、この光景が日常だ。
木刀が空を裂き、地を叩き、火花のような音を散らす。
スープが出来上がる頃、決着がついた。
ヴァルカの木刀を喜一が片足で踏みつけ、喜一の木刀がヴァルカの顔の手前で寸止めされる。
「はあ……はあ……これで百勝九十九敗。俺の勝ち越しだな」
「くぅ〜、キーチ! もう一回! もう一回だ!」
「スープ出来ましたよ」
レナードの声が割って入る。
「だそうだ」
三人は焚き火を囲む。
パンを割り、温かなスープを口に運ぶ。
「ねぇ、キーチ。食べ終わったらもう一回しようよ」
「食べ終わったらレナードに読み書き教えてもらうんだ、ヴァルカもどうだ?」
「そんなの覚えてどうするんだい?」
「おまえ、文字が読めなくて、道に迷って行き倒れになったんだろ?」
「今は、レナードが戦場まで連れていってくれるんだ、必要ないだろ?」
「まったく、戦場に着いたら、レナードは帰るんだぞ、今の内に覚えないと……あ、こら」
ヴァルカは、さっさと食事を終え、馬車へ戻っていった。
尻尾だけが名残惜しそうに揺れている。
喜一はため息をつく。
「困ったやつだ」
片付けを終え、焚き火の側に座る。
「それでは始めましょうか」
「よろしく頼む」
木の板の上に紙を置き、文字を書く。
レナードに見せる、間違いがあれば直され、また書く。
何度も何度も繰り返す。
ルドリックからもらった聖書のわからない文字を聞いて発音する。
何度も何度も覚えるまで繰り返す。
「今日はこのぐらいにいたしましょう。あまり詰め込みすぎても、身につきません」
「ありがとう。だいぶ読めるようになった」
「キーチ様の故郷では、多くの者が読み書きを?」
「皆ではないがな。ここは違うのか?」
「はい、庶民で文字を扱える者は少数です。学ぶには費用がかかりますので」
そういえば、漁師ロムの家族も読み書きができなかったと喜一は思い返す。
レナードは静かに続ける。
「その点、私は幸運でした。父は旦那様の御者を務めておりまして、私も幼少より目を掛けていただきました。将来お仕えする約束で、学校へ通わせていただいたのです。旦那様には、感謝してもしきれません」
あ、始まった。
レナードはルドリックの話になると長くなる。
普段はなるべくそっちに話が行かないように気をつけているのだが、学校の話がきっかけになってしまったか。
「旦那様は常々おっしゃっておりました、誠意だけで繋がる関係ほど脆いものはないと。私は、その御言葉に感銘を受け……」
その声音はどこまでも真剣だ。
「ああ、その話なら……」
仕方ない、今日は付き合ってやるか。




