第十一話 祝宴
武術大会の夜。
喜一は大会主催のパーティー会場にいた。
高い天井には煌びやかなシャンデリア。
楽団が優雅な旋律を奏で、会場には甘い酒と料理の香りが漂っている。
長いテーブルには、山のように盛られた肉料理、魚料理、色鮮やかな果実。
喜一の元に、杯を持ったルドリックがやってくる。
「キーチ様、お飲み物です」
喜一は杯を受け取り、中を覗く。
「ワインか?」
「いえいえ、こちらは葡萄ジュースになります」
恐る恐る口をつける。
「……うまい」
ルドリックは安堵したように胸を撫で下ろす。
その時、喜一たちの背後から声がかけられた。
「キーチ殿、優勝おめでとうございます。少し、お話よろしいですかな?」
落ち着いた声。
ルドリックが振り向き、目を見開く。
(この方は!)
「キーチ様、私、少々席を外してまいります」
頭を下げ、少し離れた位置へ移動し、様子を窺う。
喜一に声をかけたのは、ユネシア大商会の商会長。
同じ商人とはいえ、あちらは各国に支店を持つ大商会の頂点、格が違う。
(勧誘だろうか……)
商会長は笑顔で喜一に話しかけている。
(それも当然。キーチ様ほどの実力者を、放っておくはずがない)
商会長を皮切りに、喜一の周りには次々と人が集まる。
(あれはブイゼルス王国騎士団の制服、騎士団への勧誘か……聖典統一教会の司祭までいる)
人垣の中心で話す喜一の姿が、遠く感じられる。
ルドリックは胸の奥が少し締め付けられるのを感じた。
(……遠い存在になってしまった)
その思いに気づき、首を振る。
何を考えている!
喜ばしいことではないか。
身一つで故郷を出て、道端に倒れていた少年が、自らの力で道を切り開いたのだ。
キーチ様がどの道を選ぼうと、祝福して差し上げねば。
そう思ったとき。
「こんな所でどうしたんだ?」
目の前に、喜一が立っていた。
「キーチ様。あの者たちとの話はよろしいのですか?」
「ああ、あいつらか? なんかウチに来ないかとか言ってきたが、興味ないと言って逃げてきた」
ルドリックは目を見開く。
「よろしかったのですか? キーチ様ほどの実力であれば、好待遇で迎えられると思いますが」
「何を言ってるんだ? 俺は世界最強になるために戦に行くんだ、誰かに仕えるつもりはない」
「本当に、よろしいのですか?」
「くどいぞ、それより旅の仕度は順調なのか?」
本当に……この少年は眩しい、目が眩むほどに。
「お任せくだされ! 新しい馬車も準備しておりますし、戦場までの物資も手配済みです」
「ルドリック」
「何ですかな?」
「なんで泣いているんだ?」
「え?」
気づけば、頬を涙が伝っていた。
「目にゴミが入ったみたいですな」
慌てて拭う。
「何から何まで済まないな……いくらだ?」
「いえ、お代は結構です」
「お前、誠意だけで繋がる関係ほど脆いものはない、とか言ってなかったか?」
ルドリックはニヤリと笑う。
「実はガルドの報奨金を、すべてキーチ様に賭けましてな」
「博打か? そんなのもあったのか」
「むしろ、それで大会の運営費や賞金に充てております」
ルドリックは胸を張り、ピースサインする。
「キーチ様は大穴でしたから、折半した金で馬車と物資を準備してもおつりがきますぞ」
「抜け目のないやつだな」
二人は小さく笑い合った。
ローブ姿、金髪ロングの青年が歩み寄る。
「やあ、キーチ君、優勝おめでとう」
「セシウス」
「君と本戦で戦った僕も鼻が高いよ」
「お前はもっと戦い方を考えた方がいいぞ、あれじゃ試合では通用しない」
「うっ……魔法学校に戻ったら勉強し直すよ」
そこへ、立派な口髭を携えた七三分けの紳士が現れる。
「私も、キーチ殿との戦いは大変勉強になりました」
「誰だお前?」
「これは失礼、第二試合で対戦いたしました……」
「ああ、アルベルトか。試合では兜をかぶっていたから分からなかった」
「覚えていただき光栄です」
「お前との戦いは、俺も勉強になった。礼を言う」
セシウスが横から口を挟む。
「僕との試合は勉強になった?」
「だから、お前はもっと戦い方を考えろ」
笑いが起きた、そのとき。
「楽しそうだね」
振り向くと、ヴァルカが立っていた。
「私もキーチには話したいことがあるんだ」
喜一はヴァルカが何を言うのか予想する。
(再戦の申し込みか? それなら、「望むところだ」と言おうか)
ヴァルカは真っ直ぐ喜一を見つめる。
そして、静かに口を開いた。
「キーチ、私の番いにならないかい?」
空気が、凍りついた。
楽団の音楽も、ざわめきも、遠のいたように感じる。
予想外、あまりにも予想外の言葉だった。




