ノエル――古代ベルツェブル教
ノエルは宗教的に生きるようになった。
ノエルは父と母の反対を無視して、シベリウス教の教会を訪れていた。
今日は日曜日の午後だった。
ノエルはアンジェラと共に神に祈っていた。
祈りは神との対話である。
また、祈ることによって、自分の悩みを明確にできるという利点があった。
「ノエルもだいぶ祈りができるようになったわね」
アンジェラが優しくノエルにほほえみかける。
それはアンジェラさんのおかげです。私はここに来てようやく神を信じることがわかりました。祈りは神とのコミュニケーションなのだと」
「セリオンからも学んだのね?」
「はい」
「そうそう、セリオンのことなのだけれど……」
アンジェラが言葉を詰まらせた。
「? セリオンさんがどうかしたのですか?」
「ええ、今月でセリオンの出向が終わるの」
「え?」
「つまり、今月でセリオンはツヴェーデンに戻るのよ」
「…………」
ノエルは押し黙ってしまった。
セリオンはノエルにいろいろな思い出をくれた。
セリオンはノエルの恩人なのだ。
ノエルは心のどこかで、セリオンはずっとノヴァ―ルにいると思っていた。
ずっとセリオンといっしょだと思っていた。
「そう、ですか……なんだかさみしくなりますね……」
「そこで、セリオンからなんだけれど、あなたテンペルに行く気はある?」
「え?」
ノエルは放心した。
突然のことで思考がついて行かなかったのだ。
「なんでもね、セリオンが特別にあなたをツヴェーデンのテンペルに連れて行きたいんだって言っていたわ」
「そうなんですか?」
ノエルの胸は希望で膨らんだ。
「二人とも何を話しているんだ?」
「セリオン」
「セリオンさん!」
「ちょうどいいわ。ねえ、セリオン、例の話なんだけど」
「ああ、わかっている。ノエル、君はテンペルのシュヴェスターになる気はあるか?」
ノエルは考え込んだ。それから。
「私は、ツヴェーデンに行きたい。セリオンさんとずっといたいです」
「そうか。ありがとう、ノエル。それと両親にはどう説明する?」
「私の人生ですから私が生きたいように生きたいです。ああ、セリオンさん! 私は宗教的に生きることが私の生き方だとセリオンさんを通して学びました。テンペルのシュヴェスターになれるなら、ぜひ私はツヴェーデンに行きたいです」
「それじゃあ、決まりだな。ノエルは今月までに準備を終えておいてくれ」
「それに送迎会も開かないとね、ウフフ」
アンジェラがほほえんだ。
「ところで、セリオン」
「なんだ?」
「あなたに依頼が来ているわ」
「どんな依頼だ?」
「学術調査団の護衛よ。古代ベルツェブル教の遺跡みたいなんだけれど……」
「ベルツェブル(Belzebl)?」
ベルツェブルとは古代の大悪魔の名前である。
古代に一度現れた時、大地震並みの被害をノヴァ―ルに与えたらしい。
文献などには伝わっていない。
ただ、古代ベルツェブル教団がベルツェブルを崇拝し、魔界からベルツェブルを召喚したようなのだ。
最近になってその遺跡が見つかり、学術調査が行われるようになった。
「ベルツェブルは古代の大悪魔の名よ。これはもしかしたらあなた向けの仕事かもしれないわよ?」
アンジェラが意地悪そうな顔をした。
「つまり、トラブルが生じるというわけか……古代ベルツェブル教か……」
セリオンは調査団との待ち合わせのためルブリアナ中央駅前に行った。
駅では多くの人が列車を待っていた。
セリオンの目に、一人の女性がプラカードを持って立っているのが見えた。
セリオンはその女性に声をかけた。
「すみません」
「はい、何でしょう?」
「初めまして。私はセリオンと申します。本日は調査団の護衛の仕事で声をかけました」
「そうですか。あなたがセリオンさんですね。話はうかがっています。初めまして。私の名前はアンジェーリカ(Angelica)です」
アンジェーリカはベージュのロングヘアにグレーの瞳をしていた。目にはメガネをかけている。一目で美人と思わせる雰囲気。それに起伏のある体型をしていた。
学術調査員らしい服を着ていた。
セリオンとアンジェーリカは握手を交わした。
「もうそろそろ団長も見えると思います」
「そうですか。わかりました」
「アンジェーリカ、もうみんなまとめ終えたぞ。バスを中央駅前まで迎えによこしてもらうつもりだ。おや? ところで、そこの彼は?」
「彼を紹介しましょう。護衛のセリオンさんです」
「セリオンです。よろしく」
「私はバルダッサーレ(Bardassare)と申します。初めまして」
セリオンとバルダッサーレが握手を交わした。
バルダッサーレはメガネをかけて白い髪をしていた。
このバルダッサーレは調査団の団長だった。
セリオンたちは駅前に集合すると、送迎のバスに乗って目的地――古代ベルツェブル教の遺跡へと出発した。
道中、セリオンは一人でバスのシートに腰かけて、外の風景を眺めていた。
緑の木々が舗装された道路のわきに立ち、あとは草原が広がっていた。
セリオンは黙々と外を見ていた。
「隣に座ってもよろしいでしょうか? Ist der Platz noch frei?」
「ああ、空いている。どうぞ」
セリオンに声をかけてきたのはアンジェーリカだった。
彼女はにこりとほほえむと、セリオンの隣の席に腰を下ろした。
「目的地に着くにはまだ時間がかかるでしょう。青き狼とあだ名されるあなたには個人的に話をしたいと思いまして」
「話、ね。いったい何を聞きたいんだ?」
「セリオンさんはノヴァ―ル王国に来る前はヴェルテ共和国にいたんですよね? ヴェルテ共和国でのご活躍もわたくしどもは聞き及んでおります。それにノヴァ―ルでの武功の数々も……セリオンさんがいなかったらそれらの危機は克服できなかったでしょう。一ノヴァ―ル国民としてお礼を申し上げます」
セリオンは皮肉のような笑みを浮かべた。
アンジェーリカはそれに気づいて。
「どうかしましたか?」
「いや、俺のところにはそういう案件がよく来るんだよ。もっとも、俺自身が危機を克服するために何をなすべきか考えているけどな」
「セリオンさんはノヴァ―ルに来てからどれくらい経ちますか?」
「約半年だ」
「ノヴァ―ルのことはどうですか?」
「そうだな。王と貴族がいなければ、もっといい国になるんだが……それにしても、俺はツヴェーデンから出向してノヴァ―ルに来ているんだ。だから今月で帰ることになった」
セリオンは事実を淡々と語った。
「それは残念、せっかくセリオンさんほどの方とせっかくお近づきになれたのに」
「俺はこの国に来てよかったと思っているよ。だから、少しだけさみしいな」
「ウフフ。そうですか。それではセリオンさん。もうしばらくバスが走行するのをお待ちしてくださいね」
アンジェーリカは席を発っていった。
セリオンは外の風景に視線を戻した。




