ノエル――モンスターの群れ
夜、森の中に闇の魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣の各位置にはいろいろな宝石が置かれていた。
そして、一人の女がいた。
「フフフ……誰もこれから起こることは知らないだろうね。あたしは恐竜を召喚する。この恐竜たちによってノヴァ―ル王国全土が蹂躙されるのさ。しかし……」
女は言葉を止めた。少しばかり熟考しているようだった。
女の目は宝石に止まった。
「あの男はあたしの目的にとって邪魔になるね。まさか、あの氷竜フォルネージュを倒してしまうとはね……まあいいさ。あたしの宝石術の真の力を見せてあげようじゃないか! アハハハハハハ!」
女は静寂な夜のもと、星が良く見える下であざけりの笑みを浮かべていた。
そして魔法陣が起動した。
魔法陣は光って周囲の闇を引き裂いた。
そして、魔法陣の上からモンスターが現れた。
夜の宴が始まった。
「至急報告いたします! 陛下、どうか冷静にお聞きください!」
宰相のバッティスタ(Battista)がとてつもない形相で玉座の間に入ってきた。
「いったい何ごとじゃ?」
そこにいたのはノヴァ―ル王国国王のルキアーノ(Luchiano)だった。
国王はけだるそうにバッティスタを見た。
「国王陛下! 現在国境沿いからモンスターの大群が王都めがけてなだれ込んできました! 至急、軍備を整えるよう命令を!」
ルキアーノはこの報告を聞いて呆然とした。
これは彼の理解を越える報告だったからである。
彼はしばらくぼうっと突っ立っていた。
「陛下?」
「ははは! はっはっはっは! バッティスタよ、余をおちょくって楽しんでいるのであろう? ははは! 笑える冗談だ」
ルキアーノは声を上げて笑った。
ルキアーノは理解できなかったのではない。
『信じたくないから、信じなかった』のである。
「陛下! 私は冗談を言っているのではありません! 今すぐ軍備を整えねば、大変なことになります!」
バッティスタは必死に訴えた。
しかし、ルキアーノには届かなかった。
「バッティスタよ、余が忙しいのはわかっているであろう? 余はおまえの冗談に付き合っていられるほど暇ではない。下がるがよい」
「…………」
バッティスタは苦い顔をした。
「……わかりました。私の権限で軍を編成いたします。どうかそれはお許しください」
ノヴァ―ル王国はエマヌエーレ一世(Emanuele Ⅰ.)によって建国された。
エマヌエーレは国土を統一し、ノヴァ―ルを統一すると、ノヴァ―ル人の王国を作った。
そして王都を歴史あるルブリアナに定めた。
ノヴァ―ルは帝国だった時期もあり、かつては覇権争いのグレートゲームを繰り広げていた。
その権力ゲームから脱落し、ノヴァ―ルは他国から攻め込まれて分断された。
そのため、国土の統一は国民の悲願だった。
そうして、分断された国をもとの一つに統一されたものとして築いたのが、エマヌエーレであった。
国境線はノヴァ―ル人が住んでいた地域を想定した。
エマヌエーレは建国王として歴史に名を残している。
エマヌエーレは国土を統一し、国全体に平和をもたらした。
もちろん、平和裏にではなく、戦争によって外国軍を打ち破ったのである。
そしてエマヌエーレのもう一つの功績は共通語「ノヴァ―ル語」を作ったことである。
こうしてノヴァ―ル国民は相互に言語的に理解できるようになった。
もっとも分断の時代が500年続いたため、今でも各地方に方言が残っている。
エマヌエーレは建国の際に功績を上げた武将を貴族とした。
これが貴族制度の始まりである。
さて、国王ルキアーノが信じないことによって、恐竜が通った後は悲惨な末路を遂げた。
村一つが襲われて壊滅したところもある。
軍が駐屯している基地では司令官は怖気ずき、要塞の中に立てこもった。
ノヴァ―ルでは上層部の無知無能と臆病が支配していた。
「まあ、よい。そなたの権限と責任で編成するがよい」
ルキアーノは冷たくあしらった。
傭兵の募集がノヴァ―ルで行われた。
セリオンは教会前広場で剣の訓練をしていた。
この教会はテンペル・ルブリアナ支部だった。
時刻は朝。
セリオンはルブリアナ騎士のオッタヴィアーノ(Ottaviano)と剣を交えていた。
セリオンにとって剣は暴力ではなかった。
それは「対話」だった。
剣と剣がぶつかる時、剣が振るわれるとき、セリオンは相手の心と対話するのだ。
「さすがにやるな、セリオン!」
「おまえこそ、粘るかないか、オッタヴィアーノ!」
二人とも、剣で意味ある深い対話をする。
それは対話だからだ。
そして、剣をどう見ているのかも剣を交えるとわかってくるものだ。
オッタヴィアーノは片手用の剣に左手に盾を持つ。
右の剣でセリオンを攻撃し、左手の盾でセリオンの攻撃を防ぐ。
セリオンの攻撃は重い。
なぜならセリオンは大剣を使っているからだ。
セリオンはオッタヴィアーノの攻撃を見切り、彼の左手の盾を打ち落とした。
「うお!?」
すばやくオッタヴィアーノは剣を両手で持つ。
セリオンの斬撃がオッタヴィアーノに迫った。
オッタヴィアーノはセリオンの攻撃をかわしたかったが、それはできなかったので、剣で受け止めることにした。
「ぐっ!?」
オッタヴィアーノが苦悶にあえいだ。
セリオンの攻撃は重たかった。
スピードでもセリオンの剣はオッタヴィアーノの上をいった。
セリオンの剣はものすごい努力と、研鑽の上に築かれていた。
セリオンの剣は剣だけを磨いて習得したものではない。
まず彼は斧を鍛えた。
それからハンマーを使った。
そして最後に投げ槍を訓練した。
武術の完成形として、片手剣、長剣、大剣と使い込んだ。
セリオンは初めから大剣を自分の武器とすることに決めていた。
大剣はセリオンの愛用の武器だ。
そのパワー、スピード、スキル共に、遥か高いところにあった。
オッタヴィアーノがセリオンの剣をやり過ごす。
オッタヴィアーノはセリオンに剣で突きを放った。
しかし、セリオンには当たらなかった。
オッタヴィアーノは突きを次々と繰り出すが、セリオンはそれを軽くあしらった。
「終わりだ」
セリオンはオッタヴィアーノの剣をはじき飛ばした。
オッタヴィアーノの剣が滑って動く。
「……降参だ。どうやら俺の負けのようだな」
オッタヴィアーノは自分の負けをあっさりと認めた。
「相変わらず、すごいな、セリオンは。さすが剣聖と呼ばれているだけのことはある」
「別に俺だって簡単に今のレベルに上がれたわけじゃない。たえざる研鑽の結果だ」
「二人とも、少しいいかしら?」
そこにアンジェラ(Angela)がやってきた。
アンジェラはシベリウス教ルブリアナ支部担当司祭であった。
茶色の髪を長く伸ばし、メガネをかけていた。
服はピンク色の法衣だった。
シベリウス教では女性も聖職者になれる。
「どうした? 何かあったのか?」
セリオンはアンジェラの真剣な表情を見て、そう思った。
「二人とも、悪いニュースよ」
「悪いニュース?」
とオッタヴィアーノ。
「国境から恐竜の大群が現れたそうよ。途中の村々を壊滅させてね。国が傭兵の募集を始めたわ。恐竜の目的地はルブリアナみたいね。二人には傭兵としてモンスターの討伐に向かってほしいんだけれど……」
「ああ、わかった。おまえも行くか、オッタヴィアーノ?」
「当然だ。国民を守るために俺は騎士になったんだからな。俺はほかの騎士たちにこの件を告げてくる。セリオンは先に行ってくれ」
傭兵を補助戦力としたにわか仕立ての軍はルブリアナを出発した。編成された軍はモンスターを目指して、北に進路を取った。
二つの勢力はマストリーノ(Mastrino)平原でぶつかった。
ノヴァ―ル軍は総勢二万、モンスターの群れは五千といったところだった。
ノヴァ―ル軍は歩兵一万に騎兵五千、傭兵隊五千という内訳だった。
ゴーラ(Gola)司令は全軍に戦闘態勢を執らせた。
その時である。
副官から一報があった。
「いったいなんだ! これから会戦が始まるというのに!」
ゴーラは忌々し気に答えた。
「はっ! 閣下の耳に入れておいたほうがいいと思いまして。どうもモンスターの群れから二百程度が近くの村に向かったもようです。一部の兵を割いて派遣しますか?」
「バカ者! そんな余裕がどこにある! 兵力の分割など、愚以外の何物でもないわ!」
ゴーラ司令は傲然と言い放った。
「しかし、このまま見捨てるわけには……」
「おい、副官よ?」
「はっ!」
「我々はモンスターの別動隊については知らなかった。そういうわけで兵力を分割しなかった。一つの村が救われなかったのはいたしかたないことだった。こういうシナリオで事を進めるとしよう。わかったな?」
ゴーラ司令は有無を言わせぬ圧力を副官にかけた。
「し、しかし……」
「しかし? では君の地位がはく奪されるがそれでもいいのかね?」
副官はしぶしぶそれを受け入れた。
セリオンは軍内で一部のモンスターがチェッカ(Cecca)の村へと向かったという知らせを受けた。
「オッタヴィアーノ!」
「なんだ、セリオン?」
「俺はすぐにチェッカの村に向かう! 本体の指揮はおまえに任せた!」
「わかった。どうやらこのモンスターの別動隊の件は上層部の耳にも入っていたらしい。それを知った上でチェッカを見捨てるつもりのようだ」
「腐っているな」
セリオンは吐き捨てた。
「まあいい。俺は至急チェッカに向かう。会戦の幸運を祈る!」
そう言ってセリオンはバイクを走らせてチェッカへと向かった。
チェッカは恐竜たちに蹂躙された。
恐竜たちは明らかに人を殺すようインプットされていた。
チェッカでは一人の女の子が恐竜に殺されそうだった。
「い、いやあああ!? 来ないで!?」
女の子は涙声で訴えた。
もちろん、そんなことが恐竜に通じるはずもなく、女の子は恐竜の餌食になるかと思われた。
そこに一閃が走った。
その恐竜は大剣によって一刀両断にされた。
「あ、ああ……」
女の子は信じられない思いだった。
「大丈夫か?」
セリオンがその女の子に尋ねた。
「あ、はい。大丈夫です。危ないところを救ってくださりありがとうございました」
「ほかの村人は?」
「わかりません。家に隠れていると思います」
「そうか。なら君も早く隠れるんだ。俺はこれからモンスターどもを討伐する!」
女の子は家の中に入っていった。
セリオンはモンスターの群れの中に入っていった。
モンスターたちはぎょっとしてセリオンを見つめた。
セリオンはモンスターたちが反応するまでできるだけその数を減らしておきたかった。
モンスターたちはセリオンの存在に気づくと、セリオンを囲い込んだ。
「モンスターどもが群がってきたな。だが、むしろ好都合だ。一気に全滅させてやる」
セリオンは雷光閃をだした。
雷光が地面からセリオンの周囲に噴き上がる。
密集していたモンスターたちは一気に全滅した。
一方、正規軍のほうでは……
会戦はノヴァ―ル軍の敗北で終わった。
両勢力ともに正面からぶつかり合い、ノヴァ―ル軍は各部分を突破され、崩壊し、総崩れとなった。
ゴーラ司令は己の身が危ないと感じるや否や、部下を見捨てて逃亡した。
司令官が逃亡したことを知った全戦線では、すべての兵が逃げ去ることしか頭になかった。
部下たちは司令官の行動を模倣するものである。
一般兵も戦死より、逃亡を選んだ。
オッタヴィアーノたちは苦しいところに最後まで踏みとどまっていたが、最終的には脱出した。
モンスターの群れは勝利の凱歌を上げた。
国王は軍が敗北し、自然消滅したという報告を受けた。
「バッティスタ! これはどういうことだ!」
「はっ……どうやら司令官の逃亡によって全軍が崩壊したものと思われます。ほかの軍は各地の安全保障上、動かすわけにはまいりませんので、もはや騎士団を送るしかないでしょう……」
さすがにここまで来て国王もモンスターの群れがルブリアナに近づいてくることに危機感を持った。
「騎士団を派遣するというのか? それはならん! それはならんぞ!」
「? なぜでしょうか?」
「余を守るものがなくなってしまうではないか! 余にもしものことがあったら国はどうなる!?」
国王ルキアーノの頭にはおのれの身の保身しかなかった。
結局騎士団はモンスターの群れに送られた。
送られた兵力は二千――さすがにこの数ではモンスターの群れに対抗できなかった。
騎士たちは逃亡はしなかったが、敗走はした。
国王ルキアーノは国から逃亡することも考えた。
国民を見捨てて。
セリオンはルブリアナに住む錬金術師レベッカ(Rebecca)を訪れた。
セリオンはモンスターの群れをそらすため「魅惑のアロマ」をレベッカに錬成してもらうつもりだった。
「魅惑のアロマ、ね。いまは非常時だし、ルブリアナがモンスターに蹂躙されたくないわ。わかったわ。私が魅惑のアロマを作りましょう! それで、材料はそろっているの?」
「ああ、そろっている。マナポーション、エリクサー、バラのオイル、石けん、以上だったな?」
「O.K.! それだけそろっていれば強力な芳香作用があるアロマを作ることができるわね。少し待っていてもらえるかしら?」
しばらくすると、レベッカが錬成室から出てきた。
「はい、完成よ! これが魅惑のアロマね。それにしても、これで何をするつもりなの?」
「ああ、これでモンスターの群れを一掃できる! ありがとう、レベッカ。礼を言う」
セリオンは不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、何に使うにせよ、モンスターたちは始末しないといけないわね。健闘を祈っているわ」
魅惑のアロマはピンクの石けんだった。
これにはモンスターにしか反応しない独特な匂いが込められている。
これでモンスターどもをおびき寄せるのだ。
セリオンは魅惑のアロマを何もない平原に仕掛けた。
セリオンはバハムートの肩に乗って様子を見ていた。
「ん? 来たな……アロマの香りに引き付けられている……」
するとアロマを囲むように、モンスターが続々と集まってきた。
モンスターたちは密集し、アロマの周りに集まった。
「よし、今だ、バハムート! 蒼炎の息を放射しろ!」
セリオンはバハムートに命じた。
蒼炎の息とはバハムートの最強攻撃である。
バハムートの翼に魔力が集まり、光り出す。
竜の翼には魔力を集める力がある。
バハムートが口を開けた。
バハムートの口に蒼い炎が収束される。
バハムートは極限まで高めた息をモンスターの群れにはきつけた。
モンスターの群れはこの一撃で消滅した。
モンスターは塵も残さず消え去った。
これがセリオンが立てた作戦であった。
セリオンによってモンスターの侵攻は阻止された。
セリオンはバハムートの乗って、モンスターが発生したという森に赴いた。
そこには壊れた宝石と、闇の魔法陣の跡とおぼしきものがあった。
「モンスターはここから出現したに違いない……宝石か……いったい何のために?」
誰が、いったい何のために多量のモンスターを召喚したのか……
セリオンにはその謎がつっかえるように残った。




