ノエル――モンターノ山
本日はモンターノ山に行ってモンスターを討伐する日だった。
ベネデット(Benedetto)学院長がモンターノ山の特徴について生徒たちの前で説明した。
「いいですか、みなさん。モンターノ山は冬には雪と氷で閉ざされる凍てつく山です。
そこに生息するモンスターは主に炎属性に弱いものが多くいます。生徒のみなさんにはそのため、マジェンダ先生から炎の魔法を教えてもらったと思います。この授業にはカウル先生、マジェンダ先生、そして傭兵のセリオン殿が参加します。ですが、モンスターと戦うのは主にみなさんです。もし、命の危険があると判断した時には三人が介入しますので、安心してモンスターと戦ってください。モンスターと戦うことも貴族としてのたしなみですから積極的に参加するように」
ベネデット学院長の演説が終わった。
このモンターノ山行きは生徒たちの実戦経験を積むためという目的があった。
生徒たちは校庭に集まった。
生徒たちはリュックサックを背負い、制服を着てこの実践訓練に来ていた。
この訓練は夕方までかかるため、昼食をみんなは用意していた。
カウル先生の指揮のもと、生徒たちはモンターノ山へと出発した。
生徒たとは歩いて一時間ほどでモンターノ山に到着した。
カウル先生はまず生徒たちに休憩と、水分補給を命じた。
また、全員の武器を点検させた。
カウル先生には「武器は己の命」「武器は自らの身を守るもの」という哲学があった。
休憩後、生徒たちはモンターノ山に登り始めた。
モンターノ山は高さはそれほどではないが、道は険しかった。
カウル先生が前、セリオンが中、マジェンダ先生が後ろという順番で生徒たちを守ることにした。
カウル先生が生徒たちを引率する。
生徒の列はさながら蛇のようだった。
前方の生徒たちが何かに気づいた。
「あっ、あれを見ろ!」
「大きな猿だ!」
「モンスター図鑑によればあれは『ヒバゴン』ね。モンターノ山ではポピュラーなモンスターよ」
生徒たちは生まれて初めて見るモンスターに興奮していた。
「ヒバゴンか……二匹いるな」
列の中ほどでセリオンが見つめた。生徒たちはヒバゴンを襲いはしなかったが、緊張していた。
ヒバゴンは雪のような毛に大柄な体躯、強靭な腕や胸をしていた。
さっそく生徒たちがヒバゴンを倒すべく、魔法を使う。
「よし、あまりモンスターに近づきすぎるなよ。一気に弱点の炎魔法でケリをつけろ!」
カウル先生が言った。
生徒たちは火球を形成し始めた。
火球はヒバゴンに向けて出されたが、なかなか当たらない。
ヒバゴンは平然としていた。
セリオンは初心者ならまずまずだなと思った。
「ちょっとー! どこ狙っているのよー!」
「わりい、わりい! 次は当てるぜ!」
生徒たちは不慣れな訓練に難しさを感じているようだった。
「焦るな! しっかりと狙いを定めるんだ! ヒバゴンが動きを止めたところを狙え!」
カウル先生が助言した。
生徒たちは手の平の上に火球を作り出し、慎重にヒバゴンめがけて火球を放った。
「グゴオオオオオオ!?」
一体のヒバゴンが炎上した。
火球の爆発がヒバゴンを焼死させた。
しかし、残り一体は火球の爆風に巻き込まれただけだった。
炎属性初級魔法「火球」。
その名の通り、火の球を作り出す魔法である。
火球は対象に命中すると爆発し、炎上させる力がある。
爆風に巻き込まれた、もう一体のヒバゴンが生徒たちに向かって突進した。
どうやら怒り狂っているらしい。
怒り狂ったモンスターほど危険なものはない。
「うわあああああ!?」
「きゃああああああ!?」
「いやあああああ!?」
生徒たちはとっさのできごとに混乱した。
やけどを負ったヒバゴンが生徒たちに突進してきた。
そこに、一つの大剣がすばやく動いた。
ヒバゴンの首は斬り落とされた。
セリオンだった。
セリオンが大剣でヒバゴンの首を切断したのだ。
「大丈夫か?」
ヒバゴンはずしーんと大きな体を地面に横たえた。
「あ、ありがとうございます」
「どうも……」
「ならいい」
カウル先生がセリオンに近づいて。
「すまないな。わざわざ、君の手をわずらわせてしまった」
「いいえ、気にせずに。こういう時のために俺がいるんですから」
「それにしても、見事な斬りだった。君はだいぶ戦い慣れしているな」
「俺は小さいころから戦いの訓練をしてきました。俺を訓練してくれた人たちがモンスターとの戦いも教えてくれたんですよ」
「そうか。君は良い師匠を持ったな」
カウル先生とセリオンのそんなやり取りをノエルはじっと見ていた。
「ノエル?」
「…………」
「ノ・エ・ル!」
「わっ!? 脅かさないでよ、ルドミラちゃん!」
ノエルはじっとセリオンを見ていたのだ。
ルドミラはにまあと笑うと。
「何? あんたセリオン様に惚れたの?」
「へ?」
「へ? じゃないわよ。じっと見てたじゃない」
「ただ、気になっただけだよ!」
「ほんとにー? まあ、いいけどね。そういうことにしておくわ!」
ルドミラはノエルの背中を手で叩いた。
その後前面にいた生徒たちは後列に回った。
これは戦闘経験をなるべく全員に得させるためだった。
続いて一行はやや大型のモンスター「スノーバッファロー」と遭遇した。
今度はトビアスの番だった。
トビアスは火球を形成すると、それをスノーバッファローに向けて放った。
狙いは正確だった。
トビアスの火球はスノーバッファローに直撃し、爆破・炎上させた。
「フッ! こんなものかな」
そう言ってトビアスは後ろを振り返った。
その視線の先にはノエルがいた。
ノエルは即座にトビアスから視線をそらした。
トビアスはおもしろくなさそうな顔をした。
「さすがだな、トビアス君。狙い、威力、制御力、いずれをとっても学年トップクラスだ」
カウル先生がそれを評価した。
「いえいえ、これがぼくの実力ですから」
トビアスは髪をかき上げた。
トビアスは整った顔立ちをしていた。
「よし、山の中ほどまで来たことだし、ここで休憩に入る!」
カウル先生が一向に伝達した。
「はい、ノエル、これ」
「ありがとう、ルドミラちゃん」
ルドミラがノエルにクッキーを渡した。
「これは私からの分だよ」
ノエルもルドミラにクッキーを渡した。
「ありがとう、ノエル。あら?」
「? どうしたの?」
「ここに入っていいか?」
そこにセリオンが現れた。
「いいですよ、セリオン様。ねっ、いいよね、ノエル?」
「うん」
ルドミラがノエルに賛同を求めてくる。
ノエルは快くそれを受けた。
二人はちょっとしたイスのような場所に腰かけた。
セリオンはノエルの隣に腰を下ろした。
「クッキーを食べているのか?」
「ええ、そうなんです。よかったらセリオン様もクッキーを食べますか?」
「くれるのか?」
「はい、どうぞ。これは私からの分です。そしてこれがノエルからの分です」
「ありがとう。いただくよ」
セリオンはクッキーを口にした。
舌先に甘みが広がる。
「おいしいな。二人ともクッキーを作れるのか。すごいな」
えへへ、それほどでも。そうよね、ノエル?」
「え? う、うん……」
ノエルは少し照れているようだった。
ルドミラは開放的な性格をしているようだ。
何事にもオープンにしたがるのだろう。
一方、ノエルは少し内省的なところがあるようだ。
この二人はルドミラが主導権を握っているようだった。
セリオンはそう観察した。
「ねえ、セリオン様?」
「どうしたんだ、ルドミラ?」
「セリオン様の故郷のことを聞いてもいいですか?」
「ああ、かまわないぞ」
「セリオン様には恋人はいるのですか?」
「ああ、いる。名前はエスカローネというんだ。長い金髪の美しい女性だよ」
「あら、そうなんですか? それは残念。セリオン様がフリーだったら私もアタックしていますよ」
「ははは……」
セリオンは照れ笑いをした。
「セリオンさんのいるテンペルって何なんですか?」
「テンペルっていうのはシベリウス教の理念を結晶化したものだ。その創始者はスルト。「雷霆のスルト」という異名を持っている武人で、俺の代父に当たる人物だ。俺の剣はスルトの影響で形成されたものだ。つまり彼は俺の剣の師にあたる。少し脱線したかな? 話をもとに戻そう。テンペルは宗教軍事組織であり、宗教と軍事が一つに結合しているんだ。それと同時にシベリウス教徒の兄弟姉妹の信仰共同体でもある。その兄弟はブルーダー、姉妹はシュヴェスターと呼ばれている。兄弟姉妹は兄弟愛によって結ばれる。兄弟姉妹はみな神のもとに平等であり、水平方向に広がる原理を持っている」
「へえ、それって素敵ですね。貴族や平民も関係ないんですか? ノヴァ―ル王国は貴族社会ですから」
ルドミラが言葉を濁した。
それに対してセリオンは。
「ああ、貴族も、平民も区別はない。信徒は神の前では絶対平等だからだ」
ノエルは静かにセリオンの話を聞いていた。
「でも、それでは貴族が支配層を占めるノヴァ―ル王国では、信徒の獲得は難しいのではありませんか?」
ルドミラが指摘したのはシベリウス教の弱点だった。
確かにシベリウス教は階層的で、権威主義的な国民や民族には不向きだろう。
なぜなら、信徒はみな平等なのだから。
「ルドミラの言っていることは真実だ。ノヴァ―ルのような貴族が支配する国だとシベリウス教は広がりにくいだろう。俺たちもノヴァ―ルの主流「正教会」ともめるつもりはない。ノヴァ―ルにもルブリアナ支部というシベリウス教の拠点がある。俺たちは主に平民、それも落ちこぼれやドロップアウト、無産者を対象に布教している。つまり正教の教えでは救われず、末端に押しつぶされている人々だ。差別や偏見にさらされている人に、神は愛を与えてくれる」
ルドミラもノエルもセリオンの話に引き込まれた。
そんな時。
「おやおや、ずいぶん仲がいいじゃないか」
「何よ、あんた、トビアス?」
「……」
ルドミラは否定的にノエルは無言だった。
そこにトビアスとその取り巻きが現れた。
トビアスはわざとらしく前髪をかき上げた。
茶髪の髪が柔らかく動く。
はっきり言って、人を見下しているのがわかる。
トビアスはセリオンに目をつけると。
「フッ!」
トビアスはセリオンを見て笑った。
それは嘲弄。
セリオンという存在に対しての侮辱だった。
普通の人間であればキレただろう。
だが、セリオンはトビアスに関心を示さなかった。
少しため息を出したくらいである。
「おや? 何の反応もなしかい? これはつまらないなあ、傭兵君?」
「アハハハハハ!」
「ゲラゲラ!」
トビアスの周囲の生徒も笑いだす。
「ちょっと、あんたたち! いい加減にしなさいよ!」
「……」
ルドミラが吠えた。
ノエルは無言だったが明らかに嫌な顔をした。
「別にいいじゃないか。ノヴァ―ルでは傭兵はさげすまれた職業だっておまえたちも知ってるだろ? ならこの程度のこと当り前さ!」
「いくら何でも言いすぎよ! それにセリオン様は私たちを助けてくれたじゃない!」
ノヴァ―ル王国では傭兵は差別された職業だった。
傭兵は卑しいと思われているのだ。
その割にノヴァ―ルは歴史的に傭兵を当てにしてきた。
カネで雇って使える傭兵は「便利」な存在だったのだ。
それにもかかわらずノヴァ―ルの傭兵に対する給料支払いのモラルは極めて悪い。
国が給料を払わなかったことによって、傭兵たちは暴徒や強盗と化した。
それは傭兵が悪いというより、国がきちんと傭兵に給料を支払えばよかったのだが……
当時の国はそう思わず、国民を荒廃させた。
「ちょっと待ちな」
「!?」
「そこに大柄で太った魔女ブレンタ・マジェンダ先生がやってきた。
「トビアス・ガルドーナ、あんたは言いすぎだよ。ルドミラ・エリゼーネ(Ludmila Elisene)も冷静におなり。これ以上は教師であるあたしが許さないからね」
マジェンダ先生は有無を言わせぬ強い圧力でトビアスに迫った。
トビアスは口内をして。
「……行くぞ」
トビアスは取り巻きを従えて、その場を去っていった。
「ふう……これで大丈夫だよ。それにしても、セリオンさん、あんたよくキレなかったね?」
「まあな。あんな小物を相手にしても仕方がない。それにあいつが子供なだけだ」
「アッハッハ! さすがに人ができてるねえ! お? そろそろ出発みたいだね。あたしは戻るよ」
マジェンダ先生のおかげで緊張した場は解除された。




