ノエル――貴族学院
ノエルは馬車に乗って移動していた。
ノエル・シュタンツ(Noel Stanz)は男爵家令嬢。
今年で十歳になる。
ノエルは考え事にふけりながら窓の外を見た。
外の天気は快晴だった。
だが、それに反してノエルの心は沈んでいた。
自分の一生がレールに乗せられているように感じたからだ。
今後自分はどう生きるにしろ、両親の考えにそして男爵家の考えによって生かされることに違いはない。
「私は人形じゃないのに……」
ノエルはため息をついた。
ノエルにはずっと疑問に思っていることがあった。
それは子供を作ることだった。
むろん自身が女性であることは理解している。
理性ではわかっているが、感情が納得していないのだ。
ノエルは思う。
このまま貴族学院を卒業すれば、両親の決めた相手と結婚することになる。
そして子供をもうけて、血筋を後世に残すことになるであろう。
しかし、ノエルはこの未来に納得していなかった。
むしろ心では拒絶していた。
だが、ノエルにはこれに変わる新しい生き方はわからなかった。
そんなことを考えていた時である。
「ぎゃあ!?」
「え? 何?」
ノエルは疑問を持った。
前のガラスに血が付着した。
そして異形の存在がノエルのわきの窓を壊そうとした。
それはデーモンだった。
デーモンはノエルを襲ってきた。
「きゃああああああ!?」
ノエルは悲鳴を上げた。
デーモンは馬車の扉を外そうと力を入れて揺さぶった。
そんな時である。
デーモンの首が切断され、地面に転がった。
デーモンは黒い粒子と化して消滅する。
そして、後に残ったのはデーモンの首を斬った主。
それは金髪・碧眼の戦士。
セリオンだった。
これがセリオンとノエルの出会いだった。
「けがはないか?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「御者は無事なようだ。それは良かった。俺はこのあたりの地理には疎いんだ。俺は念のため君の護衛をしながら君を家まで送ろう」
「はい、ありがとうございます」
シュタンツ男爵邸は木造の建物だった。
周囲には草が生えていた。
シュタンツ男爵フェルナンド(Fernando)は馬車が帰ってくるなり笑顔を見せた。
シュタンツ男爵は馬車から見慣れない男が出てくるのを見た。
「これは……どういうことだ? 君は何者だ?」
「お初にお目にかかります男爵。私はセリオン・シベルスク。テンペルの騎士です。お嬢さんが悪魔に襲われていたところ、それを助け、護衛してきました」
セリオンに続いてノエルも馬車から降りた。
「つまり、君は傭兵なのかね?」
「傭兵として雇われることもありますが?」
セリオンはけげんな表情をした。
「そうか。では」
フェルナンドはサイフを取り出し、地面にカネをぶちまけた。
「取っておきたまえ。それは娘を助けてくれたことへの礼だ。それだけ出せば十分であろう? ではさっさと失せたまえ。我々貴族は下賤な者とは付き合わないことにしているのでね」
「父上!」
ノエルがあいだに割り込んだ。
「いくら何でも失礼ではありませんか!」
ノエルは怒った。怒るだけの理由があった。
「ノエル、おまえは黙っていなさい。この男はしょせん傭兵なのだ。身分卑しい男なのだ。我々のような高貴な者が付き合っていい存在ではない。さあ、カネを取って、とっとと失せろ!」
「…………」
セリオンは何も言わなかった。
地面にばらまかれたカネにはいっさい手を触れずに、セリオンは立ち去った。
ノエルは貴族だった。
ノヴァール(Nowaar)王国、王都ルブリアナ(Rubriana)にある貴族の学院に通っていた。
女子の制服はセーラー服であった。
ノエルはここで、教養と実技を学んでいた。
ノエルは学院に登校すると、一人の女友達と出会った。
「ノエル、おはよう!」
「ルドミラ(Ludmila)、おはよう」
二人は軽くあいさつをすませる。
「ねえ、ノエル、聞いたわよ? あんた悪魔に襲われたんだって?」
ルドミラは白のセーラー服に首筋まで伸びた金色の髪をしていた。
「え? うん、そうだよ」
「ノエル、あんたを助けてくれたのって、あのセリオン様なんですって?」
「セリオン様?」
「そうよ、セリオン・シベルスク様! 今ツヴェーデンのテンペルから出向してルブリアナの教会にいるらしいわね。青き狼って呼ばれている剣聖よ」
「そうなんだ。それは知らなかったよ」
「あんたねー! テンションが低いわねー! あのセリオン様から守っていただいたのよ? ああ、いいなあ! 私もセリオン様から守られたーい!」
ノエルは自分を助けてくれた人がそんなに高名だとは知らなかった。
だが、ルドミラの言う通り、耳には入っていたかもしれない。
青き狼――剣聖セリオンのことを。
「ノエル、おまえ、襲われたんだって?」
「トビアス(Tobias)……」
「何よ、あんた何の用?」
ノエルとルドミラは露骨に嫌な顔をした。
トビアス・ガルドーナ(Tobias Gardona)伯爵家の次男である。
このトビアスという男、成績はトップクラスなのだが、ノエルにしつこく付きまとっているのだった。
ルドミラがノエルの前に立ちはだかった。
「トビアス、私たちはあんたとは話したくないの。とっととどこかに行ってちょうだい!」
トビアスは苦笑した。
「そんなつれないことを言うなよ、ハニー! 俺はノエルとは友好的な会話をしたいんだからさ!」
ノエルはルドミラの影に隠れた。
「トビアス! あんたはノエルから嫌がられているのがわからないの?」
「フウ……しかたがない。ここは一時引くか」
そう言ってトビアスは去っていった。
男子の制服はブレザーにスラックスだ。
「まったく、しつこいわね。本当に困っちゃうわ。今度先生に相談しようかしら」
ルドミラが言ったときにチャイムが鳴った。
そろそろ授業が始まる合図だ。
「ルドミラちゃん! 早く教室に行こう! 授業が始まっちゃうよ!」
「そうね。そうしましょう」
ノエルは教室に入って、授業を受けていた。
本日の授業は「歴史」である。
「ノヴァ―ル王国史」――ノヴァ―ル王国の建国以前から現在に至るまでを扱っている。
歴史の教師はサクソン(Saxon)先生だった。
茶色の髪の、メガネをかけた男性である。
サクソン先生の授業が続く。
「みなさんは歴史は暗記ばかりの退屈な科目だと思っているかもしれません。しかし、それは歴史の本当の勉強ではありません。歴史の本当の勉強とは何か? それは歴史における因果関係を問うことです。つまりここの事実から歴史における法則に注目するのです。歴史はその因果関係を探求する学問なのです。もっとかみ砕いていくと、歴史に「なぜ」と問うことです。歴史上の人物はなぜこのようなことをしたのか? なぜ、人は同じことを繰り返すのか? すべては「なぜ」に集中しています。私は皆さんに、そういう歴史を学んでもらいたい。私のテストでは記述する問題が多めですが、それに対して答えることこそ、歴史の本質に触れることです。私はみなさんに考えてほしいのです。どうして私たちの社会は今のようになったのかを」
サクソン先生の長めの発言をノエルはノートにメモった。
サクソン先生の次はマウロ(Mauro)先生の授業だった。
マウロ先生の授業はすべてツヴェーデン語で行われた。
マウロ先生はツヴェーデンで子供の時から生活していたので、自然なツヴェーデン語を話すことができた。
ノヴァ―ル語と比べて、ツヴェーデン語には難しいところがあった。
マウロ先生は生き生きと教室でツヴェーデン語を話した。
「Du scheinst mich zu kennen.」(君は私を知っているように見える)。
「Frau Stanz! この文をsieで言う文に改めなさい!」
ノエルはどぎまぎした。
ノエルはツヴェーデン語はあまり難しいとは感じなかったが、多くの人の前でしゃべるのは苦手だった。
「Sie scheint dich zu kennen.」
「Perfekt!」
ノエルは答えた後、どぎまぎしながらノートに視線を移した。
「動詞scheinenはzu不定詞句と共に使われることで、「~するように見える」という意味になります。チェックしておきましょう!」
三時限目は武術教育だった。
貴族のたしなみとして武術は必須とされていた。
選べる武器は剣、槍、斧、弓、杖だった。
この科目はカウル(Kaul)先生が教えることになっていた。
カウル先生はファッションセンスに優れたイケメンの先生だった。
ノエルは武器の中から杖を選んだ。
ノエルは剣は自信がなかったので、選ばなかった。
杖には「杖術」という格闘戦が教えられていた。
ルドミラも杖を選択した。
ルドミラには攻撃魔法の才があった。
一方、ノエルは回復魔法が得意だった。
ノエルとルドミラはペアになって杖術の訓練をした。
ノエルたちは魔法の訓練もしなければならなかった。
毎年、生徒たちはモンターノ(Montano)山まで遠征して、魔物との戦いを実践的に学ぶことになっていた。
これも貴族のたしなみと考えられていたのである。
魔法の教師はブレンタ・マジェンダ(Brenta Magenda)先生だった。
ずんぐりと太った女性の先生で、生徒たちから「太っちょブレンタ」と呼ばれていた。
マジェンダ先生の授業はとても実戦的だった。
特に、彼女は攻撃魔法に精通していた。
「いいかい、魔法はイメージとコントロールが大切なんだよ。制御する意思が魔法を発動させるんだ。もし、コントロールできなければ暴発することになる。わかったかい? まずは的に当てる練習をすることだね。それじゃあ、始めてみようか」
マジェンダ先生は野外訓練場でまず、自分が見本を見せてくれた。
「感覚だよ。感覚を信頼しな」
マジェンダ先生は右手に火球を作り出すと、ゆっくりとかつ正確に的に向けて火球を放った。
火球が爆発して的を焦がす。
「さあ、一人ずつ同じことをやってみな」
生徒たちの前には複数の的が用意された。
ルドミラが火球を作って的を狙った。
「はっ!」
ルドミラはセンスが良く、的に向けて正確に火球を命中させた。
「いいね! よくできてるよ。さあ、授業は受け身で受けるものじゃないんだ。積極的に参加するんだよ! じゃあ、次、行ってみようか!」
マジェンダ先生の大きな声が響き渡った。
今度はノエルが挑戦した。
ノエルは火球をイメージして手の平に作り出すと、ゆっくりと的に向けて放った。
ノエルの火球は威力はあったが、狙いは今一つだった。
「おしいね。いいところまでは行ったんだけどね。狙いが甘かったね。言っておくけど、実戦では敵は的のように止まってはくれないよ! 的に当てられるのは最低ラインだからね!」
その後も、マジェンダ先生のスパルタレッスンは続き、多くの生徒が魔力切れになった。
その日は貴族学園ではダンス・パーティーが開かれていた。
このダンス・パーティーは伝統的なもので社交界の花だった。
ダンスもまた貴族のたしなみだった。
ルドミラは上級生の男性から誘われて、ダンスを踊っていた。
そしてノエルはさみしそうに一人で会場の影に隠れていた。
会場にはワインやケーキ、シュークリームなどの食べ物もあった。
ノエルが踊らないのはトビアスから逃れるということもあるが、ダンスが苦手だからだ。
ノエルはため息をついた。
「どうしたんだ? こんなところにいて?」
ノエルはふと声をかけられた。
その人物は先日ノエルを助けてくれた、金髪碧眼の戦士。
「あなたは……セリオンさん?」
「ああ、そうだ。よく覚えていたな」
「どうしてセリオンさんがここにいるの?」
ノエルはセリオンに疑問をぶつけた。
「俺はこの学院から雇われたんだ。明日行く、モンターノ山にこの俺も同行するんだ。護衛としてね」
モンターノ山は今の時期なら雪が解けて安全に登山できた。
しかし、この山にはやや大型のモンスターも生息しているのだ。
最悪、生徒が死に至る可能性がある。
そのため、教師と雇われた傭兵がモンスターと戦うことがある。
もちろん、生徒の自主性に任せられる限りはそうするのだが……
「そっか。セリオンさんが生徒を守ってくれるんなら安心だね」
ノエルはほほえんだ。
「それにしても、ノエル、ここで何をしているんだ?」
「うん……私はダンスが苦手だからここに隠れているんだ。社交界って好きじゃないんだよね」
「そうか、せっかくだ。Ich will mit dir tanzen. Wollen wir tanzen?」
「Ich muss……」
「Nein,du willst.」
「Ja,gerne!」
セリオンとノエルは影から出てペアになった。
セリオンはノエルを優しくエスコートした。
するとノエルはセリオンに導かれるままに体を動かすことができた。
「あれ? なんで? うまく踊れる……」
「ダンスは男がエスコートするものだ。男の側がうまくエスコートすれば女性は自然に踊れるようになる。ノエルが今までうまく踊れなかったのは相手のリードが悪かったからだ」
セリオンはノエルを優しくリードしながらダンスを踊った。
そのあいだノエルは今まで感じたことのない高揚感を味わえた。
気が付けば周囲の視線がセリオンとノエルに向けられていた。
二人は満場の拍手のもとダンスを終えた。
トビアスは嫉妬に狂った顔をしていた。
シエルの章に続いて、ノエルの章をお贈りします。この物語はシエルの章、ノエルの章、セリオンの章の三部で構成されています。シエルに続いてノエルが信仰や宗教心に触れていく物語です。描いていて思うのはヒロインは大変だな(笑)ということです。敵にさらわれたり、狙われたり、いろいろと災難に遭うことになります。ヒロインのノエルがどういう生き方をしようとするのか、道中お付き合いくださるなら幸いです。




