シエル――ドゥオマ
妖花ドゥオマはヴェルテ共和国の首都クヴィンツのシンボル的存在となった。
シエルの家からも妖花ドゥオマの禍々しい姿を見ることができた。
赤紫色の異形の植物――
妖花ドゥオマはその禍々しさと毒々しさを首都中にさらしていた。
多くの家や建物がドゥオマの根によって破壊された。
ドゥオマはクヴィンツ中に根を張りめぐらせた。
さすがにこの異常事態ともあってはシエルの両親も家に帰らざるをえなかった。
家庭教師たち自分のも家庭に帰っていった。
暇を出されず、いつも通りなのはメイドのシャーラくらいのものだろうか。
そんな時、シエルの家の扉を誰かがノックした。
「? いったいこの非常時に誰だ?」
シエルの父が扉を開けた。
「邪魔するぜ?」
「!? いったい誰かね、君は!」
シエルの父が不平をぶちまける。
「シエルお嬢様はどこにいる?」
「君は自分から名乗ったらどうなんだ?」
シエルの父は怒鳴った。
「あー、わりー、わりー。俺はレグルス(Regulus)。審問官レグルスだ。ところで、シエルちゃんはどこだ?」
レグルスはギロリとシエルの父をにらんだ。
「娘に君を会わせる必要などない! 帰ってくれたまえ!」
「あー、そーかい! じゃ、死にな」
「がっ!?」
シエルの父は倒れた。
レグルスは心臓を一突きしてシエルの父を殺した。
「あなた!?」
「あんたも俺をシエルお嬢ちゃんに会わせまいとするのか?」
レグルスはククッと笑った。
「当然です! いったい何のつもりで!? ぎゃっ!?」
「じゃ、てめえも死んどきな!」
レグルスはシエルに母も心臓を刺して殺した。
「だんな様!? 奥様!?」
冥土のシャーラが悲鳴を上げた。
「ふう……いけない、いけない。ついかっとなってやっちまった。さて、メイドさん、シエルお嬢様はどこだ? あんたはまだ若い。早く死にたくはないだろ?」
シャーラはしぶしぶレグルスをシエルものとに案内した。
シエルはレグルスによってさらわれた。
「なんて禍々しいのかしら……でもあなたが帰ってきただけで、まだ希望はあるわ。おかえりなさい、セリオン」
セリオンはクヴィンツ教会に戻ってきていた。
幸い、この地区はドゥオマの根による浸食から守られていた。
邪悪な闇の力は聖なる光の教会には手出しできなかったのだろう。
「だが、俺はもう一度あそこに行かねばならない。この悪夢を終わらせるためにな。俺は妖花ドゥオマを倒す」
ドゥオマの根は国会議事堂や首相官邸まで伸びていた。
ヴェルテの政治はほとんど機能していなかった。
多くの難民も発生した。
家を失った人々だ。
今は仮設のテント村で彼らは暮らしている。
今現在ドゥオマは小康状態で、動きが止まっていた。
「私たちのことは気にしないで。あなたはあなたにしかできないことをすべきだわ」
教会にも、不安に駆られた信徒たちが避難していた。
彼らにとって教会は神の家だった。
多くの信徒が教会にこもる道を選んだ。
セリオンはバイク「メルツェーデス」に乗ってドゥオマを目指した。
セリオンが向かっているのはドゥオマの中枢。
どんな巨大な生物も、その核を撃滅されれば存在を維持できない。
そう考えての行動だった。
その時、ドゥオマの根がある方向へと動き出した。
「あれは……ドゥオマの根か! まさか、難民キャンプに向かっているのか!? くそっ!」
セリオンは急いで向かう方向を変えた。
難民キャンプには多くの仮設テントが並んでいた。
家や住みかを失った人たちがここに来ていたのだ。
難民となった市民たちはドゥオマの根が近づいてくるのを見て驚愕した。
キャンプ全体に混乱が響き渡る。
「うわー! 化け物の根だー!」
「根が来る! 根が来る!」
「誰か助けてー!」
市民たちはパニックに陥った。
そこにバイクに乗ったセリオンが現れた。
「くっ! 必ず助けて見せる!」
セリオンは大剣を出し、光波刃を放った。
その威力はすさまじく、ドゥオマの根を切断した。
ドゥオマの根から血が滴る。
しかし、ドゥオマの根は再生した。
「再生したのか!?」
「それまで、だ」
「!? おまえはスラオシャ!」
「やあ、セリオン。助けに来たよ。もっとも君の守護天使として当然のことなのだけれど」
スラオシャは高いアパートから地上に降りた。
白い一対の翼、そして手には聖槍トラエタオナを持っている。
「セリオン、根はこれ以上私が近づけさせない。しかし、ザコは防ぐことができない。その対処を頼む!」
スラオシャは聖槍を上にかかげると、青いドームを作り出した。
これはドーム型のバリアだ。
ドゥオマの根が口のようなものを見せた。
その中から肉塊がはきだされた。
それらは竜の兵士だった。
「あれがザコ敵か。俺が相手だ!」
セリオンはバイクから降りて、バイクをしまった。
竜兵士がバリアを通過して侵入してくる。
セリオンは光輝刃を出して、一匹ずつ確実に竜兵士を刈り取っていった。
かくして難民キャンプはセリオンとスラオシャによって守られた。
「ほう……竜兵士を倒すか……やるじゃないか」
そこに黒コートを着た男が現れた。
「!? おまえは何者だ?」
「ククッ。俺はレグルス。審問官レグルスだ。クックック! よく聞け! シエルお嬢様は我らの手にある!」
「なんだと? シエルをどうした?」
「まあ、そう驚くな。いけにえの乙女としてネーフェラ様に献上したのさ。その命はネーフェラ様のものだ」
「そんなことはさせない! 俺がシエルを助け出す!」
「そうか。だが、そうはいかないようだぜ?」
「何が言いたい?」
「ここで俺がおまえをぶち殺すんだからなあ!」
レグルスは武器の爪をセリオンに見せた。
それは左右に取り付けられていた。
レグルスはまるで狂人のような目でセリオンを見た。
レグルスは爪でセリオンを攻撃した。
レグルスの爪がセリオンのほおをかする。
セリオンはレグルスの攻撃を完璧に見切った。
レグルスは左の爪でアッパーを出した。
セリオンは一歩後ずさってそれをよける。
「ちい! だが、こいつはどうだ!?」
レグルスは左右の爪で連続攻撃を繰り出した。
そのすべてをセリオンは軽くよけていく。
レグルスの攻撃は一発もセリオンに届かなかった。
「この俺の攻撃をここまでよけるか! だが、こいつはどうだ?」
レグルスは雷の魔力を爪にまとった。
「雷爪」である。
レグルスは爪による攻撃に、足による攻撃を加えてきた。
レグルスのブーツがセリオンの前をからぶった。
レグルスの攻撃はセリオンに届かない。
「くっ! よくやる。だが、これで! 雷光咆!」
レグルスは両手を前に突き出し、大きな雷の球を出した。
「こいつは痛いぜえ? クックック! こいつで終わりだ! 死にな!」
レグルスは雷光咆を撃ちだした。
雷の球がセリオンに迫る。
セリオンは蒼気を大剣に収束させて、刃と化した。
「蒼気凄晶斬!」
セリオンの攻撃は雷の球を一刀両断にした。
「なん、だと!?」
レグルスは愕然とした。
それは雷光咆がレグルスの最強の攻撃だったからだ。
それを破られた今、レグルスのすべての攻撃はセリオンに通じないことになる。
セリオンの姿が一瞬消えた。
レグルスはセリオンの姿を見失った。
レグルスが気づいたとき、セリオンは目の前にいた。
セリオンは蒼気の刃でレグルスを斬った。
レグルスは呆然としていてこの攻撃をかわせなかった。
「がはっ!? この、俺が……」
これがレグルスの最期の言葉だった。
レグルスは倒れた。
セリオンがレグルスを倒した時「それ」は開花した。
それはドゥオマの花だった。
ドゥオマの頂から大きな花が咲いていた。
しかし、それは禍々しく、闇を思わせるものであった。
「ドゥオマの花がついに咲いたか」
「セリオン、これはまずい! ドゥオマの花に注目するんだ!」
スラオシャが大声で言った。
冷静な彼にしては珍しい。
「ドゥオマの花?」
セリオンは改めてドゥオマの花を見た。
黒い花からは何か粉のようなものが出ていた。
「何かが放出されているのか?」
セリオンはいぶかった。
「あれはドゥオマの花粉だ! あれを吸い込むと、精神に異常をきたし、幻覚にとらわれる!」
「なんだと!?」
「私の力ではクヴィンツすべてを守り切ることはできない。セリオン、君があの花のもとにまで昇り、ドゥオマの核を破壊するんだ!」
そうしているあいだにドゥオマの花粉が市民たちのもとにまでやってきた。
市民たちは狂化し、発狂し、目で見えるものへの憎しみで満たされた。
市民たちの目が赤に変わった。
市民たちは憎しみに燃えて、互いに殴り合った。
中には口でかみつく者までいた。
クヴィンツ教会ではセレネが防御結界を発動させていた。
結界が花粉を遮る。
セレネは祭壇の前でひざまずいた。
「主よ、我らを闇からお守りください! か弱き存在である我らをお救いください!」
セレネは神に祈りをささげた。
しかし、そのセレネにも不安はあった。
だが、同時にその不安に対するアンチテーゼも彼女は持っていた。
「ヴェルテを救えるのはあなたしかいないわ……セリオン」
セリオンはバイクでとばした。
ドゥオマの花を目指して。
ドゥオマの花粉はセリオンには効かなかった。
「気息の修業をした人にはあの花粉は効きにくい」
そうスラオシャが言った。
セリオンの前にドゥオマの根があった。
「くっ! 邪魔をするな!」
セリオンは大剣から光波刃を出した。
光波刃はドゥオマの根を切断した。
根はそれでいったん活動を止めた。
セリオンにはそれで十分だった。
セリオンはそのあいだにドゥオマの根を通過した。
セリオンはドゥオマの根本にまでたどり着いた。
セリオンはバイクを亜空間収納にしまうと、ドゥオマめがけてジャンプした。
全力の身体強化魔法でドゥオマを昇る。
セリオンはジャンプを繰り返し、頂上にある花まで到着した。
「ここが花か……核はどれだ?」
「よくまで来れたな、青き狼よ」
「おまえは……ネーフェラか!?」
ネーフェラは変わっていた。
ネーフェラは上半身のみであり、ドゥオマの核柱と一体化していた。
「これが今の私の姿だ。私はドゥオマの核と一体化した。つまり今のこの私こそ、核そのもの! この私を倒せばドゥオマも消えるぞ」
冷徹な声が響き渡る。
ネーフェラは淡々と事実を語った。
「よく親切に教えてくれるな。何か裏でもあるんじゃないのか?」
セリオンは大剣を構えて警戒した。
「フフフ……何ということはない。ここで我らの戦いにケリをつけようではないか。それに彼女もあずかっている」
「彼女? まさか!」
ネーフェラは触手を出し、ぐるぐる巻きにした少女をセリオンに見せた。
「シエル!」
それはさらわれたシエルだった。
「この娘を救いたいのなら、この私を倒すのだな?」
「いいだろう。やってやるさ」
「クックック! 絶大な魔力が体中を駆け巡る! 私は今や、ドゥオマ自身となったのだ! その私に敗北はない! さあ、凍えよ! ブリザード!」
ネーフェラの体から、青白いオーラが上がった。
上方から氷の塊が降り注ぐ。
それは圧倒的な魔力だった。
セリオンにはそれがはっきりとわかった。
セリオンは全身から蒼気を放った。
こうしてブリザードによる氷結を防いでいた。
ネーフェラの多連・猛毒槍。
ネーフェラの前から、毒の槍が順序よく飛びだす。
この魔法はかすっただけで、猛毒に侵される。
セリオンは蒼気を波のように展開し、毒の槍を迎撃した。
「蒼波刃!」
セリオンは蒼気の刃を飛ばした。
しかし、ネーフェラはバリアを出して、蒼波刃をかき消した。
「フハハハハハハハ!! どうだ! この素晴らしい力は! この絶大な魔力の量! それが私に勝利を確信させる!」
ネーフェラは硬石槍を生成すると、セリオンに投擲してきた。
それはすさまじい速さだった。
セリオンは横に跳び、それをかわす。
ネーフェラの岩石弾。
岩石がセリオンを押し潰すべく、降り注ぐ。
セリオンは岩石群を見据えると、鋭い蒼気で岩石を切断した。
ネーフェラの毒弾。
ネーフェラは毒の弾をセリオンに向けて放った。
セリオンあhそれを蒼気の刃で叩き斬った。
ネーフェラは毒の魔力を集めて、噴出させた。
ネーフェラの「毒花」である。
セリオンは後退して間合いを離した。
「逃がしはせん! 大猛毒槍!」
ネーフェラは巨大な猛毒の槍をセリオンめがけて発射した。
セリオンはすぐさま光波刃を出して、それを打ち破る。
セリオンは大剣に光の粒子をまとわせる。
「? なんだ?」
ネーフェラはいぶかしんだ。
だが、それで時間は十分だった。
セリオンはネーフェラに接近すると、すさまじい斬撃の雨を降らせた。
セリオンの光の技「天地神気斬」である。
ネーフェラはバリアを展開したが無駄だった。
バリアはあっさり破壊され、セリオンはネーフェラを斬り刻んだ。
そしてとどめとばかりに最後の一刀を振り下ろす。
「この、私が……バカな……!?」
ネーフェラは青い粒子化して消えた。
シエルを捕まえていた触手が消えた。
「シエル! 大丈夫か!」
セリオンはシエルに近づいた。
「ううん……セリオンさん?」
「よかった。無事か」
その時轟音が起こった。
ドゥオマ全体がふるえている。
「ネーフェラを倒したからか。ドゥオマが崩壊する!」
セリオンはとっさにバハムートを召喚した。
「わっ、セリオンさん!?」
セリオンはシエルをお姫様抱っこすると、ジャンプしてバハムートの肩に着地した。
バハムートは揺れるドゥオマから離れていった。
ドゥオマはその各部分を粒子化させると、その巨大な存在を消していった。
かくして、ドゥオマは消えた。
セリオンとシエルはクヴィンツの駅にいた。
身寄りがなくなったシエルを、セリオンはツヴェーデンに連れていくつもりだった。
ツヴェーデンにはクヴィンツから列車が出ている。
その見送りに、セレネ、ベラトリクス、オリヴィアの三人が来てくれた。
「見送りに来てくれて、ありがとう。これで俺の任務も終わりだ。俺はシエルを連れてツヴェーデンに帰還する」
「セリオン、あなたがいてくれたからクヴィンツの教会は危機を乗り越えられたわ。私からもお礼を言わせて。ありがとう。あなたと出会えてよかったわ」
「それは俺のセリフだ」
セレネは目に涙を浮かべていた。
感極まった感じだった。
「シエルちゃんのこと、くれぐれもよろしくね」
「ああ。シエルは俺が責任を持ってシュヴェスターにする。それを俺は約束するよ」
「シエルちゃん、むこうでも気をつけてね。新天地で、うまく慣れるといいわね」
「はい、セレネさん。私はセレネさんから教えていただいたことを一生忘れません。ありがとうございました」
シエルはセレネの前に手を出した。
セレネはほほえんでその手を取った。
「私もセリオンと会えてよかったと思っている。君のような澄んだ強さを持つ者と出会えたことを私は誇りに思う。私からは以上だ」
そうベラトリクスが述べた。
次はオリヴィアの番だった。
「私はセリオンさんには感謝してもしきれません。私も剣を磨く身。いつかはツヴェーデンを訪れてみたいものです。その時まで、しばしの別れとしましょう」
五人が会話していた時、ツヴェーデンの首都シュヴェーデ行きの列車が到着した。
「列車が到着した。俺たちはここでお別れだ。これは俺の勘だが、俺たちはまた会えそうな気がする。また、会う日まで。それじゃあ、シエル、行こうか」
「はい、セリオンさん!」
二人は列車に乗った。
列車は多くの人と共に二人を乗せてツヴェーデンへと向かった。
これがシエルの物語だった。




