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第二依頼者 本話休題 出会ったら最後、病室の嵐



「あぁ、平和だなぁ」


 病室の窓からビルの隙間にどうにか存在する青い空を眺め見ながら真葛はさらに遠いところを見るような仕草をする。


「そうですね……」


 病室の見周りでやってきた看護師の早苗も真葛と同じ空を見て、そう言う。


「こういうときこそ外に出たいわ」


 入院してからゴン爺は一歩も外に出させてくれないのでそろそろ外が恋しい時期であった。


「駄目ですよ、真葛さん。先生からも言われているんですよね?」

「あぁ……そうだね」


 でも、あれは言い過ぎでしょ。


 入院してからもうすぐ一週間であった。あまり傷は酷くないはずなので本来なら数日で退院できるはずなのだが、ゴン爺曰く「お前は外にいるとロクなことが起きんから少しでも世の中の平安を願う心があるなら二日でも三日でも長く入院していろ!」とのことである。


 何ていう言い草だ、あの爺め。


 真葛のことをまるで人間台風のように言う。


 俺はどこかのガンマンじゃないって言うの!


「はぁ……」


 外に出たいな……


「大人しくしててくださいね」


 とにこやかに言うと、病院唯一の癒しはその場から出ていってしまった。


 これで本当につまらなくなってしまった……これはヤバい。


 と精神的危機感を感じたときであった。廊下から何やら話声が聞こえてきた。


「……病室…〈頼まれ屋〉……」

「そちらの……いま……」


 質問する方の声は聞いたことはないが、答えている方は先程出ていった早苗であることはわかった。


〈頼まれ屋〉ってことは俺かな?


 聞こえてきた単語に顔を顰める。


 誰だろ?


 入院してから何十人も見舞客は来た。


 でも、病院まで見舞いに来てくれる知り合いはあれぐらいしかいないと思うけど……


 まだ見舞いにきていない知り合いの顔を何人か思い浮かべるが、来そうもない人ばかりであった。


 そんなことを考えていると病室の扉の前に影が立った。


「ここにぃー、〈頼まれ屋〉っていうのいるぅー?」


 病室の扉が開くかと思ったら次には間延びした声が聞こえてきた。


 聞いたことない声だな。


「俺だけど」


 というかこの病室の中には真葛しかいないのだが、彼女は部屋の中など見ておらず、ずっと携帯の画面を見ているのでわからないらしい。


「へぇー、あんたなんだ」


 ちらりと視線を画面から一瞬だがこちらに送る。しかし、すぐに画面に戻ってしまった。


 何か嫌な奴だな。


 入ってきた瞬間から気に障る感じがあったが、これで決定的であった。


 こいつ嫌いだわ。


 心中で断言する。横になったままだったので、上半身を上げ、ベッドの横にある棚の上から眼鏡を取ると、近くにやってきた声の主を見る。


 やっぱり。というか誰だ、こいつ?


 声や態度から想像していた通りであった。髪にはいろんな色が混ざり、それらは色ごとにいろんな方向へと遊び放題、服はおそらく制服だと思うが、所々、派手な色が入っており、スカートもほとんど意味をなさないぐらいに短いので、完全に改造服で、顔の方に視線を移すと、瞳も化粧で異様にデカく、頬はピンク、唇は真紫であった。


 というか人の原型がなさすぎるわ……


 化粧が濃く過ぎて本当の顔がわからず、何だか素人が描いた印象派の絵のようであった。


 ある意味、天才?


 と、絵のことなど全然知らない真葛は首を傾げる。


「頼みたいことがあるんですけどぉ」


 真葛の今の状態も確認せずに早速、依頼の話をし始めた。


 やっぱりこいつ嫌いだわ。


 何だか下っ腹の辺りがむかむかしてくるのを真葛は感じた。


 というかこいつ何でここの場所を知ってるんだ?


 聞くと、話そうとしていたのに邪魔されたので少し不機嫌になりながらも答えてくれた。その話によると、彼女の元彼氏がそっち関係の人だったらしく、一度ここに見舞いに来たことがあるのだと言う。


 そっち関係の人もこの女のどこが好きになったんだか……


 再び姿を眺める。


 無理だわ。


 心の広い真葛としてもこの女は許容範囲外だったようで、首を振る。それを見ていた女が訝しげな表情をしたので慌ててやめる。


 すると、それが話をしていい合図だと思ったのか、話を始めた。


「でぇー、話すけどぉ。ウチねぇ、そういう関係で元カレにストーカーされてんのぉ」

「はぁ、そうですか」


 気の無い返事をすると、睨んできた。その瞳が意外と鋭いのを見逃さなかった。


 最近の女の子はこんな恐ろしい目をしてるのか……


 街中を歩くのが怖くなってしまう。下手に女の子にぶつかったりしたら事である。


「少し付き合っただけでぇ、アイツ熱上げちゃってぇキモいって感じぃ。ホ

ントにこっちが好きだったわけじゃないのにぃ、男ってアホォー」


「好きじゃないのに付き合ったってどういうこと?」


 思わず聞いてしまった。


「えーとぉ、ただの金ヅルぅ?」


 悪びれもせずに言う。


「えっ? 金ヅル?」


 すぐには理解できなかった。


「そぉー、金ヅルぅ。けっこー、金持ってたから使ってあげようかなって、ねぇ」


 その言葉を聞いて、愕然としてしまった。


 何だこいつ? 何様のつもりだ?


 ふつふつと怒りが込み上げてくる感じがした。


「だからぁ、そいつとぉ、話しつけてくれないかなってぇ。そう思ってきたんですけどぉ、よろしくお願いしますってことぉ」


 終始、携帯の画面から顔を上げず、言い終わった。


「えっと……この状態……」


 嫌な奴だとしても一応女性なので、女性の扱いがうまくない真葛としては自分の状態を理由に遠まわしではあるが断ろうとした。


「えぇー、そう言うのぉ? 〈頼まれ屋〉ってぇ、それでも仕事はちゃんと

やるって言うのがぁ信条じゃない?」


 勝手に信条を作るな、ガキが!


「怪我してるからさ」

「そういうのって逃げじゃなぁい?」


 パチパチと女が携帯のキーを叩く音だけが、病室内に響く。


 どうやら遠まわしに断ることはできなかったようである。


 くっ……くそ……女が! 下手に出ればこうも……断ってやる……絶対、断ってやる!


 かくなる上は直接的に「無理です!」と言うしかなかった。高鳴る鼓動を抑え、深呼吸をすると、一気にそう言おうとした。


 と思った矢先。


 バン!


 と、病室の扉が開いた。


 ただ先程とは違い、物凄い音を立てながらだったが。もうほとんど扉を壊す勢いであった。


「てめぇはよ! 聞いてりゃ、ごちゃごちゃと調子に乗ったことを言いやがって!」


 そこには点滴台を転がした男が立っていた。叫んだ後に顔を顰めながら脇腹を抑えているので、そこに傷口があるらしく、おそらくこの病院の患者なのであろうことも服装と共にわかった。


 今にも病室に入ってきて、女の胸倉を掴みそうな勢いである。


「や、やめてください」


 しかし、未だ病室内に入って来れないのはその後ろでこの病院の看護師である早苗が必死でその身体を引き止めていたからであった。


 グッジョブ、早苗さん!


 思わず真葛は早苗に向かってビシッと親指を立てるが、向けられた当の本人はそれどころではなかったので気付くはずがない。

「この東郷(あきら)! やめろと言われてやめる男ではない!」


 止める早苗に対して、このように格好よく言うのだが、青い患者服を着た人が看護師に引き止められる姿では完全に場違いな言葉であった。


 これは酷いな……


 そう思った真葛と同じ気持ちだったのか、傍に立つ女も、


「何それキモーイ」


 と若干ひいていた。


 その言葉を聞いて、頭に来たらしく公は顔を真っ赤にすると、


「何だとこのまだケツの青いメスガキが! その口、拳で塞いだろうか!」


 と叫んだ。メスガキというのはどうもいただけないが、その拳で女の口を

塞いでくれるのは真葛としてはありがたい申し出であった。


「お願いしま……」


 思わずお願いしそうになる真葛を暴れる公を必死に抑える早苗が見たこともない形相で睨んできたのでやめることにした。


 意外と早苗さんも怖いかも……


 新しい発見を素直に喜べない真葛は再び二人の口争を見つめる。


「えぇー、超セクハラぁ。ホント、ウザァ……ていうか何こいつぅ、言ってることアナログぅー」


 いや、それを言うならアナクロ、時代錯誤だと思うぞ、うん。それに先程の言葉の中の何が時代錯誤だったのか教えてもらえないでしょうか、お嬢さん?


 何とも定番的な間違いをしてくれた女にツッコミの一つでも入れたかったが、どうもこの状況では叶わないようである。未だに早苗がどうにかしろといった感じで真葛のことを睨んでいるこの状況では。


 どうしよう……


 いきなり過ぎるこの展開に対処しきれるほどの能力のない真葛は残念ながら早苗の期待に添うことはできないようである。


 そうこうしているうちにも両者の言い争いはヒート・アップしていく。


 何だかこの前もあったような図式……


 ただこの前よりは人が一人少ないのは救いか? おそらく関係ないと思うが。


「ちゃんとした言い方をしないか、このアマ!」

「ジイサンに言われたくないんですけどぉ」

「ジイサンだと! ふざけるでない! まだそんな歳になったとは思うとらん!」

「何この熱血ぅ、ホントキモーイ。」

「キモい、キモい言うな! お前のその面の方がキモくて恐ろしいわ!」

「えぇー、何言ってるのぉ、このジジィ……ふざけてるんじゃねぇぞ!」


 いきなり携帯の画面から顔を上げるかと思うと、その形相は先程の早苗とは比較にならないほどの怒りを含んでいた。完全にぼろが出ていた。


 あれで猫を被ってたって言えるのか?


 何となく疑問に思えてしまうが、それよりも真葛はその形相を見て、瞬時にある言葉が浮かんだ。


 こりゃ、まさしく怒髪天を衝いちゃってるね。初めて使ったわ、この言葉。


 おそらく女の身体の中では煮え滾るマグマが今か今かと吹き出すのを待っているであろう。


「ジジィだと……お前、ジジィと言ったな!」


 しかし、怒りで我を忘れているらしい公は女の変身に気付かないらしく、こちらも自身の内にある怒りをいつ曝け出そうか、と待ち続けているようであった。


 これは本格的にヤバいかな?


「あぁ、言ったさ! 何度でも言ってやるよ、ジジィ。ジジィ、ジジィ、ジジィ、ジジィ……」

「連呼しおって! ならこちらも言うてやるぞい!」


 と言うと、深く息を吸い、一気に吐き出した。


「メスガキ、メスガキ、メスガキ、メスガキ……」

「何だと! ジジィ、ジジィ、ジジィ、ジジィ……」


 そして、不毛な言い合いが始まった。


「メスガキ、メスガキ……」

「ジジィ、ジジィ……」

「メスガキ……メスガキ……」


 しかし、どうやら歳のせいか公の方が体力が続かず、言葉に力がなくなってきた。


「ジジィ! ジジィ! ジジィ! ジジィ!」


 それに対して、若い女の方は息切れの気配は微塵もなかった。逆に疲れてきた公を見て、その口調がさらに勢いを増してきたほどであった。


「くそアマがぁ! その口二度と開かんようにしてやるぞい!」


 と言うと、必死に公のことを抑えていた早苗の腕を振り切ると、公は駆け出した。その勢いでガシャンと点滴が倒れる。


 どうやら自らの体力が少なくなってきたのを感じた公はこれ以上の言い合いでは負けてしまうと思ったのか、最終手段に移ることにしたようである。


 えっ!?


 呆然とベッドの上から二人の口論を眺め見ることしかできなかった真葛は突然のことにどうしていいかわからなくなってしまった。


 えっ、これってもしかして……


 徐々に女に近づく公。それに対し、待ち構えるように腰を落とす女。


 ヤバいどころじゃないかも……


 と思った矢先に公が叫ぶ。


「まだまだ若いんだって言うことを見せつけてやるわい!」


 と、何ともよくわからない言葉を。自分では格好いいと思っているのが何とも悲しい。


 それに対し、女は先程までずっと見ていた携帯を真葛のいるベッドの方へと放ると小声で「持ってな」と言うと、鋭い視線をキッと公の方へと向け、腰に右手を添え、構えた。真葛はその言葉に何も返せなく、ただ頷くことしかできなかった。


 格好いいな……


 何だかチャンピオンベルトをかけた試合に臨むボクサーのようであった。それを見て、最初は女の子の方が危ないのではないか、と思っていたが、この前の件も考慮して、危険なのはもしかしたら公の方ではないかと思った。


「危ない、公さん!」


 と咄嗟に叫んだ。


 しかし、残念ながら無駄に終わってしまった。


「わしに注意なぞいらんわ!」


 と言うと、引き摺っていた点滴の台を両手で掴むと、荒々しく振り回した後、上段に構え、待ち構える相手に対して思いっきり振り下ろした。


 危ない!


 公が点滴台を持った瞬間、先程の公の方が危ないという考えは霧散した。素手と棒では素人目では完全に素手の方が不利である。


 瞬間、真葛は目を閉じてしまった。そして、網膜の裏に点滴台が華々しく散らす深紅の血と綺麗に開く頭が映し出された。


 だが、耳だけは閉じることはできない。


「遅いんだよ、ジジィ!」


 シュッ!


 小気味良い風切り音。


 バゴン。


 鈍い衝撃音。


 バタン。


 大袈裟なほどの倒れる音。


「大丈夫ですか!?」


 早苗が慌てて倒れている人に駆け寄る足音。


               ♢


「大丈夫ですか、東郷さん!」


 ゆっくりと目を開けると、その場に倒れていたのは東郷公の方であった。


「雑魚が」


 そして、未だその場に立ち続けるのはそう吐き捨てる女の子の方であった。


 誰、この人……


 あまりにも凄い光景に真葛は声が出ない。ただ早苗はそんなことよりも患者の状態の方が大事なようで、倒れている公を膝に乗せると「大丈夫ですか?」と心配そうに何回も尋ねていた。


「お、お主の名は……」


 そんな早苗をよそに公は消えゆく意識の中で目の前に立ち尽くす女に向かって尋ねる。すると女は腰に手をやり、長い髪の毛をバッと後ろにやると、堂々と言った。


 この感じどこかで見たことがあるような……



「三上。三上美々華よ」



 まさか……


「覚えておきなさい」


 と言うと、真葛のベッドの上に転がる自分の携帯を拾い、また何か操作をし始めた。


「そうか……三上美々華と言うのか……お主、女であることが勿体ない……」


 と言い終わる前に公はガクッと頭を垂れた。


 任侠映画みたいだわ。


 その光景を見て、ふとそう思ってしまった。


「東郷さん!? 東郷さん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃよ。少し意識を失っただけで、そのうち目を覚ますさ」


 うろたえる早苗にいきなり出入口の前に現れたゴン爺がそう言った。


「またこんなに……」


 ぐるりと病室内を見回す。


 自分がやったわけではないのだが、やった当の本人たちは一人は意識を失い、もう一人は我関せずと言った感じで携帯を弄くっているので何となく真葛は悪い気がした。


 そこはもうグチャグチャであった。公は怒鳴るたびにそこらへんのものを叩きつけるし、美々華もそれに対してそこら辺を蹴るし、最後のときなど公は点滴台をグルグルと格好をつけて回すのでそこら中の壁や天井が剥げ落ちていた。


「お前はやらかして」


 当然のようにその瞳は美々華に……


 いや、俺!?


 真葛に向けられていた。


 いやいや……


「今回は俺、何もやってないよぉ!?」


 慌てて弁解の言葉を言うが、信じてくれないようである。


「お前がそこにいるっていうことで、お前のせいなんじゃよ」


 と言葉遊びのような理不尽な物言いで全てを片付けられてしまった。


 えぇー! 何それ、意味わからんから。


「いや、それ……」


 と言い訳しようとする真葛に先んじて、


「あの、東郷さんは……」


 静々と早苗がゴン爺に聞いた。


 ……しょうがないか。


 人が話そうとしたときに誰かに割って入ってこられたら嫌な気分になるが、早苗ではしょうがないので真葛はこれ以上言うのを諦めることにした。


「あぁ、元の病室に放り込んでこい」

「怪我の方は……」

「そんなものは知らん! 勝手に治るじゃろ」


 との言い草。腰に手を当てて、関わるのも面倒臭そうであった。


 あんた医者でしょ! 患者放る発想、どこから来るの!?


 と思う真葛を余所に、公はゴン爺、早苗と共にこの場から退場していった。


「お前は静かにしてろよ」


 との捨て台詞は忘れない。


「ハイハイ、わかりましたよ」


 そして、残るは真葛と美々華。


 この子って絶対、関係あるよね……


 つい数週間前に出会った悪魔のような女の子の姿を思い出す。


「あの……もしかして美々華さん、いや、三上さんって……」


 途中であの瞳に睨まれ、言い直す。


「お姉さんとかいません?」


 聞いてみた。


「……」


 睨まれた。


「すいません、何でもないです」


 すぐに謝った。


「いる」


 未だ仮面の剥がれたままの美々華が答える。


「もしかして三上美香さんって御名前じゃあないでしょうか?」


 何だか変に敬語になってしまった。


「……んなことはいいから仕事やるんか? やらないんか?」


 沈黙がほとんど肯定であった。どうやら美香とは姉妹のようである。


 三上家ってどうゆう育て方をしているんだ?


 親の顔が見たくなってきたが、できれば母親とは会いたくない気がした。


「ええっと……やった方がいいかな?」


 美々華には必要がない気がした。


 やろうと思えば自分で解決できるんじゃないか?


「まぁ、いいや。今日は変なジジィが来てテンション下がったから後で連絡して」


 と言うと、眼鏡のあった棚の上から真葛の携帯を勝手に取ると、勝手に操作し始めた。


「そら連絡先入れといてやったから後で連絡しろ」

「あ、あぁ」


 というかストーカー被害で依頼しに来たのに自分で連絡先を伝えちゃうなんてガード甘過ぎでしょ。


「じゃあ後で」


 と言い残すと、そのまま颯爽と病室を出ていった。


「わかりました」


 意味もわからず、終わってしまったのでとりあえず寝ることにした。


               ♢


 そして、後日。


 言われた通りに真葛は勝手に入れられた連絡先から美々華に連絡をしてみ

た。


(誰!)


 第一声がそれだった。


 いや、人の携帯に勝手に自分の連絡先を入れておいて自分の携帯には俺の

番号入れてないんですか。


「あの、真葛です。逢坂真葛です」


(逢坂真葛って誰!)


 考えてみれば本名を名乗っていなかったことに気付く。


 何か面倒臭いわ。


 早くも真葛の性格が顔を出してきてしまった。


「あのすいません〈頼まれ屋〉です。この前はどうも」


 何がどうもかわからないが、一応、挨拶をしておく。


(あぁ、あの人。あんた逢坂真葛って言うんだ。変な名前だな)


 余計な御世話だ!


 と言ってやりたいのをどうにか抑える。言った瞬間、ここまで走ってやっ

てきそうな気した。


(で、何か用?)


 猫を被ってくれないようだ。言葉が雑であった。最初であったときの言葉もよく考えてみれば雑であったが。おそらく周りに人がいないので被る必要

がないのであろう。


 あるいは少しは俺に慣れてくれたのかな?


 と思うが、その口調からして絶対にそれはないだろうと結論付ける。


 というか何か用はないでしょ。連絡して来いと言ったのは美々華のはずな

のに……忘れているのか?


 あの性格なのでそれはありえそうであった。


「いや、あのとき連絡しろって……」


(あぁ、言ったっけ。あれ、もう忘れて)


 えぇー! 何それ!?


「えっとどうして?」


 当然の疑問であった。すると面倒臭そうではあったが答えてくれた。


(あんときウチに殴りかかってきたアホジジィいただろ。ウチにかかってくるなんて百年はえぇっていうのに馬鹿みたいにきやがって)


 どこぞのヤンキーですか、あなたは?


(まぁ、久しぶりに楽しめたがな)


 だからどこぞのヤンキーですか?


(そいつがよ。あんなクソよえーくせにどっかの組の頭だったらしくてね)


 あれが!? まさか!? 女子高生にボッコボコにされていましたけど結

構、地位があった!?


 真葛は信じられなかった。しかし、よくよく考えてみれば納得がいく気が

した。


 ここ闇医者だもんな……


(聞いてるんかよ、オイ!)


 怒鳴られてしまった。


「すいません、聞いてます!」


(てめぇが聞いてるんだからちゃんと聞けや、真葛)


 呼び捨てにまでされてしまった。


「はい、すいません! 続きをお聞かせくださいませ、三上様」


(てめぇ……)


 声が一段と低くなった。最後の言葉が必要なかったようである。


「ホントにすいません」


 必死に謝る。


「すいません、すいません……」


 何度も謝る。


 何してるんだろ、自分……


 こんな自分に悲しくなってきてしまったが、謝るのはやめない。プライド何かよりも命の方がよっぽど大事である。


(まぁ、しょうがねぇな。黙って聞いてろ)


 やっぱ怖いわ……


(それでウチを追っかけまわしやがっていたガキがどうやらその組の下っ端だったんであのジジィに命令してからキツく言ってもらったんだよ)


 あ、もうあのお爺さんはあなたの配下と化しましたか。


 殴り倒されたときの弱弱しい姿をした老人を思い浮かべる。


 ご愁傷様です。


(そしたらそれからいなくなったわ。世の中からいなくなっちまったかもしれないけどな。ハハハハッ)


 冗談にもならない。本当にありそうであった。


(オイ、ここ笑いどころだから)


「ははは……」


 妙に冷たい声でそう言われてしまったら真葛としては笑うしかなかった。


(だからよ。もういいわ)


 ある意味、真葛としてはこの依頼受けなくてよかったのかもしれない。そ

の相手には悪いが。


「解決したならよかったです」


(おう、終わったわ。ていうことでじゃあな)


「はい、失礼します。また何か御用があったら連絡ください」


 絶対、連絡しないでください。お願いします。


 祈るようにそう願う。


(あぁ、何かあったら絶対連絡するわ)


 と言うと、電話が切れた。


 何だ、この悪寒わ……


 絶対、という言葉が妙に強調されたような気がした。


 いや、気のせいだ。気のせい、気のせい。


 そんな思いを振り払うかのように頭を左右に振ると、携帯を棚の上に戻

し、また眠ることにした。


「早苗! ちゃんと持っていろ!」

「は、はい、すいません!」


 いつものゴン爺の叱咤の声と早苗の謝る声が院内に響く。その声に顔を綻ばせながら真葛は目を瞑った。


 あぁ、疲れた。



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